鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

日本は就職ではなく就社~限定社員制度と解雇問題を考える5の4~ vol.73
2013/09/17
 長期雇用などを引き合いに出して日本は解雇の難しい国だという意見があるが、労働法制上では、日本は解雇の難しい国ではない。むしろ労働基準法では「解雇自由」なのである。労働基準法では、労働者に対して解雇の少なくとも30日前に予告をするか、あるいは30日分以上の平均賃金を支払えば、経営者は労働者を自由に解雇できると定めている。したがって日本では、労働基準法によって解雇が自由にできるので、解雇をめぐって裁判に訴える場合でも労働基準法違反として争われることは少なく、民法上の「解雇権の濫用」として争われてきた。解雇の是非は、「解雇をめぐる法理」で定められているが、この法理は大きく違う二つの概念に依拠している。一つは、労働契約法による「解雇権の濫用の法理」で、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合はその権利を濫用したものとして無効とする」(労働契約法16条)という条文で、すべての解雇の法的根拠のあり方を規定していて、より広い範囲で適用される法理になっている。「客観的に合理的な理由」とはどのような理由なのか、「社会通念上相当」なのかどうかも具体的にははっきりしない。だから裁判ではこれらの点が争われるのである。

 これに対してもう一つの「整理解雇の4要件」は、解雇の一形式で「整理解雇に関する判例による法的根拠」となるものである。整理解雇とは「事業を継続することが困難な場合に行う人員整理」を意味し、その場合の4要件とは、①経営上の必要性(客観的な経営危機が存在する)があること ②解雇回避努力義務の履行(解雇回避努力を尽くす)をしたか ③手続きに妥当性(労働者・労働組合への事前説明・協議を行ったか)があったか ④人選に合理性(人選は公平に行われたか)があるか というものである。

 このように、労働基準法では「解雇の自由」を原則にした上で、「労働契約法」と判例を積み重ねた「整理解雇の4要件」で例外的に解雇を禁止しているのが日本の労働法制なのである。

 よく「解雇しやすい制度」としてアメリカのレイオフ制度があげられる。アメリカはこの制度によって解雇が自由にできる国のような誤解を与えているが、これは正しくない。レイオフは労使が合意した上で労働協約に定められているもので、解雇や呼び戻し(復職)のルールを労使であらかじめ合意、明確にした上で行われる。決して経営者が自由勝手に労働者を一時解雇(レイオフ)できる制度ではない。むしろアメリカでは、年齢や性別、国籍等を理由とした解雇は、日本以上に厳しく制限されている。また、イギリスは慣習法や判例法の国だが、雇用分野には「不公正解雇法」という解雇制限法が実態法として存在している。だから、労働法というのは、それぞれの国の歴史や習慣、精神文化に基づいて決められてきたものであり、日本がアメリカやイギリスに比べて解雇が難しい国というのは適切ではないのである(詳しくは「雇用リストラ」中公新書 櫻井稔著を参照)。

 加えて、日本以外の主にヨーロッパの国々では、企業の業務を切り分け具体的な職務ごとに採用しているので、その職務に必要な人員が減少すれば原則として整理解雇をすることができる(このことから今回の職種限定社員制度が考えられたものとみられる)。ただし、手続きに従わない不当解雇は厳しく規制されている。

 日本では、入社する際の雇用契約は会社に入社する契約であり(就社)、具体的な職務が決まっている(就職)わけではない。労働者は企業の中のすべての業務に従事する義務があり、使用者はどんな職種にも就かせるよう要求する権利を持っている。こうした入社制度だから、ある職務で人員が余剰になったとしても、余剰人員を別の職務に異動させるなど、企業に解雇を回避する努力義務が生じているのである。
【日本の正社員は決まった職務がない契約でどんな業務でも従事する義務を負う代わりに雇用が保護されているのであって、雇用が保護されている点だけを他国と比べて非常に恵まれていると判断するのは一面的な見方であり、この重い義務を維持しながら雇用の保護を剥奪することには反対である】という意見(労働政策研究・研修機構・濱口桂一郎統括研究員)が正論のように思える。加えて、日本以外の国では不当解雇とみなされるような、理由もなく残業や転勤を拒否した労働者を解雇することや、学生運動を理由に解雇することを最高裁は条件付きであっても認めているから、日本の解雇規制が先進国で最も厳しいというのは明らかに間違っていることがわかる。
ただし、日本の中小・零細企業では経営不振による解雇は正当と考えている節があり、ここでは解雇を規制する法律はほとんど守られていないなど、判例法理とは全く違っている状況がある。各都道府県の労働局が行うあっせん事例で最も多いのは、残業代の支払いや有給休暇を申し出たら態度が悪いと見なされて解雇されている事例で、和解が成立した場合、解決金で最も多いのは10万円程度で8割が50万円以下である。こういった場合でも膨大な時間と費用を費やして裁判を行えば解雇無効の判決を得られる可能性もあるが、裕福ではない大多数の中小・零細企業労働者にとっては現実的ではなく、これらのあっせん事例は、裁判所に持ち込まれる件数に比べて非常に多い状況にある。

 どうも日本が解雇の難しい国という印象を強めているのは、前述した「整理解雇4要件」の存在のようである。確かに、これまで整理解雇4要件は、解雇された労働者の救済などに一定の役割を果たしてきた。しかし、整理解雇4要件には判例法としての限界があることを知っておかなければならない。

 その第一は、労働基準法の基本的立場が解雇自由である限り、判例法の持つ解雇規制という抑制効果は限定的なものにならざるを得ないということである。明らかに不当な解雇であっても、法廷で争って初めて解雇撤回を勝ち取ることができるのであって、経営者が解雇を強行してしまえば、当該労働者は判決が出るまで一時的には職を失わざるを得ない。そして何よりも問題なのは、裁判による決着には相当の時間がかかるということである。最終的に解雇撤回・原職(元の職場)復帰を勝ち取ることができたにしても、その間の生活は不安定にならざるを得ず、原職の仕事内容も同僚も変わっていたりして、原職復帰といっても簡単にはいかないから、労働者保護という面では十分であるとはいえないのである。

 第二の問題は、判例法は絶対普遍のものではなく時代とともに変わっていくということである。すでに整理解雇4要件を変更するような判決が、各地の地方裁判所で時折出されるようになってきている。もちろん、時代や環境の変化とともに判例が変わっていくことは否定できない。問題は、判決が裁判官の判断だけで変更可能という点にある。現状はまだ判例法自体を変更するようなレベルには達していないものの、気がついたら整理解雇4要件が全く変質してしまっていたということも起こりうる。

 現在の日本では非正規社員の割合が増加し続け40%に近づきつつある。非正規社員の増加は低所得層が増大するので中間所得層が減少、社会の不安定化と閉塞感の原因になっている。企業の労働力の調整に伴う不利益を非正規社員にすべて負わせてきた結果である。これまでの判例の傾向では、整理解雇の4要件の「解雇回避努力義務の履行」では、企業は以下の経営努力を行わなければ正社員の整理解雇は認められないという傾向にある。①経費(交際費、広告費、交通費など)の削減 ②役員報酬の減額 ③新規採用の中止 ④時間外労働の中止 ⑤正規社員の昇給停止、賞与の抑制、削減 ⑥配置転換、出向 ⑦一時帰休 ⑧非正規社員の解雇 ⑨希望退職の募集。
 正規社員の雇用を守るために、非正規社員を犠牲にすることを法律でも認めているともいえるのである。
(5の4了)