日本中が熱狂した2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、文中はオリンピックの呼称に統一)招致は、これからの日本の在り方に大きな影響を持つことになった。東京オリンピックの成功を祈念しつつ、今回のオリンピック開催の課題について心をくだきつつ、成功させなければならない。
オリンピックの歴史はいまさらいうまでもないが、初めて日本で開催されることが決まったのは1940年であった。日本への招致決定は1936年で、開催準備の最中である2年後の1938年、日本政府は日中戦争の影響から中止することを決めた。代替地にはヘルシンキが予定されたが、これも第二次世界大戦の勃発により中止になった。
その後、1940年代から1960年代にかけて、世界中で植民地支配が崩れたことでアジアやアフリカ諸国の出場が増える中、1964年の東京オリンピックを迎える。この東京オリンピックは、アジア地域で初めての開催、また有色人種国家における史上初のオリンピックといわれ、敗戦後の日本が国際社会に完全に復帰するシンボルになった。ちなみに開会式が行われた10月10日は、その後「体育の日」として祝日となった(1966年以降。2000年からは10月の第2月曜日)。
一方パラリンピックは、1948年のロンドンのオリンピックの際に、イギリスの病院が「戦争で負傷した兵士たちのリハビリには手術よりスポーツがよい」という理念で始めた競技大会からとされている。この大会は小規模ながら毎年開かれていくが、やがて国際的な大会組織も作られ、1960年のローマオリンピックで第1回のパラリンピックが開かれた。したがって東京の開催は第2回パラリンピックということになるが、その後、オリンピック開催都市と同一都市で行う方式は定着せず中断したものの、1972年のドイツ・ハイデルベルク大会で復活する(2000年に両オリンピックの開催は同一都市開催にすることを義務化した)。
ちなみに、「パラリンピック」はパラプレジア(Paraplegia脊髄損傷等による下半身麻痺者)+オリンピックから、「パラ」+「リンピック」の語呂合わせの造語で日本人の発案という(東京大会で愛称として使われた)。その後、1985年に、IOCは「パラリンピック」を正式呼称とすると同時に、半身不随以外の人も参加することから、パラレル(Parallel 平行)+オリンピックで「もう一つのオリンピック」と解釈することになった。
1964年の東京オリンピックでは、首都高速道路がつくられ、新幹線が開通、日本中の期待を一身に集めたものである。私の工場でも、10月10日の開会式をテレビ観戦したいからと急きょ振替で休みにしたことを思い出す。その際にも一部組合員からは「オリンピックごときで休日振替することには反対」との意見が出されたし、また、最終聖火リレー走者に広島の原爆投下日に誕生した青年を選んだことにも、一部世論からは懐疑的な意見が出されたし、大会終了後に上映された市川昆監督の記録映画も、政治家から「芸術すぎる」と異論が出されるなど、一つの催しをめぐっても、さまざまな意見があるものと感心したことを思い出す。
さて、連日政治家やメディアが話題にしているのがオリンピックを契機とする「経済成長」である。たしかに59年前の1964年のオリンピック開催以降、日本経済は折からの経済成長の波を一段と高め、「奇跡の復興」と呼ばれる高度成長を成し遂げることになる。この高度成長は、1950年の朝鮮戦争特需を基盤にし、現平成天皇の皇太子時代の「美智子妃とのご成婚」を機にしたテレビ時代の到来、そしてオリンピックを機に3C時代(カー・カラーテレビ・クーラー)が訪れ経済は飛躍的に成長していく。経済成長(企業業績の向上)は、労働組合による賃上げを可能にし、賃上げが消費を拡大させ、消費拡大が企業の売り上げを拡大させる。経済成長(業績向上)→賃上げ→消費拡大→経済成長(業績向上)→…の拡大好循環が生まれたのである。
この時期を冷静に振り返れば、「賃上げ→消費拡大」の図式は、各家庭では物も十分にそろっていない貧しい生活であったから、国民は生活改善を求めて賃上げによる収入増を、物を購入する消費に回すから成り立ったのである。オリンピックのために多額の税金を投入して、首都高速道路、新幹線を整備するなどをして景気を一層浮揚させ、上記の好循環を図ったのが1964年なのである。そして今、1964年の「経済成長」の再来を夢見ようとしている。そのために政府は次の世代でも返済不能と思われる膨大な借金を重ねている(すでに1000兆円を超える借金大国になっている)。
前回のオリンピックで実現した賃上げ→消費拡大→経済成長の再来を企図しているが、第1に、1964年当時の国民生活の実情と今では雲泥の差があり、その上、経済のシステムが大きく変わってしまっている。1959年には「皇太子殿下ご成婚」の番組を見るために白黒のテレビが欲しい。そして1964年にはクーラーや車が欲しい、オリンピックを見るためにカラーテレビが欲しい、という生活改善への期待が大きかった時代。しかし今は、何を買おうとして消費するのか、物を買うよりは雇用が心配である、年金や医療など、将来の老後が不安であると、不安ばかりが家庭生活を覆い消費をためらってしまう。そんな状況を考えれば連合が、政・労・使会談で「将来不安」を訴えたのは当然なのである。
それは今の経済状況を見れば一目瞭然である。アベノミクスによる恩恵は、公共投資と金融テコ入れによって、建築・土木産業、金融産業が中心であり、一歩間違えれば不動産バブル、金融バブルの再来が懸念されている。一般の消費動向も、老後の心配がいらない一部富裕層による高額商品の消費に偏っていることをみても、富裕層のみが恩恵を受けているアベノミクスなのである。
働く人々の半分に達しようとしている非正規労働者の増加は、働き方の不安定さのみならず、収入も年収200万円程度以下と、国民を二極化させる格差社会を生み出している。あの派遣村で問題になった「人を物のように使い捨てにする」企業倫理の崩壊に対し、ならば法律で規制しようと制限を加えた日雇い派遣の制限も、今また、アベノミクスによって復活させようとしている。
企業の海外進出には歯止めがかからず、アベノミクスによる非正規労働者の増加など、雇用不安はますます深刻になっている中、それらを放置したままで東京オリンピックによる経済発展は「夢」に終わりはしないか、日本の現状は憂いの色を一層濃いものにしている。
(「東京オリンピック・パラリンピック雑感」4の1了)



