靖国神社を考える ~国際社会からかけ離れてしまった安倍首相と日本国民~ (特別版2-1)
2014/02/28
「お国のためにたたかって尊い命を犠牲にした方々に尊崇の念を表し、冥福を祈ることは国のリーダーとして当然のことだ」(2014年2月16日「読売新聞朝刊」)という言葉には、おそらく日本国民全員にある心情だと思うから、靖国神社への参拝を終えて、このように語る安倍首相の言葉自体に異を唱える人は少ないだろう。言葉自体が持っている意味には何の反論もない。2013年12月26日に安倍首相が電撃的に靖国神社に参拝したことに対する声にも、同じ趣旨の感想が延べられている。
(以下2013年12月26日「毎日新聞」より抜粋)
【「国の指導者が祖国の戦没者を追悼するのはどこの国でもやっていることなので、特に問題ないのでは。中国や韓国の反発は心配だが、中韓のリーダーも祖国の戦没者を追悼する行為はするのだから、日本だけ問題視するのは身勝手な主張ではないか」(長野県佐久市の会社員、野口尚人さん)。
「日本のために命を落とした戦没者に敬意を表するのは当然のことで、A級戦犯の合祀(ごうし)に関係なく行くべきだと思う。中国や韓国に文句を言われるから行かないというのはおかしいので、反発を受けたらそれにきちんと反論するくらいの毅然(きぜん)とした態度で臨んでほしい」(東京都渋谷区の女性会社員)】。
おそらくこのような意見に共感する日本人は意外に多いはずである。
しかし、中国や韓国の反発だけに留まらず、同盟国アメリカをはじめ、イギリス、フランスを含むヨーロッパ諸国も一斉に反発を示し、予想外のこととして私たちに「なぜ」という疑問を感じさせた。なぜ、靖国神社への参拝が、国際社会でこうも反発を買うのか、国民の多くの人が「なぜなのか」と思ったに違いない。
特にアメリカには、「安倍首相は個人の信条を日米同盟の将来や日本の国益に優先させる指導者なのか? そうだとすると、尖閣諸島で状況が緊迫するようなことがあった場合に、理性的な対応をしてくれることを本当に期待できるのか? わざと中国を挑発するような行為に走らないといえるのか?」という不信感が湧き上がっているという(スティムソン・センター 辰巳由紀主任研究員)。
問題になる靖国神社は、明治2年(1869年)に明治天皇の命により建立され、明治12年(1879年)に「靖國神社」(靖国神社)と改称された神社で、靖国とは「国家を安泰にする」と言う意味(大辞林)である。余談になるが靖国神社は東京の桜の開花宣言の基準となる標本木があるのでも有名である。
もともと日本人には「死んでしまった場合には、生前には敵であってもその死を悼む」気持ちがあるとされてきた。仏教では「怨親(おんしん)平等」の思想といわれる。ところがこの靖国神社というのは、「戊辰(ぼしん)戦争(1868年)による明治政府軍側のみの戦没者を祀(まつ)る為」を目的に建立されるという特異な性格を持っている(「祀る」とは「隠れた功績を明らかにして顕彰」し「神として崇め安置する」という意味)。
だから明治維新で敵方である彰義隊や新撰組を含む旧幕府軍の戦死者は祀られていない(もちろん2013年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」の会津藩士も祀られていない)。あくまで明治政府側の勝者の戦死者のみを祀(顕彰)っている。
神社の管理も戦時中は内務省が人事を所管し、日本陸軍と同海軍が祭事を統括した独特の歴史を持つ。敗戦後の1946年(昭和21年)に国の管理を離れて宗教法人となったが、第2次世界大戦中は軍部が管理し、靖国神社に祀られることで兵士の戦意高揚を図ってきたため(日本兵が死地に赴くときや戦友と別れる死に際に、「靖国で会おう」と誓ったことから、靖国神社は日本兵の心の拠り所としてのシンボルの一つであった)、欧米諸国からは、靖国神社は「日本軍国主義の象徴」とみられてしまうことになった。靖国神社参拝が国際問題になる一つの理由である。その上、靖国神社の境内にある資料館の「遊就館」には、「日本が太平洋戦争を起こしたのは正しかった」と、戦争を美化した展示物が並んでいるため、軍国主義の象徴として諸外国の反発を一層大きくしている。
この靖国神社には、1853年以降、明治維新や日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦時などの際に亡くなった246万6千余の方々が祀られている。
普通なら参拝は「安らかに眠る」ことを静かに願うものだが、靖国神社は死者の顕彰を目的にしている。「顕彰」とは「隠れた功績を明らかにして一般に知らせる」という意味なので、あくまで「功績」として評価するものである。だから、終戦直後の東京裁判で日本に対し、①中国を侵略し、米国に対する平和の罪、②英国に対する戦争開始の罪、③ハワイの軍港・真珠湾を不法攻撃し、米国軍隊と一般人を殺害した罪、④一部捕虜を虐待した罪、⑤捕虜および一般人に対する国際法に違反した罪(南京事件)、⑥南京事件での残虐行為を止めなかった不作為の責任、などの理由により、A級戦犯として7名が絞首刑(死刑)になっているが、処刑された7名を含めて獄中死や病気仮釈放後に死去した計14名を、こともあろうに「昭和殉難者」として合祀したことで問題をより深刻にしてしまった。「戦争を決断し、おし進めた責任がある」とされたA級戦犯が一緒に祀られている(合祀という)と、日本は「戦争犯罪人を功績があったものとして祀っている」と解釈されるのである。しかも、靖国神社自身は「太平洋戦争は自衛の戦争」、「東京裁判は間違っている」、「A級戦犯は戦勝国の犠牲者だ」と主張しているから、誰が見ても「靖国神社は戦争への反省がない」と思われるのは避けられない。これが国際的に問題にされる第二の点である。
しかも、兵士として戦争に徴発される国民には、「天皇陛下の御為に」と教育し、戦死する際には多くの兵士が「天皇陛下万歳」と叫んで命をささげた事実がある一方、その天皇陛下自身が「A級戦犯が祀られているので参拝することはできない」として、靖国神社への参拝を行わなかった事実が明らかになってしまった。合祀以降、さきの昭和天皇は参拝せず、現在の天皇も参拝していない。
当時の宮内庁長官であった富田朝彦氏が昭和天皇の発言・会話をメモしていた手帳に、「昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたことを示す発言」をメモしたものが残されていた(手帳14冊、日記帳13冊の計27冊に及ぶもので、2006年(平成18年)7月20日に発見された)。このメモは「富田メモ」と呼ばれ、富田朝彦氏の遺族が保管していた手帳に貼り付けてあったものである。
以下がその天皇陛下が語った内容をメモにした記述の一部である。
私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白鳥までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
だから私 あれ以来参拝していない
資料によれば、「松岡」とは、国際連盟の総会で、「満州国を国際管理下に置くべきである」とのリットン調査団の報告が賛成42票、反対1票(日本のみ)で承認されたことから、国際連盟の総会を退場、後に国際連盟を脱退した当時の外務大臣松岡洋右氏、「白鳥」とは、白鳥敏夫元駐イタリア大使、「筑波」とは、靖国神社宮司で1966年(昭和41年)に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった筑波藤麿氏を指している。1965年6月30日の靖国神社の総代会で合祀する方針が決定されたが、合祀の時期は宮司に一任された。合祀強行派の中には、「戦争責任者として合祀しないと神社の責任は重いぞ」と主張する者さえいたといい、当時の宮司であった筑波藤麿氏は「(合祀する)時期は慎重に考慮したい」と応じたものの、結局自分の任期中には合祀しなかった。「筑波が慎重に対処してくれた」とは、このことを指すとされている。「松平」とは終戦直後の最後の宮内大臣であった松平慶民(よしたみ)氏のこと、「松平の子」とは慶民氏の長男で1978年にA級戦犯の合祀を決断した当時の靖国神社宮司、松永永芳氏(元海軍少佐・一等陸佐)を指すとされている。
こうした歴史を持つ靖国神社であるから、「(アメリカでは)ちょっと日本に詳しい人になると、1979年にA級戦犯が合祀されて以降、天皇陛下が靖国神社を参拝していないことも知っており、『天皇陛下ですら参拝していない場所を参拝することに、なぜ一部の日本の指導者はそこまでこだわるのか』となる」(同上辰巳由紀氏)。さらにアメリカでは、「アメリカ大使館が出した声明も、『大使館に出させたのは手ぬるかった。ホワイトハウスからの声明として出すべきだった』という声すら一部からは挙がっているほどなのだ」(同上辰巳由紀氏)という。同氏は、日本に蔓延する「アメリカ政府はそんなに腹を立ててはいない」とか、「日米関係にはあまり影響はないだろう」という楽観論に警鐘を鳴らしている(案の定2014年2月17日、アメリカの外交政策に影響力を持つ下院のロイス外交委員長は、日米国会議員連盟の会長を務める中曽根元外務大臣らと会談した席上、安倍首相の靖国参拝は「不戦の誓いだ」という中曽根氏の主張に対し、「中国を利することになるのではないかと心配している」と懸念を示した)。
それだけ安倍首相の個人的感覚のみならず、それを容認している日本国民の感覚は国際社会と大きくズレてしまったというしかない。
(資料出所「ウィキペディア」)
※追加資料
2013年12月26日の参拝に対する諸外国のメディアの反応は概ね次のようなものである(2014年1月27日「読売新聞」朝刊 早大客員教授で国際ジャーナリストである春名幹男氏の「海外メディア」から引用)。
◯「防衛支出の拡大と憲法改正につながる安倍首相の歴史修正主義は特に悪名高い…政策と戦前の大日本帝国への思慕を結び付けると、自らの主張を危うくする」(アメリカ「ワシントンポスト」2013年12月28日付)
◯「日本の危うい国家主義」(アメリカ「インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ」2013年12月28日付)
◯「靖国はアーリントン(墓地)とは違う」(アメリカの隔月誌「ナショナルインタレスト」2014年1月16日号)
◯「首相の靖国参拝は傷口に塩をすり込むようなもの」(シンガポール「ストレーツ・タイムズ」2014年1月3日付)
◯「不必要に人怒らせる行為でどの近隣諸国とも摩擦を生む」「安倍首相が『日本の軍靴に苦しめられた何億人もの他のアジア諸国民に言及しなかった』ことに不満」(タイ「バンコク・ポスト」2014年1月7日付)
◯「(参拝して諸外国から批判が起こることで)日米間にくさびを打ち込むという中国の政策はうまく行った」(イギリス「フィナンシャル・タイムズ」13年12月27日付)
◯他紙とは違って少し異色の論調を記しているのが、「日本は他国と同様に自らを防衛できるようにすべきだ。しかし戦犯を尊ぶことによって、(防衛力強化は)より難しくなる」(イギリス「エコノミスト」誌2014年1月18日号)がある。