鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「内部留保取り崩し論」に組合はどう対応するのか~経営対策活動の強化と、慎重な判断が必要~ vol.87
2014/10/15
 春の賃金交渉の場や、業績不振を理由とする解雇問題が話題になるたびに企業の内部留保をめぐる議論が盛んになる。従来、日本の上場企業は欧米に比べて、株主への配当よりも利益や内部留保を重視する傾向にあった。
 
 たとえば、業績が不振で株主への配当もできないときでも、賃上げや一時金の増額をはかることさえあった。株主への配当より社内だけで使ってきたのである。資金を提供している株主の不満が募るのも当然かもしれない。その反動からか、近年では大株主からは配当の引き上げを要求されるために、あるいは敵対的買収から自社を防衛するために大幅な増配に踏み切る企業も増えている。

 一方、利益剰余金(狭義の内部留保)も増加傾向にあり、1988年に100兆円、2004年に200兆円を突破。2010年には過去最高の293兆8808億円を記録した。

 なお、現金・預金資産は1989年の163兆7816億円をピークに逓減していたが、近年では再び増加傾向にあり、2010年には過去最高の164兆9539億円を記録した。企業が資金調達をする際、株式や債券を発行したり、借金をしたりすると、株主・債権者に配当金や返済などの義務を負うが、これに対し、内部留保は投資であると同時に貯蓄でもあるため、そのような義務を負わずに調達できる資金でもある。そうした性格を持っているので、この内部留保を「余裕資金」と呼ぶこともある。だから、業績不振を理由にして従業員を解雇するような場合は、内部留保を取り崩すなどの対策をした上で、解雇の是非が判断されなければならない。総資本に対する内部留保の比率は、自己資本比率と共に、財務の安定性・健全性を示す指標として経営分析に用いられる。借金経営が批判され、金融機関が貸出しの抑制を強めた1990年代以降、内部留保はより重要視されるようになった。
 
 このため、企業によっては、過度なコスト削減や、配当の抑制で過度に内部留保を蓄積していると指摘されている企業もでてきたのである。ただ気をつけなければならないのは、内部留保という語感から企業が現金で保管していると錯覚しがちなことだ。しかし、内部留保は「準備金」「積立金」「引当金」といった名称こそつけられているが、現金や預金だけではなく、売掛金、金銭債権、有価証券のほか、土地や建物、機械設備といった固定資産など、さまざまな資産形態をとって運用されていることである。

 つまり、内部留保の多くは設備投資に使われており、現金(および現金と同等の物)が手元にあったり、積み立てられているわけではないことだ。このように内部留保は生産設備や棚卸資産になっているので、内部留保を取り崩すということは、設備や資産を売らなければ現金にならない。だから換金することが難しいのである。それでも生産設備や資産をなくしてもいいから、内部留保を取り崩すべきだという意見もあり、その理由として次のように述べている。

①製造業の大企業(資本金10億円以上)の内部留保1%程度で、非正規労働者約40万人を1年間雇用できる。1997年から2007年にかけて、製造業の有形固定資産は減少したが、「投資有価証券」は倍増している。新規投資では金融資産が設備投資を上回っており、設備投資に悪影響は出ない。
②現金・預金(手元資金)だけではなく、有価証券、公社債、自己株式などを含めた「換金資産」あるいは流動性の高い金融資産を活用できる。
③内部留保は雇用危機の回避、賃金の引き上げのために使うべきだ。

 一方、これに対し、内部留保は現金で持っているわけではないから、次のような理由から取り崩しは無理という意見がある。

①生産設備を売却し現金にした場合、そこで働く従業員を解雇しなければならず、逆に雇用を不安定にさせる。
②企業の「現金および現金同等物」(手元資金)は少なく、これを使うと資金繰りに行き詰る企業が出てしまう。
③内部留保(狭義)は最終的には株主の持分である。利益準備金は法律で用途が制限されており、任意積立金も目的外の社外流出の際には株主総会の承認がいる。したがって直接的に内部留保を取り崩し、雇用や賃上げに活用するのは難しい。

 このように両者の考え方は平行線のままだが、それゆえに「労働組合としてどのように考えればいいのか」が重要になる。

 内部留保云々というのは、ひとえに経営施策である。とすれば、組合の経営対策活動の一環でもあるのだ。決算・予算編成時に、組合として設備投資や研究開発投資への考え方を明確にしておかなければならないことになる。漫然と会社側の事業計画、予算措置の説明を聞くだけでは、知らぬ間に膨大な内部留保の蓄積がされていく。春闘の交渉時にあわてて内部留保云々の主張したところで、前述の「取り崩しし難い性格を持っている」現実を覆すのは無理である。

 国内においても、グローバル化といわれる国際化においても、企業競争は激化し、ひとたび技術力で後れを取ればその企業は衰退に向かっていくしかない。企業活動の維持・発展のために、他社より優れた技術力、生産能力を保持するために、これだけの設備投資・研究開発投資が必要だという会社側の方針に対し、説得力のある反論ができるのか、できなければ結果としての内部留保の増加を止めることはできないし、賃上げ交渉時に、回答を渋る会社側に「内部留保を取り崩すべきだ」と主張をするのでは身勝手すぎる。

 企業が競争に負けて事業活動できなくなれば、従業員は失業の憂き目にあう。こうした関係性を持つ経営方針に対して、組合はあらゆる事態を考慮した上で、適切な対応をはからなければならない。もし、設備投資や研究開発投資が必要と判断するのであれば、その結果の内部留保の増大も認めるのが筋であるし、「取り崩し」を主張する愚を犯してはならないのだろう。

 また、わが社にはこれ以上の投資は必要ないということになれば、経営方針反対する決断、それによって起き得るさまざまな事態への対応方針を併せ持たなければならないのだが、専門家でもない労働組合役員に、それを求めるのは酷であるとの意見もある。

 このように「内部留保の取り崩し」の議論は、労働組合として軽々には判断できない難しさを持っているのである。