鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

年金財源をリスクの大きい株に投資する狙いは何か~アベノミクスの第三の矢は賭博国家への道か~ vol.88
2014/11/15

私たちが毎月給料から天引きされている年金は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)というところに集められる。そしてこの基金は全員の年金をただ預かっているだけではなく、①国内の債券(国債)に60%、②国内の株式に12%、③外国株式に12%、④外国債券に11%、とそれぞれに投じて、その配当や利子で運用益をだして、年金財政を少しでも余裕のあるものにしようとしている。かといって、ギャンブルを利用して儲けを少しでも増やせばいいということにはならない。損をしたら年金がなくなってしまうからである。だから、年金の運用にはリスクを最小限にするため、ことのほか厳格に投資先を規制し、「長期的な観点から安全かつ効率的に行う」としてきた。その規制が、上の①から④の比率なのである。

 このうち特に曲者なのが株式購入で、株を買えば確かに配当が貰える。しかし株はご承知のように上がったり下がったりする。1900年のアメリカニューヨークの株下落で始まった世界大恐慌によって、自分のなけなしの貯金を切り崩して株を購入し、値上がりしたら売って利益を得ようとした多くの国民は、株の暴落によって株券はただの紙切れとなり全財産を失ってしまった。株は値上がりすれば利益を得られるし、逆に値下がりしたら損失を被るというリスクを伴う。いわば、一種の賭け事的性格を有している。

 現に2008年のリーマンショックによる株価下落では、年金基金は実に5兆6455億円に及ぶ損失を出しているのである。株による損失が多きなニュースになったが、その損害によって誰かが責任を取ったわけでもなく、私たちが貰っている年金額を減らしたり、現役世代が払っている掛け金を引き上げることで事を済ましてしまう。

国民が払っている掛け金で株に投資して、損害を受けたら国民の負担で帳尻を合わすのである。この損害は弁償してくれないし、損害を受けてもだれも責任を取らない。「仕方なかった」ですべてがウヤムヤにされてしまった。

2014年10月30日、政府はついに、年金基金のお金の投資先を、比較的安全といわれる国債の割合を、60%から35%に引き下げ、その一方で、リスクの大きい国内の株式への投資を12%から25%に、外国債券への投資を11%から15%に引き上げることを発表した。

現在の年金運用資産は実に126兆6000億円に及ぶ。将来の年金給付の貴重な財源なのだ。その資産がリスクのある株式への投資に利用されてしまう。実際の景気が落ち込んで、アベノミクスの失敗が明らかになるつつあるため、株価を上げて糊塗しようとしたという見方も、あながち誤りではないらしい。現に、日銀による金融政策と相乗して、株価は異常な値上がりを記録した。それは無理もない。アメリカでは金融引き締めの動きが生まれ始めている中で、日本がさらなる金融緩和を決め、その上に年金基金のお金を株式に投資するとなれば、値上がりを期待した証券業界がここぞと株の引き上げをはかるのは当然かもしれない。

株の値上がりに文句をつけるつもりはないが、実際の景気は少しも良くないから心配するのである。実体経済が低迷しているのに、株価だけが値上がりするのは異常なのである。かつてのバブル景気を思い出した人も多いようだ。バブルであればいずれ弾けてしまう。日本は1992年に経験済みなのである。多くの不動産業者が倒産し、銀行の不良債権が表面化し、銀行の救済のために多くの国民の税金が使われた。何かあれば国民に負担させればいいということなのだろうか。

しかも、今後株が下がっては、将来の年金額が減らされるといわれれば、私たちは、株が下がらないような政策を支持せざるを得なくなる。

政府は「ずいぶん大きな分散投資の変化なので、ガバナンスを強化しなければならない」(塩崎厚生労働大臣)というが、いまでも基金の運用は外部の民間投資運用会社に委託している。直近でも、厚生年金基金から委託を受けていた「プラザアセットマネジメント」が、顧客から預かった資金289億円の運用に失敗し、預かり金を消滅させている。それ以前には独立系投資顧問会社AIJが、240%の高利回りをうたい文句に企業年金からお金を集め、結局2000億円の大部分を消滅させている。この損失は企業年金として委託していた企業が負担することになった。企業年金は「自己責任」が原則なのである。

今回問題になっている公的年金はどうだったのだろうか。10月2日、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、今年7月~9月の運用でさえ、3兆7326億円の損失を出している。リーマンショック時の損失につづく過去3番目の損失額となった。運用資産の2割余りを占める株式で、約4兆円の損失を出したのである。

臼杵政治名古屋市立大学教授も、「経済政策のために公的年金が自国株式への投資を拡大した例も耳にしたことがない」、「経済活性化を目的とした日本株投資の増額は、欧米の年金基金の常識である『加入者の利益のための運用』に合致するのか疑問である」と批判している。

株式投資の失敗によって損失が出ても、その時点では現役世代の保険料でカバーしているため、損失がすぐに給付に影響するわけではないが、政府が約束している2040年頃には「現役世代の手取り収入の50%」は守れない。株である以上「損失は仕方ない」というわけにはいかない。お金を払っている国民の意見を聞くこともなく、そのお金をリスクの大きい投資に回すなど許されるはずがないのだが、そんな人々に国会の多数をまかせたのも国民なのだから仕方ないと言えるのだろうか。

来年10月に消費税を10%にするためには、景気回復が欠かせない。株価上昇がそれに利用されるとしたら、「国民の資産を政治利用している」と非難されても仕方がない。アベノミクスが破綻しつつある中、第3の矢である成長戦略は、ついにカジノ解禁の禁じ手にまで手をつけようとしていた。カジノ解禁の弊害は、「語り継ぐもの」(78)「東京オリンピック・パラリンピック雑感④の④」で詳しく述べたが、すでに日本と同じような統合型リゾート(IR)でカジノを導入したシンガポールも、その利益の80%はカジノが占めているという。だから統合型リゾートと銘打っても結局は博打の利益に頼っていることは明らかだ。今国会での採決は見送られたようであるが、いずれまた法案として審議されることになろう。

こうした博打に頼らなければ経済成長を実現できない、あるいは成長戦略の要に位置づける発想は、別の問題である年金財源の株式投資と軌を一にしている発想といえるだろう。

いま日本は、どのような道を進もうとしているのかの分岐点にさしかかっている。