なりふり構わない主張で国民の眼をそらす手法~絶対多数の政治手法に危惧がともなう~(衆議院選挙特集3-1)
2014/12/04
「大義なき解散」と批判されながら、安倍首相による衆議院解散が強行された。国会の3分の2という絶対多数を占める中での解散は、自党に有利との判断があったことは論を待つまい。
「大義がない」との批判とは別に、中立をかなぐり捨てて自民党の政策を支持する新聞にとっては、いかに解散が正しいかを論ずるしかない。
案の定、読売新聞は11月22日の朝刊で、「自民党『一強』の下で政治は安定を取り戻しつつある。このまま首相の政策・手法を支持するのか、それとも違う道を取るように迫るのか。有権者に判断の機会が与えられた。まさに衆院選にふさわしい争点である。」(政治部長・田中隆之)と、解散の正当性を訴える。
さらに、11月23日朝刊の「社説」では、安部政権の過去の政策を支持する次のような論陣を張ることになる。
主見出しは「経済優先で『好循環』目指す」とアベノミクスを賛辞し、サブタイトルで「画期的な集団的自衛権の行使容認」と述べる。さすがに地方の疲弊が強まっている経済状況も指摘せざるを得ず、それでも「恩恵が地方に及ばない」というように、アベノミクスは「お上からの恩恵」であると位置づけるほどである。
「大義」があろうとなかろうと、批判を持っていようが、いまいが、解散した以上は選挙に向けて労働組合がどのように取り組むのかが問われることになる。
絶対多数を制した安部政権が、過去2年間に政策を決める際に用いられた政治手法は、民主主義とは相容れない、反対する意見には耳を貸さずに、絶対多数を武器に重要な政策を決めてきた。「集団的自衛権」については、憲法論議をせずに、内閣で勝手に解釈を変える信じられない行為に走ったし、「特定秘密保護法」しかり、「武器輸出三原則の変更」もしかりである。法案内容の是非よりもその政治手法に危うさを感じさせるのである。それは「決められる政治」とは質的に異にするものである
でも国会で絶対多数の議席を与えたのも国民であるから、今さら「何を言っても無駄」であることも現実だ。
「労働組合と政治」については、「語り継ぐもの」(59)を参照してほしいが、はっきりしていることは、西欧の労働組合は、社会的制度こそ組合活動の重要な柱と位置づけて取り組んできたゆえに、社会全体に対して労働組合は強い影響力を持ち、かつ世論自体も労働組合の主張に強い関心と共鳴感を抱いてきたこと。最も端的な現象は、イギリスにおいては労働組合が政党を持つべきだということで今日の労働党を創った(1906年)ほどである。この点、日本は、企業別組合であったために、活動の柱として賃金などの企業内の労働条件に力を注いできたために、社会全体の制度などについて、どちらかというと疎かにしてきた傾向を持ってきた。労働組合が社会的制度の充実を図るために政治にかかわってきた西欧と、企業内の労働条件に特化してきた日本の組合活動の違いから、日本では何か労働組合が政治活動をすると異論を唱える風潮が生まれてしまったようだ。
今日までの国民の生活全般にかかわる社会的制度、もちろん会社での働き方に影響を持つ労働法の制定を含めて、労働組合と政治が切っても切れない関係の中で社会の近代化を推し進めてきたのである。このように「企業行動」に問題があれば法律で制限することは今も変わらないし、今後も変わることのない原理である。
余談だが、「今の労働条件で満足している」から組合は不要という声も耳にするが、「不満のない今の労働条件」こそが、過去、現在と連なる労働組合の活動によって成し遂げられてきたものだから、「組合不要論」は、実は「生活している現実の条件」を否定すると同時に、現在が出来上がってきた過程を否定する、まさに「天に唾する」ことと同じなのである。
ただし組合として忘れてならないのは、社会(世論)の支持を得られない組合活動は衰退する歴史も併せ持っていることである(「語り継ぐもの」(74))。
国民の大半が、雇用労働者とその家族で構成されている現在、多くの人を雇用してきた産業が衰退すれば働く場所がなくなり、即、国民生活は破たんしてしまう。また現在の失業率の中でも一年以上の失業者が10%近くを占めている現状、若年労働者の失業率が平均失業率を上回っている現状、非正規社員が雇用労働者全体の40%に迫るまでに増えている現状などをどうするのか。これらすべてが政治活動になるのである。
そして、アベノミクスの目玉と言われる規制改革では、ホワイトカラー労働者を労働時間の規制の対象から外そうとする「ホワイトカラー・エグゼプション」、業務の繁閑や事業構造の転換のために簡単に「解雇できる」、あるいは「金銭で解雇できる」ように法律を改正しようとしている。今までのように、労働組合が自分たちの企業内のことばかりに目を向けているうちに、気が付いてみたら「残業代が支払われない」、あるいは使用者から「自由に解雇されてしまう」ことが法律で許される社会になろうとしているのである。
労働組合が積極的に選挙活動に取り組まなければ、永い歴史をかけてつくり上げられてきた組合員の労働環境や労働条件は、雲散霧消してしまうに違いない。
ただし、組合の政治活動で注意しなければならない点は、憲法で保障されている思想・信条の自由との関係である。組合がいくら正式な会議で支持政党や推薦候補者を決めても、組合員の自由まで拘束することはできない。組合が政治方針や政治活動、政党支持、選挙活動の取り組みを決めるのは自由だが、従わない組合員がいても、強制したり統制違反にかけたりすることはできないことを銘記しておかなければならない。
アベノミクスが順調に進んでいない現在、その失敗を労働規制の緩和で糊塗しようとしている。これらの政策は、この選挙を通じてしか止めることはできない。もともとアベノミクスの政策ブレーンの考え方は、6年前の規制改革会議に遡る。
【最低賃金の引き上げ、女性労働者の権利強化、正社員の解雇規制、労働時間の上限規制、労働者派遣法の直接雇用申し入れ義務などをことごとく否定し、解雇権濫用法理の緩和、解雇の金銭解決の試行導入、労働者派遣の完全自由化をはかる。
この文書を作成した委員の一人は、当時こう語っている。「たとえば最低賃金制度が効率性をゆがめる影響はあるに決まっている。影響はあるのだから制度は不要であり、世界中で導入されているのだとしたら、それは世界中が間違っている。日本だけは正すべきだ」。「解雇規制を緩和した上、労働者派遣を完全自由化したら『どん底への競争』になる」との主張に対しては、「それで何が悪いのか。路頭に迷うのと、せめて派遣で働けるのと、どっちがいいのですか」】(2013年3月13日の「東洋経済オンライン」)
なりふり構わない主張で国民の眼をそらす手法はまだまだある。安倍内閣は、「失業率は下がり、有効求人倍率は22年ぶりの高水準などをみても、雇用情勢は好転している」と強調するが、その実情は惨憺たる有様である。安倍内閣発足当時は、非正規社員は1843万人(2012年10月12月平均)から、2014年9月には1970万人と127万人も増大している。そのかわり、正規社員は3万人も減少しているのである。派遣社員やパート労働などの非正規社員だけが増え続け、その陰で正規社員は3万人も減っているのである。非正規社員の求人が増えたから有効求人倍率が高くなっているにすぎない。
また、2014年春闘の賃上げ分は、物価上昇でマイナスになり、実質賃金は3.0%も減少している。
前述の「失業するよりは働けるだけ御(オン)の字」の発想は、労働時間規制の緩和を目指す「いかにひどい働き方でも働けるだけで御の字」の発想にもつながっていくのである。