鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

アベノミクスが国民生活を破綻に導く~環境が変わっているのに過去にこだわる愚策~(衆議院選挙特集3-2) 
2014/12/04

 現金で生活している労働者にとって、インフレもデフレも物価の変動は生活を苦しめる(「語り継ぐもの」(68)「栄枯盛衰は世の習いだが」参照)。
だからデフレ脱却は誰しも望んでいる。異論はない。問題は、デフレ脱却を図るためにどうするのか、そのときにアベノミクスは大いなる間違いを犯す。目標であったインフレ率2%をすべてに優先させてしまったのである。どんなことをしても2%を達成すればいいと考えたのである。

 一方で、景気判断を株価に頼るようになる。株が上がれば景気がよくなったと錯覚させられるからである。そのために、日銀の金融政策で市場をおカネでジャブジャブにさせる。そして、余ったお金は株の投機に向かう。加えて、年金原資を株の投資にも使うという禁じ手をつかうというリスクを犯してしまう。国をあげて株への投機が行われるとわかれば、外国の投資家も積極的に日本株を買いあさる。案の定、株価は値上がりし、何か景気がよくなったかのような雰囲気を作り出した。だから、実際の景気はよくなっていないのに株だけが上がる現象を、バブル経済の再来といわれることになる。国民生活を無視した政策と非難されるゆえんである。
もともと物価は景気がよくなれば上がるもので、需要が供給を上回ることによって値上がりしていく。需要が伸びていないのに、物価が上がるという奇妙な状態になってしまったのが今の日本経済なのだ。なんでこんなことになってしまったのか。インフレ率2%を最優先とし、景気とは無関係に金融政策でインフレにしようとしたからである。

 日銀が市場に多額の円を供給しているため、円がだぶついて価値が下がり出してしまった。円が信用されなくなったのである。信用されなくなった円を持つより、ドルを持っていた方が安心する。為替市場では円を売ってドルを買う動きが止まらない。日本の金融政策が、為替介入といわれる「ドルを売って円を買う円高誘導」はしないというサインと見られてしまった。とめどない円安になりつつある。ところが円安になると、輸出産業は有利になる。

 心配したとおり、12月1日、アメリカの格付け会社は日本国債の格付けを一段格下げした。格下げされると、日本国債の利息を高くしなければ買って貰えなくなる。それだけ日本の返済額が増えてしまう。ただ、日本の国債は外国ではなく日銀や日本の銀行が90%も買ってくれるので大騒ぎにはなっていない。もし、外国の投資家が売買していれば、まだ記憶に新しいギリシャやスペインを凌ぐ破産の憂き目にあっている。

 さて、円安は1ドルの商品を売れば、今まで100円の収入だったものが、118円の収入になる。企業の利益が増える。輸出比率の高い産業である自動車や電機産業が恩恵を受ける。円安によって海外での売値が下がるので、今までなら輸出数量も輸出金額も伸びて国内経済をけん引していくはずなのだが、どうもそうはならなくなっている。円安だから輸出金額は多くなるのに、輸出数量は増えないのだ。海外進出が盛んになっていることと、過去の円高対策のために部品などの輸入量を増やしていたからである。

 円安は、一部企業のみに利益を増大させるが、輸入部品の比率が高い企業や、国内だけで事業を営む企業には、何の利益ももたらさない。円高は、海外がインフレで日本がデフレということで進行してきた。だから、日本がインフレ気味になれば円安になるのは当然なのだ。だが円安は、GDPの10数%占める輸出関連産業は息をつける反面、個人消費を含めてGDPの8割以上を占める内需関連産業は輸入部品や燃料価格の上昇に直面している。
「上がるだけ上がった円が円安に戻り始めた2012年秋以降、日本の貿易赤字はむしろ拡大している。尖閣問題などの影響もあって対中国を中心に輸出が下がり始めた一方で、円安で化石燃料が値上がりしているからだ。2013年になり、ガソリンや灯油も値上がりし始めたので、平和ボケならぬ円高ボケから覚めて、円安=生活費上昇であるという当たり前の事実に気がついた人も、ようやく出てきたのではないか」(「里山資本主義」日本総研・藻谷浩介主席研究員)。
悪い円安を招いてしまったのである。

 ここで経済成長(GDP)とはなにかを考えてみたい。
 GDPとは国内生産量の増減を現す。GDPが10%伸びたということは、国内の生産量が前の年より10%伸びたことを意味する。生産量は消費されなければ増えない。国内で作ったものを消費するのは大別して二つある。一つは輸出で外需という。外国が買ってくれるから国内の物が消費される。GDPで輸出が大事な理由である。もう一つは国内で消費される内需である。内需には次のような消費がある。①つには、住宅建設、②つに、公共投資、③つに企業の設備投資、④つに個人消費である。景気回復が進まないのは外需も内需も伸びないからである。

 ではなぜ需要が伸びないのか。

 外需は前述したように円安の項で述べたとおりで、円安の効果は限定されている。
では内需はどうか。内需を構成する上記四つの項目を見てみよう。

 まず①の住宅建設だが、これは消費税の増税に伴う反動が辛うじて止まった程度で停滞したままである。
②の公共投資には税金が使われるから、国の借金が1000兆円を超える時代になって、昔のように建設土木業者のために、税金を湯水のように使うわけにはいかなくなっている。公共投資は必要不可欠のものに限定される。しかも、それまでの公共投資の抑制によって、土木建築産業は人手が足りなくなっている。東日本大震災の復興事業による仕事が増えていても、人手不足で仕事をこなせない状況なのである。とくに、高度な技能専門職は決定的に不足している。公共投資が経済を引っ張る力は、財政赤字と請け負う企業の消化能力不足との挟み打ちで効果が薄くなってしまった。  
③の企業の設備投資も、国内のマーケットが縮小しているので、海外進出先の設備投資が主流になり、国内での設備投資は停滞してしまう。
④の個人消費は私たち国民が日常生活の中で使うお金である。連合が、国内消費を拡大させるために賃上げによって、税金や社会保障掛け金などを差し引いた金額、つまり、自分の判断で使えるお金=可処分所得を増やし、それで個人消費を活発にさせようと主張するのもこうした理由からである。

 ところが、2014年春闘に賃上げを実現しても、消費は伸びなかった。原因はいくつか指摘されているが、一つには、人口の減少と高齢化によるもの。二つには、将来の年金や医療に不安を感じて消費しない。三つに、高度成長期は「モノ」が何にもない時代、家庭で買いたいものが多かったのに対し、今はそこそこにモノも整い、また、モノさえあれば幸福だという価値観に国民が疑問を持ち始めていること。四つに、賃上げの伸び以上に輸入物価を中心にした物価上昇によって、実質賃金が下がっているからである。などである。

 だからいくら景気回復の掛け声をかけても、いくら税金を垂れ流しても、外需も内需も伸びない原因がなくならない限り無理なのである。

 内需が伸びない原因をひとつづつ解消していかなければならない。一番目の要因は根本的な問題として次号③の③でふれるとして、二番目の年金・医療の将来不安である。この社会保障に充てる財源として消費税の増率が合意されていたのだが、残念ながら見送られてしまった。消費税引き上げの見送りは、国民に歓迎されるのは当然である。「上がった方がいい」などという国民はいない。それを選挙の争点だというのは、選挙に有利に働くのを承知しているからである。本論もあえて反対しない。なぜなら「増税の先送りを歓迎する」国民の大合唱に逆らえるはずはないからである。ただ危惧するのは、先送りによつて将来の社会保障への不安をさらに増幅させ、その不安をぬぐいさるために、自分の責任で貯蓄しなければ安心できなくなることである。だから消費にお金を回すことはしない。現に、消費が好調なのは、株の投機で潤った一部の高額所得者が消費している高額商品だけとなってしまった。

 円安と金融政策による物価上昇の中では、賃上げによって内需拡大を図りたくても図れないのである。
 三番目は、「モノさえあれば幸せ」という価値観が変わってきていることに注目しなければならない。モノよりも自分の存在価値や生きがいに価値を見出す人々が増えているのである。とくに東日本大震災により、隣人間の絆や自分の生活態度の見直しに心を動かしている。そういう考えを持つ人は当然のように消費をためらう。

 このように、円安は一部企業のみに利益を生み、多くの企業、特に中小企業には負担を強いる。企業間の格差を拡大させてしまったのである。さらに、株の投機で利益を受けた人と、株とは無関係に存在する大多数の国民との間にも所得格差をもたらした。今や日本は、格差社会への道を歩み始めてしまったのである。

 こうした風潮に、「里山資本主義」を著した藻谷氏は次のように警告している。
【安倍首相も、不安・不満・不信を解消する力量のある人物というよりは、自分と同じ目線で不安・不満・不信を共有し、自分の側に立って行動してくれる人物として人気になる。これが(前回の)選挙前に維新を押し上げ、そして選挙後には安倍氏への期待を高めている浮動票の意識、彼らに迎合した一部マスコミなどが形成している「世の空気」の構造だ。日本の「マネー資本主義の勝者」としての地位をいかなる形を持ってしても回復し、その金の力を持って土木工事で自然災害を封じ込め、周辺国に軍事力を強化して毅然として対峙する、というマッチョな方向だ。野田政権の「弱腰」を攻撃してきた安部政権は、さらに強気なことを言わざるを得ない。そこで出てきたのが「アベノミクス」という、公共投資の大判振る舞いによる「国土強靭化」と、金融緩和→インフレ誘導による景気刺激の組み合わせだった。

 議論は多いと思うが、「何かすれば副作用が生じる」のであって、ご都合主義者が願うような穏便な問題解決にはならない。副作用もなしにできるなら他の誰かがとうにやっている、ということは認識しておいた方がいい。】