西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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労働界にも求められている 「破壊的イノベーション」
2017/05/01
■優位を誇った大企業が、どうしておかしくなるのか!?

 「破壊的イノベーション」の理論で有名なクリステンセンは
「優れたマネージャーは顧客と緊密な関係を保つという原則に盲目的に従っていると、致命的な誤りを犯す」と、
イノベーション・ジレンマの存在を指摘します。世の中では、過去に蓄積してきた知識と全く異なる知識が必要になる、
破壊的イノベーションが起こるからです。
 この破壊的イノベーションに遭遇し企業が低迷・衰退する理由は、既存のバリューネットワークの中で経験を積むと、
既存のネットワークに際立ってみられる需要に合わせて能力、組織構造、企業文化を形成しているため、対処できなくなるからです。

■拡大・重要化する個別労使関係に対処できなくなっている

 今日の労働組合の衰退と低迷も、集団的労使関係に特化した能力、組織構造、労組文化が、
拡大・重要化する個別労使関係においては適切に機能しないからです。
 今日の労組リーダーがイノベーション・ジレンマに対処するには、
クリステンセンが指摘する、破壊的イノベーション対処に成功した企業経営者が実践した、
組織の性質に関する次の5つの基本原則を認識することです。
①資源の依存(優良企業の資源配分のパターンは実質的に顧客が支配)
②小規模な市場は、大企業の成長需要を解決しない
③破壊的技術の最終的な用途は事前にわからない(失敗は成功への一歩)
④組織の能力は現在の事業モデルの核となる能力を生み出すプロセスと価値基準にある(組織内で働く人材の能力とは関係ない)ので、破壊的技術に直面したときに、無能力の決定的要因になる
⑤技術の供給は市場の需要と一致しない(確立された市場では魅力のない破壊的技術の特徴が、新しい市場では大きな価値を生む)

■米国労働界で始まった「破壊的イノベーション」

 米国労働界では、AFL‐CIO(米国労働総同盟・産業別組合会議)の2013年大会から「破壊的イノベーション」を進めています。
同大会で、労働組合ではない組織の代表と学識経験者等を委員会のメンバーに加えること
(地域コミュニティー組織やマイノリティー組織、宗教組織、各種NPO、学生との連携)を宣言しました。
 現在の米国では労働組合でない組織によって、就業支援、就学支援、職業訓練、企業との交渉、
労働者の権利擁護、生活支援、環境保護、地域経済開発など多岐にわたる活動が展開されています。
『ビジネス・レーバー・トレンド』2月号では、米国では、フリーランサーズ・ユニオンの会員が30万人になっていると報じています。
 ユニオンとの名称ですが、団体交渉ができないので、労働組合ではありません。
それでも、不利な立場にある労働者の権利を守り、労働者間の情報共有を促進するとともに、
社会保障や技能向上の機会を提供する新しいコミュニティー型組織です。
 AFL‐IOの会長や組織局長が「労働組合と企業が行う団体交渉でない道を探らなければならない」と公言し、
労働組合も労働組合以外の新しい組織を求めている、とも紹介しています。
 その背景には、ライドシェアに代表されるシェアリング・エコノミー下では企業が最低賃金や労働時間、
社会保障といった人件費コストを回避する手段として請負労働の活用が拡大しているからです。
 日本では、生産年齢人口(15~64歳)に占める個人請負労働者の割合は約16%で1064万人(ランサーズ社調査2016)といわれており、
スペインで約31%、フランスで約30%、スウェーデンで約28%、英国で約26%、ドイツで約25%、米国では約27%で2020年には40%になると分析されています。

■「底上げ・底支え、格差是正」を実現するには、新しい組織、新しい活動が必要

 歴史的に形作られた春闘の組織的プロセスや優先順位をつける際の価値基準は、
状況の変化に応じて容易に変えることはできません。
 そして、今の春闘の形を継続すればするほど格差は拡大するだけで、労働界は世間から信頼を失うだけでしょう。
 併せて、安倍政権が音頭を取る「働き方改革」にも巻き込まれて、雇用の流動化(限定社員、副業・兼業、個人請負労働者の増加)が進み、
これまでの労働組合では手が出せない世界が広がっていくのは間違いありません。
 クリステンセンの指摘に基づけば、破壊的イノベーション(底上げ・底支え、格差是正)を実現させるには、新しい組織、新しい活動が必要です。
 また、新しい組織、新しい活動を模索するときの問い方は、当然ですが「顧客が依然として求めていることをどのように行うか」ではなく、
「今日の環境の中で顧客が満たされないニーズは何か」を問うことです。
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