西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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「自助」から「他助」の組織へ“命がけの飛躍 ”を
2017/06/01
■まだまだ「格差拡大の春闘」になっていないか?

 日本は相対的貧困率が、先進国では米国についで高く、格差が拡大した国になった現在、非正規労働者の賃上げに取り組むのは素晴らしいことですが、まだまだ実態は正規労働者中心の賃金引き上げの春闘になっています。
 確かに、2017春闘では中小の賃上げ額が大手を上回ってきたという事実が示されていますが、一時金の額まで含め年収ベースで考えれば、格差はさらに拡大していると見るほうが現実的でしょう。ましてや、正規と非正規の格差は……。
 一方、労働界では、労働組合組織率の低下(17・3%)によって、従業員代表組織たりえなくなっている危機感が共有されています。
 しかし、対策として打ち出される、企業内の非正規労働者の組合員化の方針に対して、組合役員や組合員の側から「利害対立することになる」との意見が出され、現状は組織化に取り組めない労組が大半です。

■労組は「自助組織」だからとの意見も

 そもそも、労働組合とは「自助組織」だから、組合員の利益を最優先にするのは当然のことである、との言い分も理解できるものです。
 日本の労働法は、世界一労働組合をつくりやすい「自由設立主義」になっているので、低い賃金にとどまっている非正規労働者自身が「自助」の精神で、労働組合をつくったり加盟したりして、賃上げに取り組むことが望まれます。
 しかし、昨今の労働組合は、「賃上げ」「雇用の確保」「格差是正」をスローガンにしてきたものの、現実には「賃上げ」「雇用の確保」のために「格差の拡大」を許してきたことに、反省する必要はないのでしょうか?
 すなわち、グローバル経済下の春闘がトリレンマになっていることを「やむなし」としてきたことに、反省する必要はないのでしょうか?

■「ミダスの呪い」に陥っていないか?

 労働組合はギリシャ神話に登場する「ミダスの呪い」のように、黄金の魔力にとりつかれている、とは言えないでしょうか?
 プリュギア王のミダスは友人の賢者シレノスに、自分がロバの耳を持っていることの劣等感を相談すると「普通の人間では聞けないことも聞こえるから誇りを持ちなさい」とアドバイスされます。
 ミダスは感激して「シレノス様はなんでもかなえてくださる」と言います。それに気をよくしたシレノスは「なんでも言ってくれ」と言うのです。
 ミダスは「私はもっと黄金がほしい!」と伝えます。すると、シレノスは「よしディオニュソス様にお願いしてやろう」とその希望をかなえます。ミダス王の希望はかなうのですが、のどが渇いたり、おなかがすいたりしても、食べようとするものすべてが黄金に変わり困ってしまいます。嘆いた揚げ句に、娘にさわってしまい、愛する娘さえ黄金にしてしまいました。
 ミダス王は反省し、ディオニュソスにわびます。そして、ディオニュソスの指示に従いパクトロス川で身を清めます。黄金の魔力は彼の手から流れ落ち、これまで彼が黄金に変えたすべてのものがもとに戻ります(里中満智子『マンガ ギリシア神話』第8巻第10章「ミダス王」より)。

■「底上げ・底支え」「格差是正」のスローガンの意味

 組合員の経済的報酬の引き上げのニーズに対応させ、かつそれを効果的・効率的に進めていくことが、逆に労働者間に疎外や対立をもたらすことになってしまうのです。今日の連合の春闘スローガンである「底上げ・底支え」「格差是正」は、そのようなクローズドな「自助組織」であることを「良し」としている精神のものではないはずです。
 労働組合はそもそも経済的ニーズだけでなく、社会的・文化的ニーズと願望を満たすために、自発的に結びついた人々の自治的な組織(共生意識と民主主義に満ちた組織)であるはずです。したがって、「自助組織」としての労働組合が「他助組織」としての機能をも包摂し、機能拡大していくこと(命がけの飛躍)が望まれます。また、その必要性を次の調査結果が示しています。
 国連と米コロンビア大学が設立した「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」と同大学地球研究所による、以下の項目をポイント化して作成された「世界幸福度報告書2017」では、日本のランキングは155カ国中51位です。ランキングは以下の項目をポイント化したものをもとに作成されています。(人口あたりのGDP\社会的支援\健康な平均寿命\人生の選択をする自由\性の平等性\社会の腐敗度)。先進国で格差拡大の第1位の国、アメリカでさえ14位です。
 労働組合の使命と手段を転倒させない組織運営を、現場の組合役員と組合員に願うばかりです。
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