西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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トヨタとシャープの春闘妥結額非公開が示す春闘の問題点(下)
2018/07/01

先月号で、トヨタとシャープの賃上げ妥結額が公開されないのは、今日の春闘の実態から生まれる必然ではないかという意見を述べました。
今月号では、発表される組合平均のベア額・率で、果たして全体像を把握したことになるのか、ということについて述べたいと思います。

賃金実態を比較するとき、平均値だけを見ていても、ほとんど意味のないケースが多いのです。
例えば、組合員平均の賃金水準が30万円で同じであっても、組合員の平均年齢が片や30歳で、片や40歳であれば、現代の日本でも、前者の企業の方が賃金水準は高いと判断しておおかた間違いはないでしょう。
さらに、平均値は同じでも分布を見ると実態は全く違うということもあります。それを簡単に示したのが次の表です。



この表を賃上げ額の配分表だと考えていただければ、先月号で述べたように、同じ率や額の賃上げ(原資獲得)でも、どこに配分するかによって、実態は大きく違ってくる、という話がリアルにイメージできるでしょう。

トヨタとシャープの両労使とも、今春闘で産別等の決めた賃上げ基準(3%以上や30歳開発・設計職1500円)をクリアしているとのことです。しかし、詳細は明らかに(情報公開)していません。これはなぜでしょうか。
私の一つの推察ですが、発表すると平均賃上げ額が世間基準を大きく上回ってしまうものになるからではないでしょうか。
妥結基準を上回っているのに、その内容を公開しない理由はそれ以外思いつきません。トヨタの賃上げ金額は、良くも悪くも日本全体に大きく影響を与えます。誰もが認めるパターンセッター役です。
一方、シャープは6年ぶりに統一交渉に復帰したばかりで、ある意味病み上がり企業体質なのに、いきなり健康優良企業をごぼう抜きしてしまう平均妥結額を発表することで受ける悪影響を避けたかったのではないかと思うのです。
このように推察する根拠は、次のような3月20日付の朝日新聞報道記事です。
「シャープは経営難から2016年夏に台湾の鴻海精密工業の傘下に入り、役職と評価によって賃上げ・下げする方式にした。賞与は最大8倍もの差をつけており、今回の賃上げも評価に応じて幅を変える。6年ぶりに統一交渉に復帰したが、戴正呉社長が『信賞必罰』を掲げる以上、『一律には上げられない』(広報)ためだ」
今春闘のように妥結額未発表という事態に至ってしまったのは、春闘の賃上げ額の確認(比較)が、いまだ労働界では平均値によって行われているからです。皆さんもご存知のように、賃金データは「正規分布」となりません。下段の図のような形になります。

したがって平均賃金だけで比較していたのでは、今日では実態を正しくつかむことはできません。
平均賃金が同じでも、平均の勤続年数や平均年齢の違いで賃金水準・実態は大きく違っているからです。
また、おおかたの賃金分布では、中央値(データを数値の大きいまたは小さい順に並べたとき、真ん中に位置する数値)や最頻値(データの中で最も多く存在する数値など)は平均賃金を下回ります。
さらに平均値の大きな問題(弱点)は、「外れ値」やフタコブ型分布によって上に引っ張られることです。



今回のトヨタとシャープにおいてはこのようなことが起こっているのではないか、というのが私の推測です。
配分に大きな格差が出ているので、平均値を発表すると、平均値が高い値を示してしまい、多くの人が自分は平均以下(=評価されていない)とショックを受け、不満を持つ人が出てくることを危惧したのではないかと思うのです。
今春闘で明らかになったことは、賃金の個別化がより一層進み、平均賃金で賃上げ額や賃金水準を示しても、もはや意味をなさないほどに格差が広がったということではないでしょうか。
平均値を発表すると、中央値から最頻値のボリュームゾーンにいる大多数の労働者は不満を持つ恐れが大きい結果になっているものと想像されます。
今後賃金格差はますます広がりを見せ、いずれどこの労使も賞与の平均妥結額は公開せず、月数のみとなることでしょう。
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