西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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組合員は何に対して組合費を支払って、組合員でいることを継続しているのか?
2018/08/29
標題の問いに答えようとしない労組、このような問い立て自体が思いもつかない労組は、たとえ今、組織の拡大をなし得たとしても、
そしてユニオンショップの組合であることに安心していても、まもなく組合員からの組合脱退希望(届出)という事態に直面し、うろたえることになるでしょう。

この種の問題は、すでに組合活動へのスタンスや活動路線の違いから、別の組合に個人加盟して企業別組合を抜ける、という事態としてすでに起こっています。
また、この種の問題にはユニオンショップ協定はもはや防御策とならないことは、1992年いすゞ自動車と2007年の東芝の最高裁判決で明らかです。
ただし、今のところこの種の問題は限られた少数派の出来事にとどまり、簡単には広まっていくことはないでしょう。
だからといって慢心していたら危険です。誰もが持つ消費者心理を軽視してはいけません。

高度なサービス社会に入った現代日本、労働組合の果たす物理的・システム的機能だけでは、消費者感覚の価値判断を主とする現代人には魅力度・好感度はなく、
組合(顧客)離れしていくことをパインとギルモア(2005)は指摘しています。
彼らは消費者が何に対価を支払うか、として次の5つのサービス(ビジネス)レベルに区分けします。

①    物質に対して支払うコモディティビジネス
②    有形物に対して支払う製品ビジネス
③    実行した活動に対して支払うサービスビジネス

④    企業といっしょに過ごした時間に対して支払う経験ビジネス
⑤    企業と共に達成した実証済みの成果に対して支払う変革ビジネス
そして、現代人は「④経験ビジネス」と「⑤変革ビジネス」の高次のサービスレベルを求めるものであることを強調します。

パインとギルモアの提起を労働組合活動に関連付けて述べるならば、組合活動の対象が誰であれ、
実行した活動(サービスビジネス)に対して組合費を請求していたのでは不十分なのだ、と認識する必要がある、ということです。
ましてや、毎年約束した(要求に掲げた)賃上げ水準に至らないレベルの活動ではなおさらです。実行した活動が組合員の期待を下回るならば、不満やクレームを生むだけです。
期待を超える活動(サービスビジネス)を提供できなくとも、組合員は経験を求めているのです。経験を通して人は自分自身のアイデンティティを確立させるだけでなく、
人生の目標さえ変えることができます。学び、育ち、すなわち自己変革するための新しくて面白い経験を求めています。この重大な組合員ニーズの変化に気づく必要があります。

パインとギルモアは、このことをフィットネスクラブを例にして次のように説明します。
成功しているフィットネスクラブは、会費や施設の利用料(だけ)を請求するだけではなく、健康や満足感に関する会員の望みを達成度で測り料金を請求する。
運動後に達成される成果に対して課金する、というのです。
しかし、成果を上げられないフィットネスクラブは、決められた目標に向かって努力し続けることができない会員が支払った会費や、設備を利用しない会員からの収益を当てにしている。
だから、そうした会員は一時的に収益にはなるが、会員資格が終了しても更新しないために、やがてコストのかかる新規会員の募集に追われることになる、というのです。

もちろん、労働組合は提供する物質に対して請求するコモディティビジネスでも有形物に対して請求する製品ビジネスでもありません。実行した活動に対して請求するサービスビジネスです。
しかし、労働組合活動でも、結果にコミットメントすることなく、提供するサービスに料金を請求している(組合への加入と組合費の支払いを求めている)だけならば、
まもなく、脱退者の増加に苛まれるのがおちとなるでしょう。
逆に、仲間と働くことの楽しさや喜びが経験(共有)できることや、人生上の忘れられないイベントやステージングを経験させてくれる労働組合には、
たとえサービスビジネスレベルで期待を超えることがなくても、組合を脱退したいと思うことはないはずです。

労働組合も、高度なサービス社会に生きる現代の人々、組合員の生活ニーズの充足の仕方・プロセスに目を向けておかないと、
たとえそれがユニオンショップの組合であっても、脱退申請を求めてくる組合員が発生する可能性が高まっていることに気を配る必要があります。


参考文献
B・J・パイン+J・H・ギルモア著『[新訳]経験経済―脱コモディティ化のマーケティング戦略』ダイヤモンド社(2005年)。
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