西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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労働組合が果たす「退出・発言モデル」の機能不全と、抱える「離脱・発言・忠誠」問題
2019/01/07

米国の労働組合の存在価値・機能研究で、とても有名な著書があります。
それはリチャード・B・フリーマン(1986)『What Do Unions Do?』です。日本語訳タイトルは『労働組合の活路』/島田晴雄・岸智子訳、日本生産性本部(1987)です。
ここで示された理論は、フリーマン=メドフの「退出・発言モデル」といわれています。
これはもともと、A・O・ハーシュマン(1970)『Exit, Voice, and Loyalty』(『離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応』/
矢野修一訳、ミネルヴァ書房、2005)で明らかにされた理論、「退出・発言モデル」を労使関係に応用したものです。
フリーマンは、このハーシュマンの「退出・発言モデル」を活用して、労働組合が「発言」機能を発揮することにより「離職」を食い止めて、
企業の生産性向上に寄与していることを明らかにしたのです。
日本の労使関係において「退出・発言モデル」の応用研究は多々ありますが、今回は梅崎修・南雲智映(2009)の論文「交渉内容別に見た労使協議制度の運用とその効果」/
『日本労働研究雑誌』No.591(October)を取り上げます。

ハーシュマンは前述した自身の著書の中で、次のように述べています。
「個人や企業、組織は一般的に、効率的・合理的な行動や法律・規範に照らして正しい行動、
あるいはその他機能的な行動から逸れ(原文のママ)やすいものである。(中略)
それぞれの社会は、こうした機能不全に陥るような行動、錯誤的行動とある程度共存できるが、
錯誤的行動が広がって社会全体が衰退しないようにしなければならない。
つまり、弱っている主体をできるだけ多く、社会がうまく機能するのに必要な行動へと引き戻す力が当該社会の内部から生み出されなければならない」
そして、逸脱した組織に対して、顧客や構成メンバーによる矯正する方法・手段として、
ハーシュマンは、「離脱(Exit)」と「発言(Voice)」の2つのオプションがとられる、というのです。
「離脱」は経済学に属し、競争と品質との比較によって機能し、「発言」は政治学に属し、
「発言」は「離脱」に代替するものとして、「忠誠(Loyalty)」に基づいてなされるもの、と説明しています。
すなわち、「発言」は企業に対する「忠誠」から生まれるものであることを、ハーシュマンは解き明かしているのです。
「忠誠は離脱を寄せつけず、発言を活性化させる」とも述べています。

新年早々、何を言いたいのかといいますと、昨今多発する企業のコンプライアンス問題に対して、
労働組合(組合員)が内部でチェック機能を発揮していたかどうかが問われていますが、
果たせていないとしたら、それは「忠誠」心に欠けていたということです。
さらに、「忠誠がどれだけ効力を発揮するかは、利用可能な代替的選択肢が近くにあるかどうかによる」ともハーシュマンは述べています。
私はこの「利用可能な代替的選択肢」に、労働組合が組合員から認知されているかどうかも重要だ、と考えます。
梅崎・南雲論文では、ハーシュマンが言う「利用可能な代替的選択肢」としての労使協議制が、
仕方によって機能の発揮(発言効果)が異なる可能性を次のように示唆します。
「本稿では、労働者間の利害を発見し、利害の調整が必要になる協議内容を『問題探査型』の労使協議制と名付けたが、
『問題探査型』の場合には労使協議制に対する納得度が薄れると指摘したい。
このような発見事実は労使協議制の限界と考えることも可能であるが、協議内容の性質上、団体交渉で取り扱うことに適していないことも事実である。
そうであるならば、労使協議制の更なる深化こそが求められていると言えよう。
とくに労務管理の個別化や雇用形態の多様化が進めば、今後も『問題探査型』の協議内容が増えると考えられるので、そのような深化は強く求められるといえる」

進化する人的資源管理によって、労働者の不満は多様化・個別化しています。
一方、労働組合の「発言」機能は、集団的労使関係にマッチする最大公約数的問題、経済的報酬や労働条件問題だけに限定されるきらいがあります。
したがって、個々の労働者の「利用可能な代替的選択肢」にならなくなっているのではないか。
また、個別の労使関係に発生した問題をあまねくすくい取り、労働組合の「発言」機能にどのように結びつけるか、
衰退した現場情報の収集能力を再構築する必要がある、ということです。
そればかりか、労働組合という組織そのものに「離脱・発言・忠誠」のモデルが、今日どのように当てはまっているのか、
特に組織率の低下するオープンショップの労働組合は真剣に検討しなければなりません。
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