西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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“人的資源管理”が労働組合におよぼす影響
2019/02/01

かつて「人事管理」とか「労務管理」、それらを合わせて「人事労務管理」と言っていた時代がありました。
それが、1980年代以降、世界的に「人的資源管理(Human Resource Management)」と言うように変わりました。
この変化は「管理の対象を要員よりも人的資源と捉えるようになった背景には、要員への教育投資を重視する考え方がある。
経営において要員を重要な経営資源と見なし、その資源価値を高めることも管理の目的に含めたのである」(『人事労務管理用語辞典』/中條毅編、ミネルヴァ書房)と説明されていますので、労組側でも好意的に受け止めている人が多いようです。
しかし「人的資源管理」が生まれてきた米国の80年代の労使関係を振り返ると、喜ばしいことばかりではありません。
80年代の米国は「産業構造の転換に伴い、工場閉鎖、海外移転、下請け化が進み、組合に組織化されていた雇用が急速に失われた。
レーガン政権の新自由主義政策や組合への敵対的な傾向が相まって、製造業を拠点とした労働運動の弱体化が大きく進んだ」(「アメリカの社会運動ユニオニズム」『大原社会問題研究所雑誌』 No.562・563 / 2005・9・10)とされているからです。

80年代の初頭に、米国労働運動を弱体化させた決定的事件が起こりました。
それは、1981年8月のPATOC(連邦航空管制官組合)の48時間ストライキの大敗北(全組合員1万5千人中1万3千人が参加。レーガン大統領は参加者全員を解雇)です。
ストライキの原因は、管制官というストレスの多い仕事に対して、割に合わない賃金・労働条件への不満であった、と言われています。
法律で連邦航空管制官はストライキが禁止されていたにもかかわらず48時間ストを打った背景には、1980年の大統領選挙で
共和党のレーガン大統領を応援する見返りに大統領になったら管制官の待遇改善に努める、と期待を持たせた手紙がPATOCに届けられていたからです。
それは、かつて三木内閣がスト権を認めるのではないかと期待し、1975年のスト権ストに突入。裏切られて敗北。崩壊の道を歩んだ国労とそっくりです。
PATOCは国労以上の悲惨な状態となった、と言われています。
『アメリカ労働運動の新潮流』(秋元樹、日本経済評論社)では「解雇された組合員の生活は深刻で、再就職は困難であった。
政府はFAA(連邦航空局)内のみならず、政府内の他の部署への採用も拒否した[当初3年間連邦公務員として採用することを禁止。
81年12月9日、この禁止令を撤回、FAA以外の公務への再雇用をみとめると発表]。民間企業の間でも『ブラックリステッド』された。
『当時、PATOCと言えば、“反アメリカ的”“不忠義”“国民のくず”等々とされた』。両親や親戚までもが彼らを非難した」と伝えています。
管制官ストの大敗北以降、米国の労働運動は譲歩を余儀なくされていきます。この時代に「人的資源管理」という概念が生まれているのです。

日本労働研究機構報告書『労働組合の結成と経営危機等への対応―90年代後半の労使関係』No.150、2002年では、次のような指摘をしています。
「アメリカでは、多くの未組織企業で非組織化維持政策として人的資源管理戦略を採用し、熟練度ベースの賃金制度や精巧な労使コミュニケーション手段、
苦情処理制度の導入によって従業員に組合結成の動機を与えないようにしている。
(中略)労働条件のよい企業や従業員とのコミュニケーション施策の充実した企業では、
組合が結成されにくいと推論される。今日の企業が採用する人的資源管理そのものが、
労働組合の組織化や加入を必要としないもの、すなわち組織率の低下をもたらすものとなっている」。

日本では、人的資源管理が組合を必要としないものとして露骨に登場はしていませんが、実質的にはそのようなものとして機能しています。
労組組織率の低下や組合員の組合離れといった影響が出ています。
「経営理念を社員に浸透させること、企業戦略と人材配置を統合させること、人材投資を行うこと、前述したこれらの重要事項はいずれも戦略的人的資源管理の考え方と整合的である点も見落とせない」
(『キャリア社会学序説』/佐藤厚、泉文堂)と、指摘されているように、人的資源管理は、働く人々の意識の個別化・多様化に対処して、企業への求心力や愛着心を必死になって創り出そうとしていることは間違いありません。
労働組合は、働く人々をめぐって、企業が採用する人的資源管理とライバル関係にあるのです。
組合員の参画・関与の意思(求心力や愛着心)を、どちらにより強く引き付けられるかの競争をしているのです。
春闘の展開が組合員の組合への参画意欲を引き出すものとなっているか、この視点も忘れずに取り組んでください。
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