西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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働く喜びを追求する組合活動へ
2015/11/01
■アダム・スミスとウィリアム・モリスの労働観

 人間の労働についての価値観はアダム・スミス(古典派経済学)の定義「骨折りと苦労 (toil and trouble)」が有名である。そこから、人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという労働価値説が生み出された。
 この労働価値説の最終形として、マルクスは賃金と交換されるのは労働ではなく労働力であり、労働力の価値の補填分を越えて労働が生み出す価値があって、これが利潤の源泉である、と規定した。
 これらの労働価値説の原点は、旧約聖書のアダムとイブが禁を破り、エデンの園から追われ、働かないと食べていけない苦役(労働)という原罪を背負ったことに由来している。
 一方、ウィリアム・モリスは、中世以来ギルド的な職人の労働に見られる、骨折りでも苦労でもない「労働は喜びと楽しみ(joy and pleasure)」の労働観への変革を提案した。
宮沢賢治とマックス・ウェーバーの労働観
 日本では宮沢賢治がモリスのアーツ&クラフツ運動から学び、花巻で「労働の喜びと楽しみ」を実践した。(詳しくは大内秀明著『賢治とモリスの環境芸術』時潮社、『ウィリアム・モリスのマルクス主義』平凡社新書を読んでほしい)。
 このウィリアム・モリスの労働観がマックス・ウェーバーにどれほどの影響を与えたのかは、私は知る由もない。しかし、勤勉に労働し与えられた職業を全うしていく世俗内禁欲のプロテスタント的労働観、親から伝えられた職業を受け継ぎそれを天職として黙々と続けていくことは正しい生き方だとするマックス・ウェーバーの労働観は、ウィリアム・モリスと重なる。
 これらの労働の価値観の転換は、これからの組合活動への変革にヒントを提示する。

■「儲けてなんぼ!?」の企業経営に対抗する労働組合の倫理観・労働観

 グローバリズム(新自由主義)に対抗する労働運動を展開するには、市場原理の商業主義に流された生活観、暮らし方、ライフスタイルを克服する働き方をする必要がある。そのためには、私たちはウィリアム・モリスや宮沢賢治の考え方の実践や、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』から学ぶことが必要だ。
 ただひたすら給料のために働き、剰余価値(利潤)の分配を求める春闘を行って、毎年さらなる労働生産性向上のプレッシャーに束縛され、メンタル問題を多発させ、ワークライフバランスを崩し、格差拡大を生み出すだけの労働現場を変えていかなければならない。「会社は儲けてなんぼだ!」という数字だけを追っかける、昨今よく見かけるようになった結果主義の経営(マネジメント)であったとしても、それに対抗するには、労働組合(執行部)自身が、自分たちの携わる事業(仕事)が、どのような顧客に、どのような価値ある供給力(商品やサービス)を創造・確保し、それをタイムリーに顧客に提案している会社なのか、言い換えれば私たちはどういうふうに利益を生み出すビジネスを展開していくべきなのかを、組合員にきちんと説明できる能力を身に付けないと、経営陣・管理職を諫めることなどできない。

■「働く意欲」を高めることが「雇用と賃金」を守る

 具体的には、全員参加の経営対策活動として、毎年全従業員のモチベーションや満足度(ES)調査を行って、自分たち自身の手による職場マネジメントの改善と共に、「働く意欲」の向上を目指す組合活動である。
 労働組合が「働く意欲」の向上を図る必要性については、明らかに日本人の働く意欲が数々の国際比較調査で「世界最低」であることに関連してすでに述べた。(211号2014年8月号)
 さらに、「働く意欲」の向上の必要性が賃金と雇用を守ることになることは、1992年の米国のシアーズが経営危機に直面し、そこから復活を遂げた時のシナリオを見れば明らかだ。
 シアーズは、同年ハーバード大学経営学部教授のキャプランと友人のコンサルタントのノートンが提起したバランススコアカードの経営に基づいて、経営改革を行って業績回復に成功した。
 彼らは、従業員満足度を高めることで、顧客満足度を高め、そこから資産収益率や営業粗利率、売り上げ増へと結び付けて行った「エンプロイー・カスタマー・プロフィット・チェーン」を創り出し、展開していったのである。
 マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授も、優れた会社には下図のようなグッドサイクルが展開されていることを明らかにしている。




 日本においても、平成26年(2014年)版労働経済白書で、「『就労意欲が低い・どちらかと言えば低い』と回答した企業に比べて、労働者の『就労意欲が高い・どちらかと言えば高い』と回答した企業の方が、労働者の定着率も労働生産性も、さらに売上高経常利益率も高い」と明らかにされている。
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