西尾 力の「BEST主義の組合活動のススメ」

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今後も取り組むべき春闘とは?(中)
2016/09/01
■春闘がトリレンマになっている

 かつて3年前の9月号の本誌で、「BEST主義の組合活動のススメ」シリーズの連載開始に当たり、
「『下山の時代』の組合活動―グローバル経済がもたらす雇用と賃金の劣化への対処策」との題で、
今日の春闘はトリレンマになっていることを指摘した。春闘の三大スローガンであった、
①賃上げ、②格差是正、③雇用の安定の三つを同時に達成することはできていない。 
 そればかりか、現実は自分たち正社員組合員の①賃上げと③雇用の安定のために、
②格差是正(非正規社員の増加)を見過ごしてきた、と述べた。そのかいもあったのか、
2016春闘のスローガンが「底上げ・底支え、格差是正」と変化した。
 しかし、先月号でも述べたことだが、いまだ格差は拡大する一方ではないか?
正規・非正規問わず賃上げ(ベア)要求の額は3000円から6000円の一律の要求からの妥結が見られ、
「底上げ・底支え、格差是正」にはなっているように見える。
 しかし、いまだに実態は「率」要求が多く、さらに正規にはプラス定期昇給があるのに、
非正規にはほぼ定期昇給(連合は6000円と換算)はないことや、一時金も月数要求・支給ともなれば、なおさらである。
 どうして、春闘がトリレンマになってしまったのか。この背景には何があったのだろうか。

■労働組合が格差拡大を見逃した原因

 この件に関して、井出英策慶應義塾大学経済学部教授の指摘はリアルである。
 バブル崩壊後の労働組合活動が、格差拡大を見逃して、冷淡で無関心な労働組合活動となってしまった理由。
それは、働き蓄えることで自らの生活を防衛してきたため、企業の収益を増やし、自分の所得を増やしたいがために、
総額人件費削減要求(非正規雇用労働者の割合増加)を受け入れざるを得ないという悪循環に陥ってしまったためである、との指摘である。
 さらに井出氏は、格差に関心を失った日本国民を、次のような国際調査結果からも説明している。

①世界価値観調査
「所得はもっと平等にされるべきだ」という質問に対して、賛成する日本人の割合は調査対象となった58カ国のうち39番目であること。
さらに、この割合が日本と同程度の国はほとんど途上国であること。

②国際社会調査プログラム
「富む者と貧しい者との間の所得の格差を少なくすることは政府の責任か」との質問に対して、
政府の責任だと答えた日本人の割合は調査対象国33カ国中29番目であること。

③格差是正の再配分の方法のOECD調査(2008)
所得を再分配する方法には二つあって、一つ目の「富裕層に重たい税金をかける」方法には、日本は調査先進国の中で最下位。
もう一つの「低所得層に手厚い給付を行う」という方法については、日本は調査先進国の中で下から3番目、というのだ。

■「勤労国家レジーム」の価値観の悲劇

 なぜ、かくも私たち日本人は格差に鈍感なのだろうか? 井出氏は、それは戦後日本の福祉国家観が、社会保障ではなく、
就労の機会を提供することで国民生活を支える、という発想を根幹にしているからだ、と述べている。
そしてそれを勤労に励む国民と経済成長を前提として、自助努力によって小さな政府を実現する「勤労国家レジーム」と呼んでいる。
 しかし、バブル崩壊によって、この「勤労国家レジーム」が逆回転し始め、企業は雇用の非正規化による総額人件費の削減に、
政府は労働規制緩和や法人税の減税に乗り出すことで収益確保を図った、というのだ。
 労働者側も、働き、蓄えることで自らの生活を防衛してきたため、企業の収益を増やし、自分の所得を増やしたいがために、
総額人件費削減要求(非正規雇用労働者の割合増加)を受け入れざるを得ないという悪循環に陥った、というのである。
 正規雇用の社員たちは自らの可処分所得を維持することに躍起になった。むしろ、非正規雇用化が進み、企業の収益が増大するならば、
それは彼らにとって望ましいことだった、とも井出氏は述べている。

■均等処遇制度にしていく春闘へ

 「底上げ・底支え、格差是正」を真に実現しようとするならば、ベア分として獲得した賃金原資を、
「最低賃金の引き上げ」と「1国1制度(均等処遇=多様な正社員)」にするための原資に充当し、社会整合性論(利他主義)の春闘
 にすることが求められる。
 賃金額の多寡(引き上げ)だけに目を向けるのではなく、賃金体系・人事制度の改善に目を向けること。
それは、かつて草創期の労働組合が「職工身分格差撤廃」「電産型賃金体系」を要求したように、均等処遇制度にしていく春闘である。
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