鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

ギャンブルに救いを求めるアベノミクス
2017/02/15

 「日本経済の成長はIR(統合型リゾート)にあり」とは、カジノ解禁を求める人々の主張だ。国の経済をギャンブルに頼る。言い換えればギャンブルに頼らなければ経済は失速するという主張だ。

 ひと足早くカジノを解禁し、屋上に満々とした水をたたえるプールを持つ高層ホテルで話題を提供しているシンガポールのIRも、リゾート事業では採算がとれず、唯一カジノの収益で成り立っているという。アジアではシンガポール、マカオ、韓国とカジノがあるが、いまさら日本がカジノを開いても、カジノを目的に日本に来る外国人がそんなに増えるとは思えないし、来日する外国人の訪問目的はカジノとは違うのではないかとも思う。
アベノミクスの失敗でにっちもさっちも行かなくなった経済を、カジノで一発逆転を狙う「自民党政権」と「維新の会」。どこかがおかしくなっている。

 日本経済を沈没寸前に追い込んでいる現在の経済政策を振り返ってみよう。

 アベノミクスの三本の矢とは、官邸のホームページによれば、①市場にお金を増やしてデフレ脱却(大胆な金融政策)、②政府支出でスタートダッシュ(機動的な財政政策)、③規制緩和でビジネスを自由に(民間投資を喚起する成長戦略)である。

 この政策には当初から「国の借金には目をつむり、市場にお金をジャブジャブに流せば、景気は良くなる」というのは誤りだという指摘がされていた。とくに、「一部の裕福な人が富を持てば、いずれその富が滴(したた)り落ちて一般の国民の懐も潤う」というトリクルダウン理論は、過去の人類の歴史を見ても実現したためしのない空論と言われた。
現実が示すように、すでにその過ちは明らかになっている。
市場にお金がだぶつけば「株価は上がる」とばかりに、国民の将来の生活を左右する年金の財源にすら手をつけ株式への投資を増額(25%から50%へ)してしまった。「株の値下がりで年金財源が損失した」と指摘されても、「良い時も悪い時もある。もっと長い期間で判断すべき」と強弁する。たしかに株価が上下すれば、利益を得る時もあれば損失を被るときもあるから、「長期で判断すべきだ」という主張にも一理はある。しかし、問題はそうした損得勘定だけではなく、若い人々の将来の生活を、株価の変動で左右させてよいのかという不安定さにある。
デフレ脱却のためには、2年間で2%の物価上昇目標を達成し、国民の間に「今後は物価が上がる」というインフレへの期待から、投資や消費をしようとする動きが広がって経済が活性化し、賃金も上がるというシナリオを描いていた。
しかし、現実には「銀行や信用金庫から、低金利での融資の打診が増えている。しかし、仕事が増える見通しが立たなければ企業は設備投資に踏み切れない」(東京都大田工業連合会・舟久保利明会長)状態に陥っているのだ。
日銀は物価が上がらない原因を、(1)原油価格の下落(2)新興国経済の不調(3)消費増税の影響といった環境変化によるものと言い訳をしてきた。今起きつつある原油の高騰(ガソリン、石油関連製品の値上げ予測)を救いの手として頼みにしている奇妙さである。
第二の矢は財政政策である。国が税金をつぎ込んで仕事を増やし経済に寄与させ、税収を増やして財政を健全化させるという政策も、たしかに、安倍政権が発足した12年度に43兆円台だった税収は、日銀による大規模金融緩和で進んだ円安・株高で企業業績が改善したことと、14年4月の消費税率8%への引き上げなどで15年度には56.3兆円まで増加した。
安倍政権は、税収が当初の見積もりから増収になった分を補正予算の財源に活用、「アベノミクスの果実」とアピールし、歳出拡大を続けてきた。

 ところが、16年明け以降に進んだ円高で、自動車など輸出企業を中心に企業業績は頭打ちとなった。アメリカの新大統領に就任したドナルド・トランプ氏の政策への期待感から、一時的に円安・ドル高となったが、「先行きがどうなるかは分からない」(市場関係者)状況である。もし、来年度以降、税収の回復が見込めなければ財政はさらに悪化し、政策見直しは避けられないといわれる。

 税収の減少は、政府が掲げる財政健全化目標の達成に影響を与える。政府は、政策経費をどの程度税収でまかなえているかを示す「基礎的財政収支」(プライマリーバランス=PB)を20年度に黒字化することを目指している。消費税率10%への引き上げ延期ですでに目標達成が危ぶまれている。加えて17年度予算案は、
【基礎的財政収支は10兆8413億円の赤字で赤字額は5年ぶりに膨らむ。国と地方の基礎的財政収支を黒字化する財政健全化目標を実現は一段と見通しにくくなった。先進国で突出して悪い財政状況が続く。】(日経QUICKニュース)という状況になった。

 このように、アベノミクスの二本の矢は完全に行き詰まり、政策の過ちは明らかになりつつある。
元来、デフレ脱却には、金融政策と経済成長のバランスが重要といわれる。しかし、成長戦略がうまくいかず、日本経済にこれ以上の成長要素が乏しいとすると、バブルの危険性だけが高まりかねない。こうしたリスクを考慮すると、財政の持続可能性を無視してまで、大胆な金融政策を続けるのは早晩難しくなるとの分析もある。
最後の頼みは三本目の矢「成長戦略」ということになるが、第一の矢、第二の矢が思い通りの結果が出ないのなら、失敗を認めるより一発逆転。ギャンブルにすべてを賭けよう。日本経済の成長のためのけん引役は、IR・カジノの解禁ということになった。
冷静に考えてみよう。「語り継ぐもの」第78号で詳しく触れているが、「カジノ解禁」を主張する人々が挙げている理由は、「地方でもカジノを整備して海外からの観光客を誘致すれば、日本全体の活性化につながる」というもので、具体的には「カジノとともに、ホテルや会議場、ショッピングモールなどが集積する『統合型リゾート』(IR)と呼ばれる複合施設を建設することを計画」している。すでに多くの自治体が「わが町に」と名乗りをあげている。
いやしくも一国の経済の切り札を「ギャンブル」に賭けなければならないのは不名誉な話だ。国会でも議論されたように、ギャンブルとは「勝負に負けた人のお金で成り立つもので、経済の基本である新たな付加価値を生みだすものではない」。
経済政策が行き詰ったアベノミクスが最後に頼るギャンブルには副作用がついて回る。家庭を崩壊に導くギャンブル依存症の増加、勝負の世界にはつきものの治安の悪化と、それによる住居移転による人口減少、暴力団による「マネーロンダリング」……。
WHO(世界保健機構)がギャンブル依存症を精神疾患と認定したのは1977年。ギャンブル依存症は「否認の病気」とも言われる。「ギャンブルは好きだが自分は依存症ではない」と本人が認めないことが多いからだ。さらにこの依存症患者はアルコール依存症のように外見でそれと判断しにくく、家族らが気付かぬうちに進行し、同時並行で借金が膨らんでいく。
ギャンブル依存症患者は厚生労働省の推計によれば、2014年には成人男性の8.7%、同じく女性の1.8%がそれに該当する可能性があると公表した。推計で計536万人になる。
弁護士や消費者団体でつくる「全国カジノ賭博場設置反対連絡協議会」は6日、「ギャンブルで自殺する人もいる。人の不幸を前提に成長戦略を描くのは愚かなことだ」と批判。韓国の例を挙げ、「カジノはバラ色の未来を約束せず、地域を崩壊させる」と批判した。

 建設候補地の住民らも治安悪化を懸念している。

 地域活性化や税収増加を期待する声もあるが、そのプラスよりもマイナスのほうが大きい。このように、アベノミクスの第三の矢である「成長戦略」は、IRに一発勝負をかけなければどうにもこうにもできない状況に追い込まれている。

 こんな日本になったのは、国会で自民・公明・維新の勢力に3分に2以上の議席を与えてしまった私たち国民の責任なのだろうか。こうなったらすべてをあきらめて暮らすしかないのか。何をすればいいのかが分からずに、自問自答を繰り返す昨今である。