鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「春闘は大転換の年を迎えたが?」~克服すべき課題が山積している~
2019/01/21
 
 昭和30年から始まった春闘は、今日までその節目節目で転換を図ってきた。昭和29年、まず四つの産業別組合が集まり、翌年の昭和30年に新たに二産別組合が参加し、六産別による賃上げ闘争の始まるが(昭和30年)、それをもって春闘のスタートとしている。
 当初は総評の比重が高かったゆえに、当時の総評議長の名をとって「太田春闘」と呼称された。昭和48年(1973年)の第1次オイルショックにより日本は、石油関連製品をはじめとした急激な物価上昇に見舞われた。物価が上がるから賃上げ要求も高くなるという循環となり経済が停滞、これをもって日本の高度成長は終えんを迎える。
 この難局に立ち上がったのが当時の鉄鋼労連をはじめとした金属労協で、それまでの要求のあり方であった「前年実績+アルファー」方式を修正し、賃上げは経済との関係を抜きには語れないとして、「経済整合性論」を提唱、物価上昇を抑えるために前年の30%以上の実績から、昭和49年の要求を15%に切り下げた。結果は9%台の賃上げになり、狂乱物価と言われたさしものインフレも鎮静化に向かっていくことになった。
 
 これを期に当時の鉄鋼労連委員長の名を冠して春闘は「宮田春闘」と呼ばれることになった。
 経済の高度成長の終えん以降、大幅賃上げ→消費拡大→企業業績の上昇→経済成長→大幅賃上げの循環スタイルも変貌を遂げることになる。
 近年では労働組合の中央組織・連合が春闘の方針を決める前に、首相が賃金引き上げを財界に求めるという異常な状態が続いてきたが、こうした「官製春闘」は4年も続き今までも異論が多く、労使の自主的関係の交渉で決めるべきという正論も強まっていた。そして今年、首相の呼びかけはなされず、ようやく本来の労使交渉による決着が図られることになりそうである(2018年末時点)。
 
 さて政治の介入がなくなったといっても、賃上げが経済と密接不可分にあることを考えれば、経済政策という政治の影響からは無縁ではいられない。今年の特徴は、一つに連合の賃上げ方式の転換であり、一つに同一労働同一賃金をどう実現するかである。また、いずれにも関係するが正規・非正規間、一般従業員と社長など役員との格差問題がある。
 
 まず連合は遅まきながら従来の平均賃上げ方式から脱却する。日本の労働組合は長い間、平均賃上げ方式を当たり前のように考えてきた。しかし平均とは、組合員全員の賃金総額の平均であり、他社と賃金比較する際には何ら参考にならない。年功賃金の時代でいえば、年齢の高い層、勤続の長い層の従業員が多ければ平均値は高くなり、逆の場合は低くなる。若い従業員が多ければ賃金水準は低くなり、高齢者が多い企業の平均値は高くなる道理だ。同じ学歴、性別、勤続による本当の賃金格差とは無縁の数字なのである。
 
 たとえば、同じ高校を卒業した二人が、一人はA社へ、一人はB社へ行って同じ職種で17年勤め、同窓会に出席して賃金を比較すればどちらの会社の賃金が高いか、低いかは分かりやすい。しかし平均値での比較は「会社が負担している人件費総額」÷従業員数だから、個人個人ごとの賃金比較にはならない。
 
 また、現状に格差がある会社間で、ベース・アップが同額・同率であれば、格差は縮まらない。引上げ率が同じであれば、むしろ格差は拡がってしまう。
 
 そんな矛盾の中で考えられたのが個別賃金方式であった。前述した同じ学歴など同じ条件で比較することで、できるだけ実際の格差に近づけようとした試みであった。
 
 しかし、個別賃金方式であっても、各社まちまちの賃金体系になると比較する条件が整わないことになる。職種による差異、社内の成績査定の方法、査定幅の大小、対象人員など比較自身が難しくなってしまった。
 
 しかも、格差の解決を図るためには格差の実態が明らかにならなければ手の打ち様がない。
春闘の歴史に中でいつも問題になってきたのが「賃金実態の公表」であった。会社はもちろんのこと、組合も自社の賃金実態を公表するのに抵抗してきたから、実態がわからなければ産業間、企業間、職種間、いずれの賃金格差を解消するには大きな障壁になってしまう。
 
 また、他社との賃金比較と同時に、近年は社内賃金の格差も重要になってきた。
2018年の通常国会で成立した「働き方関連法案」の一つの柱である「同一労働同一賃金原則の法制化」がある。大企業においては2020年春から雇用形態間の不合理な待遇格差の解消に向けた対応が求められているが、労働組合が自社の雇用形態間の待遇格差の実態を把握しているのか、なぜそのような格差が発生しているのかについて問題意識を持ってこなかったか、あるいは、タブー視してきたか、解決の見通しが立たないからと無視してきたか、いずれにしても取り組みをしてこなかった課題なのである。
今日ほど、雇用形態間の賃金格差が大きかった時代はない。その間、企業も労働組合の大半もその解決を図ってこなかった。それを解消するために成立した法律なのである。この機会に社内の賃金差の実態を把握し、改善すべきところは改善するという姿勢が問われているのである。そうしなければ組合員・従業員の待遇への納得感を高めることはできない。
 
 連合は2019年闘争に対して次のような方針を明らかにした。
【2019春季生活闘争は、(中略) 「経済の自律的成長」と「社会の持続性」を実現するためには、継続した所得の向上と将来不安の払拭による消費の拡大に加えて、労働組合の有無にかかわらず、一人ひとりの働きの価値が重視され、その価値に見合った処遇が担保される社会を実現していく必要がある。2019闘争はその足がかりを築いていく年と位置づけ、まずは中小組合や非正規労働者の賃金を「働きの価値に見合った水準」へと引き上げていくためにも、賃金の「上げ幅」のみならず「賃金水準」を追求する闘争を強化していく。】
として、賃金水準重視の姿勢を強調している。
 
 賃金水準重視とは言葉では簡単だが、前述したように、産業間、企業間による処遇体系の相違による比較の難しさ、実態把握の困難さなどが付きまとう。しかし、雇用形態による格差は、差別ともいえるほど待ったなしの解決が求められている。「組合員ファースト」などと称して、組合員以外の人々に対する処遇改善に消極的な姿勢も垣間見られる。一部には取り組みに積極的な組合もみられるが、労働組合は「組合費を払っている組合員のみのことを考えていればいい」という一般組合員意識の改革が不可欠になる。
正規社員、非正規社員の格差を考える際には、所定内賃金、時間外手当、一時金(賞与)の取り扱いなど様々な比較が必要だが、学歴・年齢・勤続年数・職種といった属性が同じであるものの、異なった雇用形態で働く労働者のそれぞれの賃金を明らかにできるのか心配は尽きない。
 
 一方、19年春闘では、格差問題の一つに、2018年11月におきた日産のゴーン会長の逮捕問題で明らかになった社長など企業役員の高額報酬問題がある。
 資本主義の本家、アメリカでさえ資本主義は暴走していると警鐘を鳴らす人が増えてきた。マサチューセッツ州選出のエリザベス・ウォーレン上院議員(民主党)はある法案を上院に提出した。以下、「NYタイムズ、12月3日付 抄訳」によれば、
その法案は【取締役会に対して、顧客、従業員、地域社会の利益に配慮するよう義務付けるものだ。そうなるように、取締役の40%は従業員が選ぶようになる。】
【状況が変わり始めたのは、70年代である。国際競争の激化とエネルギー価格の上昇に直面し、大恐慌の記憶も薄れる中、経営者たちの押しが強くなった。自分たちの唯一の使命は、株主の価値を最大化することにあると判断した。彼らが闘ったのは、規制緩和、減税、労組のない職場、賃金引き下げ、そして自身へのもっともっと高い報酬のためだった。これらをすべて正当化するために、すばらしい新たな好景気が訪れると約束した。】
 
さらに【米国の経済政策研究所(EPI)の統計データでは、1970年代までは典型的なCEOの年間報酬は100万ドル以下で、従業員の平均年収との「社内格差」は30倍程度と、今ほどひどくなかった。しかし世界的な金融自由化が始まる70年代終わり頃から、これが様変わりする。EPIが350の米国企業を対象に行った最新の調査では、2017年のCEO報酬は前年度より18%近くも伸びて、従業員平均との格差は312倍に拡大している。】(「Forbes japan」 1月7日)という指摘もなされている。
 
 2018年末、フランスではマクロン大統領の政策をめぐって「黄色いベスト運動」が起こった。石油燃料の値上げに端を発したデモは、大統領退任の要求へと変質していった。マクロン大統領が国民生活から目をそらし、富裕層を優遇することに対する反発という。これを見ても国民の反発の背景に、富の配分の不公正、格差の拡大があるのは明らかである。
 さまざまな課題をかかえた19年春闘はすでに始まっている。要求方式の変更に伴う戸惑いもある中で、難しい課題が山積している。そしてそれらの課題一つ一つの解決へ向けての労働組合の存在価値が問われているのである。