鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

多様な国民の意思を尊重するのが民主主義~権力者の意のままになる時代は終わっている~ vol.100
2015/08/15
 2015年6月25日、自民党の首相支持派の有志は作家の百田尚樹(ひゃくたなおき)氏を講師に招き文化芸術懇話会なる会議を開催、席上、講師の百田氏は「沖縄の二紙はつぶすべきだ」と発言、出席していた自民党議員からも、「報道機関に圧力をかけるべきだ」などという意見が続いた。翌日には、自民党のこの「自分たちの気に入らない報道機関は許さない」という姿勢が、報道機関への圧力、言論の自由の危機との批判にさらされた。

まず事実関係をおさらいしてみよう。毎日新聞によると問題の発言をした議員は下記の人々である。
【▪大西英男衆院議員(東京16区、当選2回)
「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番だ。文化人や民間人が不買運動を経団連などに働きかけてほしい。」
▪井上貴博衆院議員(福岡1区、当選2回)
「福岡青年会議所の時にマスコミをたたいた。なるほどと思ったのは、広告収入をなくすのとスポンサーにならないことだ。」
▪長尾敬衆院議員(比例近畿ブロック、当選2回)
「沖縄の特殊なメディア構造を作ってしまったのは戦後保守の堕落だ。沖縄タイムスと琉球新報の牙城の中で、沖縄世論のゆがみ方をどうただすか。」
▪百田尚樹氏(作家)
「沖縄の二つの新聞社は頭にくる。つぶさないといけない。」
(※出席議員への聞き取りなどによる)】

 翌日あわてた自民党は、発言者を役職停止や厳重注意して火消しに躍起になったが、誰でもわかるように、これらの発言は問題議員が「軽率」であったり、「誤解を招く発言」であったり、「ちょっと口が滑った」という性格のものではない。常日頃から自分が考えていること、自分の思想・信念、いわば本心が表に出たに過ぎないのである。

 その証拠には、渦中の大西議員は翌日の釈明の記者会見でも、再び「自分の考えに合わない新聞には圧力をかけるべきだ」と公言していることを見ても、「言論弾圧」が本心であったことがわかるし、講師として呼ばれた百田氏も、【翌27日、福岡市であった福岡大学の同窓会の会合で講演し、「沖縄の新聞は大嫌い。これは本音」と笑いを誘っている。さらに、講演前には自身のツイッターで「本当につぶれてほしいと思っているのは、朝日新聞と毎日新聞と東京新聞」などとツイートしている】(同紙)という。

 さて目を転じて、こうした圧力をほのめかされた報道機関自体の反応を同新聞の報道から検証してみよう。
【自民党国会議員の勉強会で出席者が報道機関に圧力をかけるような発言をした問題について、多くの新聞が批判的に報じ言論・報道の自由への危機感をあらわにした。ただ、毎日新聞が新聞各社と通信社に議員らの発言への見解を選択式で尋ねたところ、在京6紙と2通信社のうち「問題がある」としたのは毎日を含め4社にとどまり、濃淡が出た。勉強会で作家の百田尚樹氏から名指しで批判された沖縄県の2紙はともに「問題がある」とした(日下部聡、青島顕)。

▪在京6紙(毎日、朝日、東京、読売、日経、産経)の反応

 在京6紙で「問題がある」としたのは毎日新聞と朝日新聞だった。(中略)他の4紙は問題があるかどうかの質問に直接答えなかった。東京新聞(中日新聞東京本社)は、27日朝刊の社説で「言論の自由への重大な挑戦」「報道機関全体で抗議すべきことである」と記した。
 読売新聞、日本経済新聞は26日朝刊で勉強会を報じたものの「圧力発言」には触れなかった。以後も政局への影響報道が中心だったが社説では批判した。日経は28日朝刊社説で「このままでは懲らしめられるのはマスコミではなく自民党になってしまうだろう」と皮肉った。読売の27日社説は米軍普天間飛行場の移設を巡り、「沖縄2紙の論調には疑問も多い」とした上で「百田氏の批判は、やや行き過ぎと言えるのではないか」とした。
 産経新聞は29日まで社説を掲載していない。26日に百田氏の発言を報じ、27日5面に与野党の対応をまとめた。28日5面には百田氏の「一言だけ取り出すのは卑劣」との反論を載せた。】

 この反応を見ると各新聞社の姿勢が明確になって面白い。それは、「集団的自衛権」の制定を支持している新聞社は、あまりこの問題を取り上げないようにしていることである。火消しをはかる安倍政権と軌を一にしているために、自民党が不利になるニュースとして触れたがらない、あるいは「沖縄2紙の論調には疑問も多い」(読売新聞)などと述べて、間接的に言論弾圧の片棒を担ぐかのような取り上げ方をせざるを得ないようだ。それが将来、自らの首を絞めるようになる言論弾圧になることさえも是認しているかのようでもある。
もともと百田氏は、自分の思想に正直な人のようで、2014年2月の都知事選挙では、現職自衛官でありながら政府見解と異なる「過去の日本の行為は侵略ではなかった」とする内容の論文を発表し問題となった、元航空幕僚長の田母神俊雄(たもかみ・としお)候補の応援に駆け付け、「南京大虐殺はなかった」などと歴史認識に関する持論を展開した人である。だから百田氏の発言は、民間人の一小説家としてのものであり、これは個人の思想の自由として問題になるものではない。しかし、そうした日本の右翼の人たちと同じ主張をする人を、勉強会の講師として招くこと自体が、自民党の体質を表していると言われるのである。

 その上で、参加した政権党の政治家が同調して「気に入らない報道機関へは広告を出させないよう」にして兵糧攻めにすべきだということになると話は変わってくる。
1985年にパリで設立された世界のジャーナリストによるNGOである「国境なき記者団」は、世界の報道の自由や言論の自由を守るために、世界180か国と地域のメディア報道の状況について、メディアの独立性、多様性、透明性、自主規制、インフラ、法規制などの側面から客観的な計算式により数値化された指標に基づいたランキングを発表している。
日本は、2008年までの間は欧米の先進諸国、アメリカやイギリス、フランス、ドイツと変わらない中間のやや上位を保っていたが、民主党政権誕生以降、政権交代の実現という社会的状況の変化や、政府による記者会見の一部オープン化もあり、2010年には最高の11位を獲得したが、2012年のランキングでは22位に下落、2013年には53位、2014年には59位を記録した。そして今年2015年にはついに過去最低の61位までランキングを下げる結果となった

 民主主義とは多様な意見があり、それを言論の場で闘わすことによってより良い結論を導き出す制度である。自分の気に入らない意見を言わせないようにして、思うままの政治をすすめようとするのは中国、北朝鮮などの共産主義政権と同じで、両国とも前述のランキングでは170位代のレベルである。しかしこれは他人事ではなく、古くをたどればドイツのナチス政権と同様に、戦前・戦中の日本の全体主義政権にもみられた。

 今回の報道圧力を冷静に分析してみると、自民党安倍政権の「靖国参拝問題」、内閣だけで勝手に憲法解釈を変えて作ろうとしている「集団的自衛権」、そして「労働法制の改悪」など一連の動きの根柢に流れる思想と同じことがわかる。ジワジワと不気味な雰囲気が広がり始めている。

 労働組合が安倍政権とどう向かうのか、それが問われている。