鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

カネ、カネ、カネ社会の末路 vol.104
2015/12/15
アメリカの所得格差の拡大はすさまじい勢いで進んでいる。
【1960~70年代には、米国の富裕上位1%の人々が手にする所得総額は、GDPの9ないし10%であった。それが大不況前の2007年には倍増して、23.5%になった。しかもその間に、上位1%の人々の中でも、さらに最富裕のトップ10%の人々が、手にする所得は3倍に膨れ上がった。これほど過度な富の集中は、南北戦争直後の19世紀終盤に起こった好況期である「金メッキ時代」(下記の注・1)以来だ。富裕層上位400人だけで、下半分の所得階層にあたる1億5千万人の勤労所得をすべて合算したよりも、さらに多くの富を手中にしているのである。一方、標準的な勤労者の年間賃金の伸びは鈍化しており、この30年間で(物価上昇分を差し引くと)280ドルしか上昇していない。つまり一世紀の3分の1以上の時間をかけて、1%の伸びすら実現していないのである。2001年以降は、実質賃金の中央値も下落し続けている。
あまりに多くの所得と富とがトップ層に偏ったために、膨大な中間層が購買力を失ってしまい、景気を維持することができなくなった。少なくとも、借金の深みに陥ることなしに、景気浮上は無理だった。ところが、その借金バブルも2008年に崩壊、それが深刻な不景気の始まりだった。この国を襲った経済的苦悩としては、1930年代に起こった世界大不況以来の深刻度で、中間層は家計支出の大幅な抑制を余儀なくされ、これにより売り上げ減に直面した企業が100万人規模での一時解雇を断行する羽目になった。何とか底を打って回復したと言われている現在の景気はしかし、これまでになく弱々しい、それは、中間層の購買力が景気を支える力に欠けるうえ、彼らがこれ以上の借金に頼ることもできないからなのだ。】(「格差と民主主義」ロバート・B・ライシュ)

一時はドルの信認が落ちるところまで落ち込みながら、シェールガスの発掘による国内製造業の復権などで、アメリカドルの影響力は絶大である。経済的にも軍事的に世界の盟主たらんとする姿勢は、大統領が民主党であろうが共和党になろうが変わりないようだ。

世界経済の中心をなすニューエコノミーといわれる経済政策は、ITによる情報産業を駆使した経済運営で、【テクノロジーはどこからでも簡単に良い取引を見つけ、実現し、産業構造をよりよいものに転換することを可能にしている。これらのテクノロジーは売り手の間での激しい競争を引き起こし、それがまた更なる技術革新のものすごい波を引き起こしている。生き残るために、すべての組織はコスト削減、付加価値作り、新製品の創造といった、抜本的で絶え間ない改革をし続けなければならない。この激動の結果が、高生産性、すなわちあらゆる意味での、より良い、より速い、そしてより安い製品とサービスを生み出しているのである】(同書)。

こうした絶え間ない技術革新と熾烈な企業競争は、従業員に家庭生活を犠牲にする働き方を強制し、また一方では、紙(ドル)を右から左へと動かすだけで企業活動を左右できる弊害を生むことになり、加えて、企業買収と株主偏重主義を蔓延させていく。おカネがなければなにごともできない企業活動に見事にマッチした方法だ。
最初におカネに踊って痛い目にあったのは日本のバブル経済であった。その反省も生かされずにアメリカのサブプライムローンによる金融不安(リーマンショック)が起こる。世界経済の中心の国で起こったから深刻にならざるを得ない。アメリカの経済戦略に踊らされた国ほど深刻な打撃を受けた。
こうした金融資本主義とは、実は紙切れによる「カネ至上主義」といえるのだ。経済が紙切れで動いていくのは、実体のない虚構ともいえる。
2015年、中国経済の減速で株価下落が起こった。中国では一般投資家の混乱が報じられる。8月23日付けの読売新聞によれば、「株価低迷『政府、救済を』」のタイトルで次のように報じている。

【中国西部の古都・西安市に近い陝西省興平市南留村は人口約4300人。売買に夢中な農民が多い「株農民」として、国内だけでなく米国やドイツ、韓国でも報道された。
 南紅慶村長(49)によると、1人の農民が株取引を始めたのは8年前。この2年ほど投資ブームに沸き、追随者が続出した。百数十人が口座を持ち、主にインターネット経由で取引するようになった。
 投資歴8年の劉さん(45)は「取引のコツを聞くため他省から来る人もいたのに、暴落の後は何も残っていない」とつぶやく。大半の農民は大きな損失を出したという。
 中国の個人株式口座数は今年6月末時点で2億2764万件と、1年前の約1.3倍に増えた。実際に取引する投資家は1億人程度とみられ、人口13億人の13分の1に相当する。取引はネットと店頭が半々と推計される。投資家の増加は、政府や証券会社が株式ブームをあおった結果だ(後略)】。
日本はアメリカによって戦後の復興を助けられ、国の安全保障を依存する中で、すべてをアメリカ型にすればバラ色であるかのように進めてきた付けが、バブルの崩壊なのかもしれない。
おカネがなければ経済活動も日常の生活もできない現実は承知しつつも、カネ、カネ、カネの声が氾濫する社会は、汗を流して働く勤労観を押しつぶし、カネに執着する人間の欲望に火をつける。テレビを見れば、有名人が株の投機で儲かった話であふれ、だれをも「私も」との錯覚に陥れさせる。
その上、政府も株投機という博打をあおる。国民の資産である年金の財源まで、持主である国民の許可もなく株への投機を増やし一獲千金を夢見る異常な社会にしてしまった。「安いときに買って高いときに売れば」儲かるが、ひとたび暴落すれば株券は単になる紙切れになってしまう。
しかし、株が高くなれば、国民に何か景気がよくなったという錯覚を持たせることができる。2014年の衆議院選挙中に、自民党候補者が、「年金財源は株の高騰で利益を受けた」と誇らしげに演説するさまを見ると、博打で勝った賭博師の姿とダブる。
案の定、2015年11月30日には、2015年7月期~9月期の収益は7兆8899億円の赤字になった。そして「短期的には赤字が出ても長期的には安定して収益を得ている」と、年金財源を株というギャンブルに任せていくことの恐ろしさを覆い隠す。
 日本もアメリカと同じように、富める者はますます富み、貧しいものはますます貧しくなっている。日本はアベノミクスによって、救いようのない格差社会を作ってしまった。それは同時に、勤勉より一攫千金を夢見るカジノ国家へと国民の意識を惑わせる。
どうしてこんな社会になってしまったのか。一体、どうすれば以前のようにそれぞれが他者に思いやりをもち、安定した社会が取り戻せるのだろうか。
その改革の先頭には労働組合が立たなければならないのだが。

注1・「金メッキ時代」は「金ぴか時代」ともいう。南北戦争後の1869年、最初の大陸横断鉄道が開通し、ヨーロッパからさらに多数の移民をひきつけた。こうした資本主義の急速な成長の下、鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、銀行家モルガン、鉱山王のグッゲンハイムなど名立たる富豪が輩出した。しかし、政治は腐敗し、国家の庇護を受けた資本家はさらに富を蓄え、下層の人々は貧困に喘いだ。金ぴか時代とは、浮付いた好況と拝金主義を皮肉り、こうした経済の急成長と共に現れた政治経済の腐敗や不正を批判して「トムソーヤの冒険」で有名な作家マーク・トウェインが命名した時代名称である(ウイキペディア)。