鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「失政を言い繕う権力者たち」 ~年金損失分はだれが弁償してくれるのか~ vol.107
2016/03/15
「世の中におカネをじゃぶじゃぶ流しさえすれば、株価は上がるし経済はうまくいく」かのように強弁してきたアベノミクスも、ついに行き詰まってしまった。今さら「間違えました」とは言えない、あるいは選挙前に過ちは認められないとすると、取るべき道は限られてくる。それをどう言い繕うのかである。
当然のように「言葉だけが躍る」、実体のない空虚な発言が多くなる。実現なんかできなくてもよい、今の状況を糊塗できさえすればいいと考える。

 国会で多数を占めてさえいれば、失政を繰り返しても、議員がスキャンダルを起こしても、多数の力によってよってすべてを穏便に済ませられる。だからこれだけ多くの失態を起こしてもほとんどは、国会自体での追及は打ち切られて事なきを得る。そして自民党右翼勢力による「マスコミ批判」を恐れ、権力を正すべきメディアは沈黙を続けるか、「野党の追及は甘い」と繰り返していればいい。
政権自体がそうした態度を繰り返していれば、大臣も議員も「その場を言い繕えれば済んでしまう」と考える。当然説明の言葉も「言葉の羅列」に過ぎないから、軽佻浮薄はなはだしく聞く人を納得させるだけの力を持ち得ない。人は誰しもが緊張感を失えば間違いを起こしやすい。しかし、だからといって政治の世界で間違いを起こすことは許されない。国民を被害者にするからである。
国会で多数を支配することが、これほどまでに好き勝手な政策を行えるものか、と驚きを禁じ得ない。ついにこんなことまでするのかと唖然とさせたのが、「年金財源」を株の投機に使うことである。将来のための年金財源を「うまく活用して収入を増やす」ことは当然なのだが、金儲けだけを考えて危険がある博打には手を出さぬように、年金の財源を活用する際には「活用先」に制限を設けてきた。誰でも知っている。ハイリターンを期待すればハイリスクを覚悟しなければならないからだ。

 日本の公的年金のうち、厚生年金と国民年金の積立金の運用を行っているのが、厚生労働省が所管する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)であるが、その資産規模は、アメリカの社会保障年金基金に次ぎ、世界第二位の130兆8846億円(2014年7~9月時点)の運用資産を持っている。

 2014年6月末における運用資産の構成割合は国内債権が53.36%、外国債券は11.06%、国内株式は17.26%、外国株式が15.98%であった。ところが、安倍内閣は、2014年10月から株価対策と称して、国内債券35%、外国債券15%、国内株式25%、外国株式25%に突如変更してしまった。運用利益はあまり出ないが最も安全といわれる国内債券を53.36%から35%に激減させ、株への投機を国内で17.26%から25%へ、外国株式で15.98%から25%と大幅に増加させた。実に年金財源の50%を株投機に回すことにしてしまった。

 そして、GPIF自体は株式投資には素人なので、実際の運用は専門の金融機関に委託しているのである。もちろん専門の金融機関に委託するのだから当然のように委託手数料を支払わなければならない。国内株式でGPIFが委託先に支払う手数料は、2014年度では57億円に達している(これも年金財源を使っている)。
そこで今度は、手数料を倹約するために、自分たちが直接株の売買をしようという動きが出てくる。こうした自民党の動きも、さすがに今の株価下落で損失を出している状況では「選挙対策」を考えれば無理はしない方がいいということで見送りになったようだ。

 私たちが毎月の給料の中で支払っている「年金」の財源を、株の投機に回した場合、株が上がれば運用益は稼げるが、株価が下がれば損失をこうむる。だから国民の大事な年金財源のうち、株への投機を制限してきたのであるが、株価を上げれば経済が良くなるとでもいうようなアベノミクスによって、いとも簡単にその制限を破ってしまった。この無謀ともいえる政策には、当初から危険が大きすぎるという批判が強くなされていたが、十分な国会審議を経ずに実施に移されてしまった。年金財源を支払っている国民の意思を聞かずに株への投機を行えるのも、国会での多数による強引さが背景にあったからのようである。

 もし損失を被ったらどうなるのか、当時のアベノミクスはそんな心配事を隠して政策を実行し続けた。幸いなことに、当初は株価の値上がりで運用益はプラスであった。そんなときの選挙では、自民党の議員が「株価値上がりで運用益がこれだけ上がったのはアベノミクスの正しさだ」と演説し、危うさについては口を閉ざし国民を欺いてきた。

 その心配事が現実になってしまった。アベノミクスの“生みの親”とされる浜田宏一・米エール大名誉教授がついに、1月16日のTBS「報道特集」で、公的年金を運用するGPIFが、国内株などの投資比率を引き上げたことに対し、年金資産が“大損”する可能性を認めたのである。このとき、市場では日経平均株価が6日連続で下落していた。
GPIFの損失リスクに対する感想を問われた浜田教授は【国民を教育しなければいけなかった。損をするんですよと(国民に)言っておけと、僕はいろんな人に言いました。でも(政府側は)それはとてもおっかなくて、そういうことは言えないと】。

 その一方で、安倍首相は1月12日の衆院予算委で、株価下落に伴うGPIFの影響について「年金財政上、必要な年金積立金を下回るリスクは少なくなった」と強弁を続けていた。

 こんなことがあっていいのだろうか。株価が下落して年金が大損したことで初めてリスクの大きい政策であったと認める手法も許されてしまうのか。もし浜田氏の主張通りなら、アベノミクスとは国民とマスコミを欺くことによって成り立っていた経済政策ということなのか。
国会で多数を制しているからといっても、さすがにいつまでも騙せるわけにはいかなくなった。2月15日の衆院予算委員会で、民主党の玉木雄一郎氏から「最近の株価下落によって、運用損が拡大している」と指摘されると、首相は「想定の利益が出ないなら当然支払いに影響する。給付に耐える状況にない場合は、給付で調整するしかない」と述べ、運用状況次第で将来的に年金支給額の減額もあり得ると認めざるを得なかった。
それでもなお、首相は「運用は長いスパンで見るから、その時々の損益が直ちに年金額に反映されるわけではない」と、ことさら運用の危険性を覆い隠すことも忘れていない。
GPIFは2015年7~9月期に私たちの年金財源は約8兆円も損している(2015年10~12月期の運用損益は4兆7302億円の黒字)。今も続く株安傾向に歯止めがかからなければ、損失規模は膨らむ一方だ。
多くの批判がある中でハイリターンを求めて手を出して、元金も失うハイリスクにさらされた日本の年金。まさしくギャンブルに手を染めたのである。
国の予算審議では、「財政再建のために社会保障関連予算を削減せざるを得ない」として、国民福祉を二の次、三の次に回さざるを得ない状況の中で、国民の貴重な財産である年金の財源を、一獲千金を夢見るような「ハイリスク」の株投機という「禁じ手」を指してしまったアベノミクス。安倍首相の個人の財産ならいい。自民党議員の個人の財産なら株で一獲千金を夢見ようが、カジノで賭けようが構わないが、年金は国民のお金なのだ。
将来の年金を危機にさらした責任は誰にあるのか。だれが責任をとるのか。結局、責任はとられぬまま、今の状況が進んでいくだけのようだ。
「運用状況次第で将来的に年金支給額の減額もあり得る」。「国民を教育しなければいけなかった。損をするんですよ」。関係者の言い訳はみんな他人事のようになされる。
都合が悪くなれば「われ先に逃げるような発言」が続く政治の世界。もし失政を言い繕う政治を認めていたら、将来、年金も貰えずに生活に困窮する現実の中に放り出される。その時になって、「一攫千金を夢見るより堅実な運用をするべきだった」、「あの時に声を上げれば良かった」と反省しても取り返しは付かない。

 私たちに今できることは何なのか。参議院選挙は間近に迫っている。