鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「アベノミクスの『不都合な真実』」 ~年金財源の損失・格差の拡大・有効求人倍率のカラクリ~ vol.110
2016/06/15
「語り継ぐもの」(110)(参議院選挙特集3の②)


 参議院選挙が近づいている。現在の自・公政権は議会の多数を制し、「決められる政治」を標榜して、聞く耳を持たない独裁政治まがいの運営がなされている。とくに私たちサラリーマンの生活に大きく関わっている政策がどうなっているのか、本当に政府が発表しているような内容なのか、投票日前に今一度冷静に検証してみなければならない。そこには驚くべきことに、国民をないがしろにし、惑わせる「不都合な真実」が隠されている。

*参院選の後にズラして発表する株投機に頼った年金の損失

 年金資産を運用するGPIFは、運用の実績について一時期(2001~2006年度)を除いて6月から7月上旬に発表してきた。ところが例年どおりだと参議院選前に発表するのだが、今年はどういうわけか選挙が終わった後、7月29日になるという。選挙前では自・公政権に不利になると考えたからと言われている。

 なぜなら株安が続き、政府が株式市場などで運用している公的年金積立金の運用実績も、巨額の赤字を計上する見通しだからだ。
 今年3月の「語り継ぐもの」第107号で詳しく述べたが、国民の大事な資産である年金の財源は、運用による利益を求めるにしても、比較的安全と言われている国債に60%、価格が上下して損失を被る危険が大きい株式には25%と制限してきた。しかし株価を上げようとするアベノミクスの一環として2014年10月に国債を35%に減らし、株式を50%に引き上げてしまった。しかも株への投機比率を上げるのは危険すぎるという反対論を封じ、持ち主の国民の声も聞かずにである。

 発表時期について、政府はわずかな前例を挙げて「政治的な判断で遅らせるということはない」と強弁しているが、私たちは老後の生活を頼ることになる年金の損失には神経質にならざるをえない。現に2月15日の衆院予算委員会で、首相は「給付に耐える状況にない場合は、給付で調整するしかない」と述べ、運用状況次第で将来的に年金支給額の減額もあり得ると述べているのである。
同時に安倍首相は「運用は長いスパンで見るから、その時々の損益が直ちに年金額に反映されるわけではない」と、ことさら運用の危険性を覆い隠すことも忘れていないが、運用益が上がった時には「アベノミクスの成果」と強調してきたことを考えれば、国会での答弁をそのまま鵜呑みにすることはできない。何かを隠しているのだ。
そしたら案の定、現在の株価の下落、低迷を受けて約5兆円くらいの損失が出ているとみられているという。

*格差社会が国民の心を蝕む

一時期中国で流行った「可能なものから先に裕福になれ」という先富論(せんぷろん)の再来かとビックリしたのが、アベノミクスのトリクルダウンの経済政策だ。結婚式でみられるワイングラスをピラミッド型に組み、最上部のグラスに注いだワインが、注ぎ続けることで徐々に下のグラスに流れ全部を満たす。この様を経済政策でトリクルダウンというらしい。イギリス発祥の経済理論で、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」とする経済思想だ。「そんなことはない」とだれもが首をかしげる理論といえる。今の今まで「富裕層をさらに富ませれば貧困層の経済状況が改善する」ことを裏付けるような証明はされていない。
この結果、日本で何が起きたのか。貧富の格差が拡大してしまったのである。
世界では、「わずか1%の裕福な者が、世界の富のほぼ半分を占めている」ということはよく知られている。日本も例外ではないが、日本における最大の格差問題は貧困といえるだろう。

 政府は一般的に「貧困率」を算出するとき、国民の所得を高い方から低い方へと並べ、その「中央値の半分未満の所得層」を「貧困」と呼ぶ「相対的貧困率」を用いている。貧困を考えるとき、山形大の戸室健作准教授の方式がわかりやすい。戸室氏は、「生活保護の収入以下で暮らしている世帯」を「貧困層」と考え、貧困率を算出した。この調査結果によると「日本では全世帯の18.3%、子育て世帯の13.8%が生活保護基準以下の収入で暮らしている」という驚きの事実がわかった。

 なぜ、日本はこんなに貧しくなってしまったのか。戸室氏はその根本的な原因として、非正規労働者制度を上げている。「生きていく上での基本は働いて賃金を得ることですが、現在労働者の約4割が非正規労働者です。子育て世帯は就労世帯でもあるため、賃金の低下が子どもの貧困に直接関係します」。「子どもの貧困」の増加は、子育て世代での非正規労働者の割合が増えたことが原因だと指摘しているのである。

 戸室氏は、子どもの貧困をこのまま放置すれば「地域経済が悪化し、負のスパイラルに陥る」と警鐘を鳴らす。「(子どもの貧困の原因となる親世代の)低賃金の非正規労働者が多く存在すれば、待遇のいい正社員の賃金もワーキングプアにひきずられて低下します。企業は、同じ仕事をしてくれるのなら、賃金2分の1や3分の1で済む非正規社員を選ぶからです」

 その結果、地域経済に何が起きるか。「今いる正規社員に対してサービス残業を強いたり、賃金カット、非正規社員に置き換えるなど労働条件が悪化します。すると地域がワーキングプアだらけになり、賃金低下で消費意欲も低下し、物が売れなくなり、ますます人件費がカットされ、さらに消費が低下し・・・といった悪循環でどんどん地域経済全体が沈下していく」。

 非正規社員制度をこのままにしておいてはいけない。自分は正規社員だから関係ないと考えていたならば、日本の格差社会はますます拡大していくのは目に見えている。

 5月末には総務省から有効求人倍率が1.17に達し、自・公関係者からは「アベノミクスの成果だ」との声が一斉に上がった。「おかしいな。そんなに景気がいいのか」と実生活からの疑問がわいてしまう。よく中身を見れば数字のカラクリが見えてくる。

 雇用形態別の雇用者数では、正社員が6万人増えた一方、非正規雇用の労働者は30万人増の1939万人。労働者に占める非正規の比率は37・1%と高い。とくに男性では正規社員が30万人減り、非正規が29万人も増えている。そして有効求人倍率、正規社員の有効求人倍率は0・72倍で「1」には程遠い。非正規社員の有効求人倍率は正規社員を大きく超える1.9倍に近い。正規社員の0.72倍と非正規社員の約1.9倍をひっくるめて1.17倍になった。「1」を超えたのはアベノミクスの成果と誇る様は、国民をだます手法と非難されても仕方がない。
正規社員には職がなく、非正規社員の分野では労働者が足りないという現状をどうしていくのか、希望者は別にして非正規社員制度そのものを廃止する以外に解決の道はないのではと思うのだが。

 このような社会的格差の拡大と同時進行している企業内格差も気になる。経営陣に高額な報酬が支払われているのが気がかりである。仏自動車大手ルノーの株主総会でカルロス・ゴーン最高経営責任者(CEO)の報酬が高額だとして反対票が過半数に達したという(時事通信5月4日)。さらに「国内企業で年収1億円」を超えている役員は実に411人にのぼる。
かつては大卒初任給と社長の報酬が今ほど拡大していなかった。世界で最も格差の少ない国と言われた日本も、アベノミクスの「富める者が富めば良い」政策により格差大国になってしまった。格差の拡大は国民の心を蝕んでいく。日本の良心を取りもどす選挙は近い。