鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

「危機に瀕する日本のメディア」~メディアが作り出す空気の脅威~
2016/07/15

 参議院選挙が終わった。投票前にメディアが予想していたとおり、憲法改正を目論む「自民党」と、その補完勢力の役割を担う「公明党」、「大阪維新の会」、「日本のこころ」で、参議院の3分の2の勢力を占めた。「憲法改正の発議」ができる勢力を獲得できたのも、これも民意ということになるのだろう。
一人一人の国民(組合員)は投票にあたって自分で考え、自分の意思で決めたいと願っている。ところが私たちの意識の中に入ってくる情報は、公正と信じてきたメディアによる一方的なものなのである。自分の意思で決めたと思ってみても、実は一方の立場に立ったメディアの情報をもとに判断を下していないか注意をしなければならない。

 それにしても政策の検証をしない偏向したメディアは、アベノミクスの重大な問題点を指摘することもしない。開票後の記者会見で安倍首相は「国民の支持を受けて力強くアベノミクスを推進していく」と述べている。民意の後押しを受けて、力強く推進するアベノミクスの先に見える日本社会はどのような社会なのだろうか。
①「富める者をますます富ませ、それを貧しいものに滴り落とすというトリクルダウン」という政策が、日本をますます格差社会におとしめていくのははっきりしている。
② 年金財源を持ち主の国民の意見も聞かず、株への投機(株への投機比率を引き上げた)に回し、多大な損失を被れば、若い人の将来の年金給額を減らすと明言している。
③正社員の有効求人倍率が低いにもかかわらず、「働けないよりましだ」という非正規社員の求人倍率をひっくるめて雇用は改善しているとする政策を続けていく。
④ホワイトカラーエグゼブション、不当解雇の金銭解決などなど、働く環境の悪化を図る政策を推進していく。

選挙中、メディアはこうした問題について検証することもなく口をつむり続けてきた。そして選挙結果によって、国民はこれらの政策を支持したことにされる。いよいよ働く人に対しても、「力強く」労働法改正などが推し進められるのだ。
1985年にパリで設立された「国境なき記者団」というNGOがある。世界各国の報道機関の活動や政府による規制の状況を監視する活動を行っている。世界180か国と地域のメディア報道の状況について、メディアの独立性、多様性、透明性、自主規制、インフラ、法規制などの側面から客観的な計算式により数値化された指標に基づいて、「世界報道自由度ランキング」を発表している。

 日本大学で新聞学を専攻している福田教授によれば、【ランキングは2002年から2015年までの間で13回発表されているが、中国や北朝鮮、ベトナム、キューバといった社会主義諸国のランキングは170位代前後を推移し、常に最下位レベルである(中略)。

 日本のランキングは、2008年までの間は欧米の先進諸国、アメリカやイギリス、フランス、ドイツと変わらない中堅層のやや上位を保っていたが、2015年にはついに過去最低の61位までランキングを下げる結果となった。自由度を5段階に分けた3段階目の「顕著な問題がある」レベルに転落した状況である】と指摘している(2016年にはさらに72位にまで低下してしまった)。

 福田教授は【一昨年に成立した特定秘密保護法により、戦争やテロリズムに関する特定秘密の存在が自由な報道の妨げになるという評価である。日本のメディア、ジャーナリズムに自浄作用と改革が求められている】と結んでいる。
国際的に「顕著な問題がある」レベルまで下がってしまった日本のメディアにはあまり危機感はないようだ。加えて、「表現の自由」に関する国連特別報告者として初めて公式に訪日したデービッド・ケイ氏(米国)からも、2016年4月19日の記者会見で「日本の報道の独立性は重大な脅威に直面している」と指摘され、政府に対しても「メディアの独立性保護や国民の知る権利促進のための対策」を講じるよう求められる始末である。
もともと情報を発信するメディアには、社会的弱者を含む多様な立場の意見を表明する場としての役割があるとされる。情報の受け手である私たちにとっては、社会の出来事を知る手段であり、とくに政治においては大きな役割を持っている。すなわち、政治的な事実を報道・解説することによって、私たちに政治的判断の基準を提供してくれるのである。
今日の社会においては政治情報にはメディアの存在が欠かせないものとなり、メディアがなければ民主主義政治自体も存立できないと言える。それだけ政治的な影響力が大きいゆえに、メディアは立法・司法・行政と並ぶ「第四の権力」と評されるのである。
一方、具体的にどのくらいの影響力をもっているかといえば、独裁国家を見ればわかる。独裁国家では政府に指導・統制されたメディアによって国民の意識は権力の枠の中に封じられ、政権維持の一端を担わされ、権力者の社会統制の道具となっている。東西冷戦時代の共産圏、現在の中国や北朝鮮のようにメディアによる世論のコントロールは独裁体制の根幹となっている。それはなにも共産圏のみに限定されるものではなく、70年前の世界大戦におけるナチ・ドイツのヒトラー政権、日本の軍部独裁政権でも明らかである。
このようにメディアは「両刃の剣」を持っている。メディアをコントロールできるのは国民ではない。国民はコントロールできるまでの力は持っていない。コントロールできる力を持っているのは、権力だけなのである。報道の中身に少しでも政権批判があれば「偏向報道」と称して恫喝を加える今の自民党政権を見ればわかる。
2015年6月、作家の百田直樹氏を招いた自民党国会議員による勉強会(自民党文化芸術懇話会)での発言。
【マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番だ。文化人や民間人が不買運動を経団連などに働きかけてほしい。(大西英男衆院議員・東京16区)】【福岡青年会議所の時にマスコミをたたいた。なるほどと思ったのは、広告収入をなくすのとスポンサーにならないことだ。(井上貴博衆院議員・福岡1区)】【沖縄の特殊なメディア構造を作ってしまったのは戦後保守の堕落だ。沖縄タイムスと琉球新報の牙城の中で、沖縄世論のゆがみ方をどうただすか。(長尾敬衆院議員・比例近畿ブロック)】 
そして講師の百田尚樹氏は言う。「沖縄の二つの新聞社は頭にくる。つぶさないといけない」
在京6紙では「朝日」と「毎日」がやり玉に挙げられた。
もしメディアが権力者たちの言うままになったと思うと背筋が寒くなる。メディアが権力者のすることを、チェックし検証を加えることさえも躊躇(ためら)ったり禁止されてしまえば、それこそ北朝鮮、中国、ロシアの独裁国家と同じになってしまう。
最近の日本の新聞やテレビを見ればすぐに気が付く。検証さえもしないテレビニュースや紙面は、権力の側の主張を中心に取り上げざるを得ないから、政権のPR記事のオンパレードになる。テレビでアナウンサーやコメンテーターが少しでも政権批判めいた発言をすれば、その人はいつの間にかいなくなってしまう。そして自民党擁護を主張する人ばかりが目立つようになる。
権力者が番組に対して「偏向報道」と断じれば、「電波の使用を中止させる」(高市早苗総務大臣)と憲法違反も平然と言ってのける現実がある。
私たちは、検証されないニュースの影響を受けて、誤った判断をしないようにしなければならない。選挙の際に、民意を正確に反映させるために、労働組合は何をすべきなのか。参議院選挙は労働組合に重い役割を突き付けたように思える。