百年に一度の大不況といわれながら、マスメディアを通じて流される世情からは派遣労働者問題を除けば普段と変わらない、本当に不況なのだろうかという錯覚さえ覚えてしまうのは自分だけなんだろうか。おりしも景気を占うさまざまな指標や観測記事がだされ、景気は底を打ったとの楽観論が目につく。
こんな不況時にもかかわらず好業績を上げる企業が紹介され、時代の先端を行く素晴らしい経営者としてもてはやされる。ゲーム会社や低価格繊維会社が好例だが、チョッと待てよと気になってしまうのは決してひがみばかりではない。好業績な企業の存在自体に異論はないし、むしろ経営努力には頭が下がる。しかし、一方で日を追って悪化している雇用情勢の中で、好業績をあげている企業が雇用にどれだけ貢献しているのかに疑問を抱いてしまうのである。製品がメイドイン・チャイナでは困るのである。中国で生産し日本で売るパターンは企業にとっては良しとしても、日本人の労働者にとっては手放しで喜べない。中国での雇用労働者が増えるだけで、日本の失業者の減少には役に立たないからだ。
はやりの百円ショップに行っても手にする製品のほとんどはメイドイン・チャイナ。グローバル化経済の象徴だから否定するつもりはさらさらないが、国内の雇用に貢献しているのか否かにもう少し目を向けるべきではないだろうか。先進諸国の雇用の中心産業は、かつては第一次産業(農・漁業)が担い、やがて工業化に伴い第二次産業(製造業)にシフトし、やがて第三次産業の核を占めるサービス産業が中心となることは各国共通の流れだから異論はない。私たち消費者にとっても安い製品、安い外食が出来れば歓迎する。でもその低価格が、働いている従業員の労働条件を犠牲にしていることはないのか。働けるだけ幸せだからといって済ませてしまってよいのか、一方で自分の財布を見ながら自問自答を繰り返す自分がいる。
さて、日本では毎月、厚生労働省からは有効求人倍率が、総務省からは労働力基本調査というものが発表される。前者の有効求人倍率は、全国のハローワーク通じて会社が雇いたいという求人者数と、職を求める労働者数の比率を出す。働きたいという人が10人いて、企業が採用したいという人が10人いれば、有効求人倍率は「1」となる。だから数字が「1」より高いと、働く人から見れば会社を選ぶことが可能となる。反対に「1」より低ければ、働く場所がなかなか見つからずに失業者が増える状況になる。
かつて、高度成長時代といわれた時期の有効求人倍率は「1.??」であった。とくに中学卒業者は「金の卵」として引っ張りだこであった。高度成長以降、今から遡ること50年くらいを見ると、有効求人倍率が「1」を上回っているのは、1967年(昭和42年)~1974年(昭和49年)の8年間、1989年(平成元年)~1992年(平成4年)の5年間、2006年(平成18年)と2007年(平成19年)の2年間というようにあまり長くない。
同じように、今度は有効求人倍率が「0.5」より低い、つまり二人に一人でも仕事がないという時期は1999年(平成11年)の「0.48」の一度きりである。
だから今年4月分の「0.46」がいかに悪く深刻か分かる。この有効求人倍率にはもう一つ気をつけなければならないことがある。地域による格差である。全国平均は「0.46」だが、都道府県別に見るともっとも高い(比較的恵まれている?)のが香川県の「0.74」倍、最も低いのが青森県と沖縄県の「0.27」である。青森や沖縄では仕事を探しても10人に3人弱しか仕事がないということになる。
雇用情勢を表す指標としては、このほかに労働力調査というものがある。これは総務省が管轄しているが調査方法が面白い。調査はこれも毎月、範囲は全人口(全人口はやれないから標本調査となる)で、外国大使館・領事館館員とその家族、外国軍隊の軍人とその家族を除いて、5年に1度行われる国勢調査の約90万調査区から約2,900の調査区を選び、その調査区から選ばれた約4万世帯のうち、15歳以上の世帯員について調査したものである。調査は毎月の末日に終わる一週間の状態を、調査員が担当区域内のすべての住宅を訪問し記入していく。あくまで標本調査だから実数との差は生まれるが、誤差の範囲内といわれるからかなり精度の高い調査と考えてよいようだ。とくに関心がもたれる失業率については詳細に調べてある。マスメディアではそこまで取り上げていないが、私たちは失業率の内容に関心をもたざるを得ない。なぜなら全体の失業率だけではなく、失業の中身に日本の深刻な問題が潜んでいるからである。
まず母数になるのは、15歳~64歳の「生産年齢人口」で8,172万人いる。その内「労働力人口」といわれる人は約6,668万人だから、労働力人口に属さない人は2,100万人いることになる。生産年齢人口の74%が労働力人口で、他は26%となる。
分母が6,668万人、完全失業者は328万人で率が5.0%(前月比0.2%増)となる。発表された4月の失業率は全国平均で5.0%だが男女で違う。男性は5.3%(前月比0.4ポイント増)、女性は4.6%(0.1ポイント減)と男性の悪化が目立つ。おそらく雇用が若干増えてもパートタイマーが中心だからであろう。
年齢別に見ると、失業者の増加が著しいのは35歳~44歳で21万人増え、総数で71万人に上る。これは25歳~34歳の83万人(前月比10万人増)に次ぎ二番目に多い。つまり日本の失業者は25歳~44歳の働き盛りといわれる年代が154万人も占めているのである。働き盛りの人々の失業率が高いということが、どのような問題をもたらすかは論を待つまい。
加えて、失業者の内、「世帯主」は87万人を占め、前月より19万人も増加(13ヵ月連続で増加)している。ご存知のように、ことの是非は別にして日本の賃金制度は世帯主義になっている。世帯主一人の収入で標準的家族4人の生活が保たれているのである。この世帯主が失業すればどうなるか。配偶者や子どもたちが就職を求める。配偶者が働きに出ようとしても多くはパートタイマーにならざるを得ないし、子どもが学校を中退して(現に高校の中退者が増加)就職しようとしてもパートか派遣の道しかない。現に就業者を労働時間別に分けると、月に1~29時間の労働だけが前月より増え、30時間以上は200万人減っている。正社員が減って非正規社員が増えている現実を明らかにしている。
5月の労働力調査も発表されているが資料が手元にないので直近の分析は出来ていないが、失業率は5.3%とさらに悪化しているので中身も一層深刻になっているに違いない。
株価の上昇に対する見方も同様である。しばらく前になるが株価が一万円台を回復したと、これも景気回復の兆しとして取り上げられたが、冷静に考えれば株価の上昇も、雇用が悪化している中では、また以前の金融市場主義の再来でもあるのだ。行き場のないカネが利益を求めてハゲタカのように食いつぶす先を捜し求めている。金融は資本主義社会にとっては重要な要素だが、時にお金は経済を金儲けの手段としか見ない。個人投資家にとっては一大関心事だろうが、足が地に着いた産業経済社会を作るためには諸刃の剣にもなる。
私たちは今日の深刻な事態を招いた反省を忘れずに、日本経済のあるべき姿を求めて日々研鑽を重ねて生きたいものである。
こんな不況時にもかかわらず好業績を上げる企業が紹介され、時代の先端を行く素晴らしい経営者としてもてはやされる。ゲーム会社や低価格繊維会社が好例だが、チョッと待てよと気になってしまうのは決してひがみばかりではない。好業績な企業の存在自体に異論はないし、むしろ経営努力には頭が下がる。しかし、一方で日を追って悪化している雇用情勢の中で、好業績をあげている企業が雇用にどれだけ貢献しているのかに疑問を抱いてしまうのである。製品がメイドイン・チャイナでは困るのである。中国で生産し日本で売るパターンは企業にとっては良しとしても、日本人の労働者にとっては手放しで喜べない。中国での雇用労働者が増えるだけで、日本の失業者の減少には役に立たないからだ。
はやりの百円ショップに行っても手にする製品のほとんどはメイドイン・チャイナ。グローバル化経済の象徴だから否定するつもりはさらさらないが、国内の雇用に貢献しているのか否かにもう少し目を向けるべきではないだろうか。先進諸国の雇用の中心産業は、かつては第一次産業(農・漁業)が担い、やがて工業化に伴い第二次産業(製造業)にシフトし、やがて第三次産業の核を占めるサービス産業が中心となることは各国共通の流れだから異論はない。私たち消費者にとっても安い製品、安い外食が出来れば歓迎する。でもその低価格が、働いている従業員の労働条件を犠牲にしていることはないのか。働けるだけ幸せだからといって済ませてしまってよいのか、一方で自分の財布を見ながら自問自答を繰り返す自分がいる。
さて、日本では毎月、厚生労働省からは有効求人倍率が、総務省からは労働力基本調査というものが発表される。前者の有効求人倍率は、全国のハローワーク通じて会社が雇いたいという求人者数と、職を求める労働者数の比率を出す。働きたいという人が10人いて、企業が採用したいという人が10人いれば、有効求人倍率は「1」となる。だから数字が「1」より高いと、働く人から見れば会社を選ぶことが可能となる。反対に「1」より低ければ、働く場所がなかなか見つからずに失業者が増える状況になる。
かつて、高度成長時代といわれた時期の有効求人倍率は「1.??」であった。とくに中学卒業者は「金の卵」として引っ張りだこであった。高度成長以降、今から遡ること50年くらいを見ると、有効求人倍率が「1」を上回っているのは、1967年(昭和42年)~1974年(昭和49年)の8年間、1989年(平成元年)~1992年(平成4年)の5年間、2006年(平成18年)と2007年(平成19年)の2年間というようにあまり長くない。
同じように、今度は有効求人倍率が「0.5」より低い、つまり二人に一人でも仕事がないという時期は1999年(平成11年)の「0.48」の一度きりである。
だから今年4月分の「0.46」がいかに悪く深刻か分かる。この有効求人倍率にはもう一つ気をつけなければならないことがある。地域による格差である。全国平均は「0.46」だが、都道府県別に見るともっとも高い(比較的恵まれている?)のが香川県の「0.74」倍、最も低いのが青森県と沖縄県の「0.27」である。青森や沖縄では仕事を探しても10人に3人弱しか仕事がないということになる。
雇用情勢を表す指標としては、このほかに労働力調査というものがある。これは総務省が管轄しているが調査方法が面白い。調査はこれも毎月、範囲は全人口(全人口はやれないから標本調査となる)で、外国大使館・領事館館員とその家族、外国軍隊の軍人とその家族を除いて、5年に1度行われる国勢調査の約90万調査区から約2,900の調査区を選び、その調査区から選ばれた約4万世帯のうち、15歳以上の世帯員について調査したものである。調査は毎月の末日に終わる一週間の状態を、調査員が担当区域内のすべての住宅を訪問し記入していく。あくまで標本調査だから実数との差は生まれるが、誤差の範囲内といわれるからかなり精度の高い調査と考えてよいようだ。とくに関心がもたれる失業率については詳細に調べてある。マスメディアではそこまで取り上げていないが、私たちは失業率の内容に関心をもたざるを得ない。なぜなら全体の失業率だけではなく、失業の中身に日本の深刻な問題が潜んでいるからである。
まず母数になるのは、15歳~64歳の「生産年齢人口」で8,172万人いる。その内「労働力人口」といわれる人は約6,668万人だから、労働力人口に属さない人は2,100万人いることになる。生産年齢人口の74%が労働力人口で、他は26%となる。
分母が6,668万人、完全失業者は328万人で率が5.0%(前月比0.2%増)となる。発表された4月の失業率は全国平均で5.0%だが男女で違う。男性は5.3%(前月比0.4ポイント増)、女性は4.6%(0.1ポイント減)と男性の悪化が目立つ。おそらく雇用が若干増えてもパートタイマーが中心だからであろう。
年齢別に見ると、失業者の増加が著しいのは35歳~44歳で21万人増え、総数で71万人に上る。これは25歳~34歳の83万人(前月比10万人増)に次ぎ二番目に多い。つまり日本の失業者は25歳~44歳の働き盛りといわれる年代が154万人も占めているのである。働き盛りの人々の失業率が高いということが、どのような問題をもたらすかは論を待つまい。
加えて、失業者の内、「世帯主」は87万人を占め、前月より19万人も増加(13ヵ月連続で増加)している。ご存知のように、ことの是非は別にして日本の賃金制度は世帯主義になっている。世帯主一人の収入で標準的家族4人の生活が保たれているのである。この世帯主が失業すればどうなるか。配偶者や子どもたちが就職を求める。配偶者が働きに出ようとしても多くはパートタイマーにならざるを得ないし、子どもが学校を中退して(現に高校の中退者が増加)就職しようとしてもパートか派遣の道しかない。現に就業者を労働時間別に分けると、月に1~29時間の労働だけが前月より増え、30時間以上は200万人減っている。正社員が減って非正規社員が増えている現実を明らかにしている。
5月の労働力調査も発表されているが資料が手元にないので直近の分析は出来ていないが、失業率は5.3%とさらに悪化しているので中身も一層深刻になっているに違いない。
株価の上昇に対する見方も同様である。しばらく前になるが株価が一万円台を回復したと、これも景気回復の兆しとして取り上げられたが、冷静に考えれば株価の上昇も、雇用が悪化している中では、また以前の金融市場主義の再来でもあるのだ。行き場のないカネが利益を求めてハゲタカのように食いつぶす先を捜し求めている。金融は資本主義社会にとっては重要な要素だが、時にお金は経済を金儲けの手段としか見ない。個人投資家にとっては一大関心事だろうが、足が地に着いた産業経済社会を作るためには諸刃の剣にもなる。
私たちは今日の深刻な事態を招いた反省を忘れずに、日本経済のあるべき姿を求めて日々研鑽を重ねて生きたいものである。



