鈴木勝利の「つれづれ日記」

コラム

vol.28 この世に人間がいる限り~不安と悩みと労働組合~
鈴木 勝利 顧問
2010/04/15
 一昨年92歳で人生を全うした母親の三回忌の法事の席で、世の中が確実に変わっていっているのを実感したものである。無信心な私は、それまで読経も聞くとも無く聞き、ただ早く終わることだけをそれこそ祈って時の過ぎるのを待っていたものである。ところが今回は、お焼香の後に一枚の紙が配られ、法事を終えるにあたって僧侶からその解説がされたのでびっくりしたものである。おそらくや、宗教への理解を少しでも得たいという思いと、信者の拡大をしたいという表れなのであろう。

 もともと組合員の意識変化や社会問題としての戦後宗教の推移、労働組合と政党との関係などの問題から、少しばかり宗教への関心を持っていたものの、実家が檀家になっていた仏教の一宗派のことを、そんなに関心を持っていたわけではない。ましてやサンスクリット語の発音をそのままに漢字に当てはめた仏典は、難解を通り越してチョッと見ることすら億劫以外なにものでもなかった。

 ちょうど前号で、宗教戦争とテロリズムについて書いたこともあり、改めてわが実家の宗教を考える機会になったようだ。

 おりしも書店で、「図解・宗教史」(成美堂出版)が眼に留まったので手元に置くことにしたが、この本が以外に面白い。理由は簡単だ。オールカラーの図解だから、難しい経典がそのまま掲載されているわけではない。世界の主な宗教が実に簡潔明瞭に、眼を楽しませてくれるように説明されているのだ。

 よく言われる原始宗教は、地震や嵐、雷などの自然の猛威に対して、高度な思考能力を持った人間は畏敬の念を抱き、やがて崇(あが)める対象にしたことが宗教になったという説と、「死んだらどうなるのか」といった根源的な疑問や不安から逃れるために宗教が生まれたという説もあるという。そういえば、映画などで太陽や月などをあがめているシーンを見るが、これなども自然崇拝であり、自然界に存在する動植物、石や水などに精霊が宿ると考えて崇拝したのが最初なのだろうか。

 また、法事もそうだし葬式も、死者を送るという行為は「死後の世界の存在を信じる観念から」といわれれば、自分が信じていようがいまいが、参列している行為は宗教的にはそういうことになるのだろうと、なんとなく考えてしまい勝ちだが、一方で、自分は「死後の世界を信じてはいないのだから知人の葬儀にも参列しない」とは言わないように、葬儀への参列が宗教観とは別な社会通念上の常識になっているからなのであろう。本来持っている宗教観と社会通念との兼ね合いが食い違うことは他にもある。神社仏閣への正月の参拝も、節分のお祝いも、クリスマスも、除夜の鐘も、ことの由来が宗教であっても、宗教とは離れた世俗的行為として行っている。日常生活も然りである。日曜日から土曜日までの七曜制がキリスト教の天地創造からきているといわれても、社会生活をする上での決まりごととして当たり前に受入れている。日常当たり前に使っている言葉にも宗教からくる用語は多い。原因・因縁・因果・平常心・滅相などなど、続々と見受けられる。

 そういえば、日本人は宗教心が薄く、無信心が多いといわれるにも拘らず、既存の宗教団体が自称している信者の合計数は、かなりの数になるというから眉唾の数字と思いつつも人間がいる限り宗教はなくならないということかもしれない。

 人間とは不思議なもので、自分は自分らしくといわれ、あるいは個の自立の時代と言われ、俗にいう自立しようとしつつも、ふと気がつけば一人では生きられないことに気づく。他人に頼っていないと思っていても、他人の存在を抜きに自分が存在できない事実に気づかされる。そうなると、仕事においても自分の存在を認めてもらいたいと思うと同時に、自分だけが孤立して仕事ができない現実を知り、時には不安にならざるを得ない。最も顕著に現れるのは、一人で結果を出さなければならない仕事をするときである。結果がすべてで自分が責任を負わなければならない。芸能人やスポ-ツを職としている人に宗教の信者が多いといわれるのも、華やかなスポットライトを浴びて舞台に立つ自分が、いつ奈落の底に落ちるかもしれないという恐怖や不安は想像を超える。スポーツでもその頂点に立ってしまえば、次に来るのは上がないから下に落ちるだけである。その不安にあるとき、自分を支え、励ましてくれる人が出現し、たまたまその人に宗教を進められればたやすく受け入れてしまうだろう。あるいは、麻薬に溺れて逃げる人もいるかもしれない。

 「自己責任」や「自立」が求められる現在、会社の中で悩みを抱えている人は多い。その悩みにどう応えるのか、どう解決していくのか。他人の心の中まではわからない難しい問題だが、「組合員のために働く」、「労働者のために働く」ことを目的にした労働組合のリーダーには避けて通れない道なのだ。