鈴木勝利の「つれづれ日記」

コラム

vol.31 責任を伴わない自由は単なるわがまま~社会の退廃はそこから始まる~
鈴木 勝利 顧問
2010/07/15
  労働組合のリーダーでも、会社の経営幹部でも、およそ組織や団体のリーダーは組織を構成している人間の集団をまとめることに腐心し、その難しさに頭を悩ませている。ある社会的な事件が報じられると、それをめぐっての街のインタビューでも人によって感想はまちまちであるように、こうも人によって違うものかと感心したりさえする。自分と同じ感想が述べられると「得たり」と頷き、少し違うだけで「何でそう考えるのか」が分からずに戸惑いさえ感じる。人の気持ちは千差万別とはいうものの、いくらなんでもチョッとひどいかなと思うこともしばしばである。とくに現代社会で最も崇高であるはずの自由をめぐる考え方に違和感を感じることが多い。

 1945年の敗戦は、それまでの軍部独裁の全体主義社会が、アメリカ占領軍の指導によって根本的に見直された。戦争中は禁止されていた労働組合運動が、日本社会の民主化のために積極的に奨励されたのは象徴的な出来事でもあった。家庭生活では父親の絶対的権威(父権主義・男尊女卑)が否定されたし、教育の民主化も図られた。不十分とはいえ男女平等の風潮も一般化していく。「平等」と「自由」が社会を大きく変えていく。それ自体は歓迎すべきことであり、なんら異論は無いのだが、少し冷静に考えれば、自由になることの意味をろくに考えずに軽薄な自由に依存してしまったことに気づく。

 自由とは、実は非常に難しいことなのである。自由には責任が伴うことを忘れていたのが戦後の自由である。自由であるということは、責任が伴うのである。責任の伴わない自由は単なるわがままに過ぎない。否、もっと深刻な精神の退廃ともいえるかもしれない。自分のことは自分で決めてよいということは、自分のことは自分で決めなくてはならないのだ。自分のことを自分で決められなければ、社会から阻害され落後を意味するし、また責任のない自由からは社会の退廃しか生まない。

 アメリカの第35代大統領ケネディは、1961年1月20日に行った就任演説において、アメリカ人がみな「アクティブ・シチズン」である必要を語った。「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」と演説し、さらに「人類の共通の敵」である暴政・貧困・疾病および戦争と戦うためにともに参加してくれるように世界の国家に依頼した。この就任演説における「アクティブ・シチズン」の部分はその後高い評価を受け、現在に至るまで様々な形で引用されている。

 自由はいつの時代も保障されているものではない。国民が努力を怠った瞬間に瓦解してしまう脆いものなのだ。ここに完全な自由を保障する国・社会があったとしよう。この国では、何をしても良い、まったくの無制限に自由が保障されている。「こういうことをしてはいけない」という法律も制限も無い。自分が気に入らなければ他人の命を奪うことも傷つけても良いし、他人の財産を略奪しても良い。なにごとも自由に振舞えるのだ。こうしたまったく制限の無い「完全に自由な社会」は、結局は、力ずくで自らの意志を押し通す人と、同じく常識を無視できる人など、「暴力と良識の無い人々が自由」を謳歌し、「力も無く、多数の常識的な人々は、暴力に服従し不自由な生活」に甘んじるのである。そこで歴史の叡智は、「大多数の人々」に自由を保障するために、法律や常識・倫理を定めて「少数の問題者を不自由にした」のである。自由という制度の意義を理解すれば、自由な制度を守るために法律を守り、道徳などを尊重しなければならないのだ。その上で、自由で安定した社会を維持するために、納税など果たさなければならない義務や責任があることに気づく。国民が義務や責任を果たさないで、国や社会に要求し続けることは許されないのだ。ゆえに、ケネディ大統領の就任演説は今も語り継がれているのである。

 世界史上、もっとも長い歴史小説で名高い「ローマ帝国衰亡史」の中で、著者エドワード・ギボンはアテネ国家崩壊の原因を指摘し、こう教訓を記している。
 「人々は最後に‥‥安楽な生活を望み、かくてすべてを失った。安全も安楽も、そして自由をも‥‥。アテネの人々が最後に社会に与えることを望まず、社会が彼らに与えることを望むようになった時、また彼らのもっとも希求する自由が、責任から逃れる自由となった時、アテネは自由であることをやめたのである」。
 義務や責任がなく、ただただ自由のみを求める社会は崩壊していくという教訓である。

 さらにもう一ついえば、「自由とは、自由を否定する自由まで認めるのか」という命題がついて回る。「何でも自由」にして、結局は独裁政党が政権をもぎ取って全体主義になって「自由が否定されてしまう」ことを容認するのか、否かという問いである。かつてドイツ・ナチは自由な選挙で多数を制した後に独裁政治への道を歩んで行く。戦前の日本もそうだ。国際的に孤立し国際連盟を脱退してきた時の外相を、熱狂的な提灯行列で歓迎したのは情報管制下の国民そのものなのだ。まさに今の北朝鮮と同じだ。歴史を反省して、国民が「自由を否定する自由までは認めない」のであれば、社会全体でそのような自由は制限し、かつ意図的に表に出していない「自由を否定する自由」を抱く主義や政党を排斥しなければならないことになる。

 自由とは難しいものである。政治の話はともかくとして、私たちは、日常生活において自由な社会を満喫する以上、自由を維持するための義務や責任だけは果たす努力をしなければならない。日常生活で氾濫する無責任な言動があれば、その言動を戒めるのが社会を構成する私たち人間の最低限の務めなのである。

 日常的に繰り返されるわがままな社会現象に対して、誰もが見て見ぬ振りをしていると、いつの間にか自由の無い社会になってしまうのである。些細なことであっても、気がついたら注意する、行動する。納税や勤労や社会人としての最低限の義務を果たす。その日々の積み重ねが「自由な社会」を維持していく欠かせない条件なのである。