鈴木勝利の「つれづれ日記」

コラム

vol.41 春に逢うのは海がいいのだが・・・~牛肉、クジラ、菜食主義の文化~
鈴木 勝利 顧問
2011/05/15
 国民的性格とは、その国の風土が歴史的に形作ってきたものと規定したのは和辻哲郎(「風土」)であるが、それによれば、世界の風土は三つに分けられ、日本を含む東南アジアがモンスーン地帯で、「受容的・忍従的」国民的性格を形成し、中近東の砂漠地帯は、「対抗的・戦闘的」人間関係をつくる。そしてヨーロッパでは、夏の乾燥と冬の雨季で「牧場」が育てられ、その牧場的風土が、自然は人間に従順するものとの気質を形成し、「合理主義」が誕生したという。

 そして日本人は、四季の著しい変化に対して、活発で敏感な気質を持ってきた。「桜の花が、急激に、あわただしく、華やかに咲きそろい、同じようにあわただしく、恬淡(てんたん)に散りさる」(同書)気質という。

 こうして考えてみると、私たちは改めて「四季のある」ことに感謝し、同時にその恵みを謳歌したいものだ。

 春夏秋冬、各季節の好みは人によってまちまちだが、やはり暗から明に向かうイメージの春のファンが多いようだ。春の到来は、草木の芽吹きや花によって敏感に知ることができるが、海で知る春もなかなかロマンチックとも思う。海で逢える春は、どんよりした灰色の空と咆哮する冬の波とは一変し、かといって、あの夏の喧騒とも違う、まさしく「ひねもすのたりのたり」の海が一種独特の感慨を抱かせるのだが、そんな人間の感慨を一蹴した東日本大震災の津波は、自然が合理主義の脆さに警告を与え給もうたものかもしれない。

 海を見て何かを考える癖は横浜育ちだからと思うが、海にまつわる物語も数多い。メルヴィル著「白鯨」のエイハブ船長が、一度会った鯨に再び会える話などは、男のロマンともいうべき雄大な話である。少し異質だが、日本の捕鯨船の砲手が、自分が一度銛(もり)で打った傷が残っている鯨に会えたと語っているが、広大な海の中で、いくら大きいとはいえ、再び同じ鯨に会えたら、どんな感慨に浸れるのだろうか羨ましい限りだ。

 日本の捕鯨の歴史は和歌山県の太地に見られるが、昔の捕鯨は小船で網を絡ませ、銛を投げ、飛び移って急所にナイフを刺したそうだ。この捕鯨が、世界各国との食文化の違いで廃れるのは些かさびしい気がする。結局は鯨を食べるのは野蛮ということになっているのだが、欧米の人々は、「牛や豚のごとく、食べるために飼育している動物とは違う」というのが「合理主義」と思っているのであろう。

 完全菜食主義に徹し、ニュージーランド・オークランド大学特別研究員だったジェフリー・M・マッソン氏は、著書「豚は月夜に歌う」の中で、ステーキになるべく牧場で飼育されている牛についてこう述べている。

 「牛の母子の関係は、彼らの目の大きさと位置にも表れている。牝牛の目はとても大きく、たくさんの光を集められるようになっている。牛の目に映る像は、人の目に映る像と比べると三倍も明るい。この生理的な特質が、絶えず子牛の居場所を知るのに役立つのはいうまでもない。牛の目は頭の側面についているので、視野もかなり広い(人の視野は牛の視野の半分をわずかに上まわる程度だ)。そのため母親は、わが子を脅かす捕食者の存在をいち早く察知できる。牛たちはたいてい、かなり遠くからでも自分の子どもを毛色で見わけている。においも重要な役割を果たす。牛は嗅覚が鋭く、十キロ先からでもナトリュウムのにおいを嗅ぎつけるほどだ。自分の子どもが今どこにいるのか、どのくらい離れているかも分かる。もしかしたら、姿が見えなくても子どもに危険が迫っているかどうか嗅ぎわけられるかもしれない。

 雄牛もまた、雌牛や子どもを守るように進化してきた。雄牛の網膜は、ふだんは牧草地の緑色の波長の光に焦点が合うようになっている。頭をもたげたときに、たいてい危険をしめす″赤色″がないかどうかを確かめている。黄色や赤といった明るい色を見ると、雄牛はいらだつことが多い。そうした色が望ましい環境からの変化、つまり家族の脅威を意味するからだろう。雄牛が赤い色を嫌うのは、赤が血の色だからといわれている。闘牛場での雄牛の心理に関しては、研究はほぼ手つかずの状態なので、彼がどう感じているのかわからない。けれども家族とひき離され、彼らを守ることができないという思いが、雄牛にパニックと怒りをもたらすとも考えられる。

 また、乳牛については、「雌牛は、ほとんど表に出すことなく凄まじい苦痛に耐えている。現在の雌牛は遺伝子操作によって、一頭の子牛が必要とする量のおよそ十倍の乳を出すように改良されている。そのため牛たちは、乳腺炎(乳牛の三十五パーセントが罹患)になり、足の障害に苦しんでいる。乳房が重すぎて、ひどく不自然な歩きかたしかできないからだ。歩行障害はかなり一般的で、すべての乳牛の六十パーセント以上に見られる。」と述べている。

 この類の話には枚挙にいとまがない。こんな極端な話もある。「ジャーナリストのピーター・ローヴェンハイムは、ある日、幼い娘にハッピーセットを買うため、マクドナルドで列に並んでいた。ハッピーセットには、ビーニー・ベイビーズのデイジーという名前の、白黒のかわいい牛のぬいぐるみがついてくる。そのとき、ある考えが彼の頭をよぎった。自分の子どもに思わず抱きしめたくなるような牛のぬいぐるみを与えておいて、そのそばからグリルした本物の牛の死体を食べろと言うのはおかしいんじゃないか?」彼は双子の牛を買い取り、牛が牛肉になるまでを観察したという話だが、こう書かれてしまえば、加えて、時あたかも牛の生肉による細菌感染で死者が出る事件が起きてしまったことから、少しの間だけでも焼肉を遠慮したくなるのも人情か。

 こうした菜食主義の考えは極端だが、そこまでいかなくても同じような範疇で考えている人は「捕鯨はけしからん」と言うに違いない。こうなるとどのように主張しても説得することはできない。果ては法治国家であるにもかかわらずシー・シェパードのような活動が許され、それに資金を提供している金満家さえいるのである。シベリアでは、寒いほど良い毛皮がとれるために、養殖している動物の檻は地面より高く、ワラ一本入れずに、わざと寒くしている。どちらが野蛮かなどといっても詮無いことだ。こうしたさまざまな考え方があるのが国際社会なのであり、国際世論として多数を制した方が有利になってしまう。

 日本にもこんな話がある。入り江に迷い込んだ鯨を捕らえてセリにかけたが、同情した漁師が安くセリ落とし、海に放してやったという。放たれたクジラはまるで感謝するかのように、湾内を一周して大海に姿を消した。「クジラの恩返し」とタイトルのついた新聞記事だが、多少感傷的な気がしないでもないが、この漁師の優しさは、「反捕鯨」を主張する欧米の合理主義とは決定的に違う、四季のある日本の風土によってつくられた敏感で繊細な気質によって培われたものによる。

 春に逢えるのは嬉しい。どうせ春に逢うのならやはり「ひねもすのたりのたり」の海がいいと思いつつ、加えて津波とは無縁な海であって欲しいと願う。

(2011年3月10日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)