鈴木勝利の「つれづれ日記」

コラム

vol.45 花は咲くために咲く ~思いやり、いたわり、慈しみ~
鈴木 勝利 顧問
2011/09/15
 1981年、大阪豊田商事という株式会社が設立され、1982年に豊田商事株式会社に改名された。【この会社は、顧客と金の地金を購入する契約を結ぶが、会社は代金を受け取るが現物は客に引き渡さずに「純金ファミリー契約証券」という証券を渡す形式を取った。このため客は現物が購入されているか確認できず、証券という名目の紙切れしか手許に残らない現物まがい商法(ペーパー商法)と言われるものであった。一応、豊田商事の営業拠点には金の延べ棒がこれ見よがしに積まれていたが、後の捜査によってそれは「ニセモノ」であったことが明らかになっている。また勧誘に於いては主に独居老人が狙われたのも特徴的だった。まず電話セールスで無差別的に勧誘し、脈ありと判断すると相手の家を訪問する。家に上がると線香をあげたり身辺の世話をしたり「息子だと思ってくれ」と言って人情に訴えるなど、徹底的に相手につけ込み、挙句の果てにインチキな契約を結ばせていった。被害者は数万人を数え、被害総額は2000億円に達する巨大詐欺事件として注目されていた。】その悪徳商法が社会問題化されていた1985年、「豊田商事会長殺人事件」が起こる。

 【1985年6月18日、大阪市北区にあった豊田商事会長の永野一男のマンションの玄関前に「今日逮捕」との情報を聞きつけてマスコミの取材班が集まっていた。午後4時30分過ぎ、自称右翼の男二人が永野の部屋の前に姿を現した。二人は被害者から「もう金はええ、永野をぶっ殺してくれ」と頼まれたと報道陣に語った。そして窓の格子を蹴破り、窓ガラスを破って侵入、永野の頭部など全身13箇所を銃剣で刺した。当時永野の住んでいた部屋のドアの前などには大勢のマスコミがいたが、誰も止めようとはしなかった。永野は直ちに病院へ運ばれたが、約40分後に息を引き取った。この時の永野の所持金はわずか711円だった。部屋から出た犯人らは、「警察を呼べ。俺が犯人や」と報道陣に語り、その場で逮捕された。永野が惨殺された際の映像(永野は室内にいたため殺害そのものの様子は写らなかったが、上記の犯人の侵入の様子および、窓際に置き去りにされた永野がストレッチャーで運ばれる様子が映像に残された)はNHKや民法テレビ各局で中継された。この時NHKは「子供には見せないでください」と慌ててアナウンサーが呼びかけた。その後発売された『FOCUS』では、犯人の一人が血塗れで断末魔の形相の永野を抱え、もう一人が銃剣を持つ写真が誌面を飾った。その後の捜査で豊田商事が集めた金の殆どが流用されて、残っていなかったことが判明するが、最高幹部が死亡したため、金の流れに関して解明が難しくなった。結果的に捜査に支障をきたしたので、犯人は関係者に口封じのために殺人を依頼されたのではないかといった憶測も流れた。】

 当時このニュースが本題の詐欺事件と共に、殺人を黙認した報道陣のあり方に批判が集中したのは当然のことであった。あるときは政治家の倫理を訴え、あるときは社内暴力許さずのキャンペーンをはり、国民に対し正義を訴えている記者やカメラマンが、凶暴な殺人者を前にして、恐怖と驚愕で普段声高に叫んでいる正義を忘れていたとは滑稽でもあるが、人間の良心とは一体何なのか、考えれば考えるほど分からなくなってくる。車内暴力は許さずと思いつつも、加害者が自分より強そうだと寝た振りを決め込む。いざとなったらどうなのか、些か自信がなくなる自分がいる。ナチスの役人ルドウィッヒ・ラムドールは、ユダヤ人虐殺の罪で絞首刑になるとき、彼の親戚や友人から嘆願書が出たという。「ルドウィッヒは、田舎の道を歩いている時などにも、足元の蝸牛やトカゲを踏み潰すまいとして、奇妙なステップで歩きました」と。足元の蝸牛さえ踏み潰せなかった男が、環境が変わることによって、虐殺にさえ手を染めてしまうのである。およそ、人間の良心などというのは、環境が変わればどうにでもなってしまうものなのか。そういえば「旅の恥はかき捨て」というのも、環境によって変わる人間を見通した言葉なのかもしれない。だからこそ、東日本大震災で人助けのために命を落とした人々の勇気と良心が讃えられるのだが、その死に「社会として報いることのできる最大限の補償を」と考えるのは、自分の良心のはかなさを償う気持ちからでもある。

 こうして人間のあり方をしみじみと考えてみると、自分の狭隘な心に恥じ入ることが多い。人は誰でも、他人を自分の物差しで推し量る。その枠に入る人は「良い人」で、入らなければ「なんだ」ということになる。人間の度量、奥の深さというのは、そうしたときに、自分の物差しの枠外にいる人さえも許容できることなのではないか。こんな簡単なことさえ、最近になってやっと分かるのだから、自分の未熟さにあきれつつ、そんなことを助言してくれる友人のありがたさを感じるのである。友人というのは、それが夫婦や恋人、同性同士など、どの形をとっても心の関係を表すものようだ。その心は「思いやり」や「いたわり」、そして「慈しみ」となって、相互に尊敬し信頼する関係を築く。

 人間の集団を組織している労働組合のリーダーとは。

 「花が咲くのは、咲かねばならないからであって、花を見て喜ぶ人がいるからではない」 (レオ・バスカリア)。

 人生は他人のためにあるのではなさそうだ。
 「人生に別れを告げる日は、帽子を脱いであいさつしよう」(福士幸次郎)、

改めてそんな充実した人生をと思う今日この頃である。

(2011年7月10日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)