~シャトル計画の終了を惜しむ~
【昔、フルシチョフかブレジネフのときにありましたが、ソビエトの宇宙飛行士が、コントロール・センターが狂ってしまってどうしても帰ってこられない。
計算し切れなくてだめになってしまった。
それでブレジネフかフルシチョフかが宇宙船とつながっている電話で「おまえの銅像を建て永久にたたえる」というと、「そんなもの要らないから帰してくれ」と泣きながら言ったが、電話は切れて、その宇宙衛星はどこかへ行ってしまった。
月へ行っているどころか火星か彗星か天王星へ向かって、今も遺体を乗せて、まだ飛んでいるでしょう。】(石原慎太郎「世界の中の日本」)。
アメリカの宇宙船はチャレンジャー、コロンビア、アトランティス、エンデバー、ディスカバリーの五船団で構成されており、チャレンジャー(1986年1月に打ち上げ73秒後に爆発7名が死亡)、コロンビア(2003年2月に大気圏再突入時に空中分解して7名が死亡)が事故を起こしているが、アメリカの事故とこのソ連の事故といい、新時代の幕開けには犠牲は避けがたいもののようだ。
国籍を持つ日本人の宇宙飛行士は、秋山豊寛(1990年・ソ連のソユーズ)、毛1997年・コロンビア)、向井千秋(1998年・ディスカバリー)、毛利衛(2000年2月・エンデバー)、若田光一(2000年10月・ディスカバリー)、野口聡一(ディスカバリー)、土井隆雄(2008年3月・エンデバー)、星出彰彦(2008年5月・ディスカバリー)、2009年(2009年3月往路・ディスカバリー、7月復路・エンデバー)、野口聡一(2009年12月~6月・ソ連のソユーズ)、山崎直子(2010年4月・ディスカバリー)、古川聡(2011年6月~11月・ソ連のソユーズ)の9氏(内6氏が2度の搭乗)を数えており、幸いにも事故には遭遇していない。
そのディスカバリーが2011年4月を最後に役目を終えた。
同じく4月にエンデバー、6月にアトランティスが運航に幕を下ろした。
なんともさびしい限りだが、ライト兄弟の飛行機の発明までにも、何人もの先駆者たちの犠牲があった。
宇宙が人間のロマンをかきたてる何かを持っているゆえに、その時々の事故は余計に痛ましく思える。
今から六十有余年前、敗戦の痛手も癒えかかったとはいえ、まだ毎日の生活に追われていたころ、子どもたちに夢を与えたのは「月世界旅行」の映画であった。
超満員の観客の肩越しに、フワフワと宇宙遊泳する画面に胸をワクワクさせたことを今でも鮮明に記憶しているのも、当時の私にとって唯一のロマンをかきたてるものであったからかもしれない。
子どもたちにこうした夢を抱かせた作者が、ある日、タイムスリップして今日を見たらなんと感じるのか、などと想像するのも楽しいものだ。
もし作者が月世界への旅を科学的な裏づけもなく、単純に空想していただけだったとしたら、自分の仮説の正しさに満足している作者より、頬をつねっている作者のほうが、宇宙のロマンにふさわしいような気がする。
ところで、アメリカの宇宙船のコントロール・センターは、ヒューストンにあるが、ここで働いている人の六割くらいは日系のアメリカ人だそうである。
二世にしろ三世にしろ、NASA計画の電子工学的管理部門は、日本人がやっているとみて間違いないというのだが、アメリカという他人種国家で東洋人で優秀といわれるのは、日本人で次に韓国人であるという。
ここで、わが日本民族は優秀なりと、などと言うつもりはさらさらないのだが、【宇宙で作業している飛行士が、ヒューストンのコントロール・センターと話しながら、ときどき日本語を使うのです。
英語で日本的な冗談を言う。
何かというと、「おまえのおとっつぁんのうちが見えるぞ」「どこだ」「富士山の下だ。庭に桜が咲いている」「うそを言え」と話しながら笑っている。最後に「さようなら、おやすみ」と言う。】(前掲同書)
技術の進歩は著しい。
いまや宇宙船の搭乗者とテレビ会話ができる時代になったのに、多くの日本人を宇宙に運んでくれたアメリカのシャトル計画が終了するのはさびしい限りである。
計画の終了は、即NASAの解散、従業員の解雇につながる。
かつて私が勤めていた企業で、人工衛星の製造をしていたが、この仕事の難しさは、NASAのシステムを参考にセクションを細かく分類し、狭い分野の専門性を高めたことにあった。
もちろんそうしなければトータルとしての高い技術水準を維持できないからだが、担当分野が狭ければより専門的に高い技術水準を極められる。
しかし、あまりにも専門性を高めると今度は応用に不向きとなり、他の部門では使い難くなってしまう。
もしNASAもそうだったとすれば、解雇された従業員がある分野だけ優れているからといって、再就職が簡単にいかないのではと心配してしまう。
技術者であれ、技能者であれ、あるいはサービス産業であれ、ある一つのことだけに秀でればいいのではなく、仕事全体を視野に入れつつ自らの仕事を幅広く深めていく。
与えられた「この仕事さえできればいい」ということではなく、製造現場で多能工があるように、今の仕事と同時に応用できる能力も必要なのだろう。
それでこそ宇宙に飛び交う日本語を使う日本人らしい誇りある仕事への取組みの姿といえよう。
(2011年12月15日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)
【昔、フルシチョフかブレジネフのときにありましたが、ソビエトの宇宙飛行士が、コントロール・センターが狂ってしまってどうしても帰ってこられない。
計算し切れなくてだめになってしまった。
それでブレジネフかフルシチョフかが宇宙船とつながっている電話で「おまえの銅像を建て永久にたたえる」というと、「そんなもの要らないから帰してくれ」と泣きながら言ったが、電話は切れて、その宇宙衛星はどこかへ行ってしまった。
月へ行っているどころか火星か彗星か天王星へ向かって、今も遺体を乗せて、まだ飛んでいるでしょう。】(石原慎太郎「世界の中の日本」)。
アメリカの宇宙船はチャレンジャー、コロンビア、アトランティス、エンデバー、ディスカバリーの五船団で構成されており、チャレンジャー(1986年1月に打ち上げ73秒後に爆発7名が死亡)、コロンビア(2003年2月に大気圏再突入時に空中分解して7名が死亡)が事故を起こしているが、アメリカの事故とこのソ連の事故といい、新時代の幕開けには犠牲は避けがたいもののようだ。
国籍を持つ日本人の宇宙飛行士は、秋山豊寛(1990年・ソ連のソユーズ)、毛1997年・コロンビア)、向井千秋(1998年・ディスカバリー)、毛利衛(2000年2月・エンデバー)、若田光一(2000年10月・ディスカバリー)、野口聡一(ディスカバリー)、土井隆雄(2008年3月・エンデバー)、星出彰彦(2008年5月・ディスカバリー)、2009年(2009年3月往路・ディスカバリー、7月復路・エンデバー)、野口聡一(2009年12月~6月・ソ連のソユーズ)、山崎直子(2010年4月・ディスカバリー)、古川聡(2011年6月~11月・ソ連のソユーズ)の9氏(内6氏が2度の搭乗)を数えており、幸いにも事故には遭遇していない。
そのディスカバリーが2011年4月を最後に役目を終えた。
同じく4月にエンデバー、6月にアトランティスが運航に幕を下ろした。
なんともさびしい限りだが、ライト兄弟の飛行機の発明までにも、何人もの先駆者たちの犠牲があった。
宇宙が人間のロマンをかきたてる何かを持っているゆえに、その時々の事故は余計に痛ましく思える。
今から六十有余年前、敗戦の痛手も癒えかかったとはいえ、まだ毎日の生活に追われていたころ、子どもたちに夢を与えたのは「月世界旅行」の映画であった。
超満員の観客の肩越しに、フワフワと宇宙遊泳する画面に胸をワクワクさせたことを今でも鮮明に記憶しているのも、当時の私にとって唯一のロマンをかきたてるものであったからかもしれない。
子どもたちにこうした夢を抱かせた作者が、ある日、タイムスリップして今日を見たらなんと感じるのか、などと想像するのも楽しいものだ。
もし作者が月世界への旅を科学的な裏づけもなく、単純に空想していただけだったとしたら、自分の仮説の正しさに満足している作者より、頬をつねっている作者のほうが、宇宙のロマンにふさわしいような気がする。
ところで、アメリカの宇宙船のコントロール・センターは、ヒューストンにあるが、ここで働いている人の六割くらいは日系のアメリカ人だそうである。
二世にしろ三世にしろ、NASA計画の電子工学的管理部門は、日本人がやっているとみて間違いないというのだが、アメリカという他人種国家で東洋人で優秀といわれるのは、日本人で次に韓国人であるという。
ここで、わが日本民族は優秀なりと、などと言うつもりはさらさらないのだが、【宇宙で作業している飛行士が、ヒューストンのコントロール・センターと話しながら、ときどき日本語を使うのです。
英語で日本的な冗談を言う。
何かというと、「おまえのおとっつぁんのうちが見えるぞ」「どこだ」「富士山の下だ。庭に桜が咲いている」「うそを言え」と話しながら笑っている。最後に「さようなら、おやすみ」と言う。】(前掲同書)
技術の進歩は著しい。
いまや宇宙船の搭乗者とテレビ会話ができる時代になったのに、多くの日本人を宇宙に運んでくれたアメリカのシャトル計画が終了するのはさびしい限りである。
計画の終了は、即NASAの解散、従業員の解雇につながる。
かつて私が勤めていた企業で、人工衛星の製造をしていたが、この仕事の難しさは、NASAのシステムを参考にセクションを細かく分類し、狭い分野の専門性を高めたことにあった。
もちろんそうしなければトータルとしての高い技術水準を維持できないからだが、担当分野が狭ければより専門的に高い技術水準を極められる。
しかし、あまりにも専門性を高めると今度は応用に不向きとなり、他の部門では使い難くなってしまう。
もしNASAもそうだったとすれば、解雇された従業員がある分野だけ優れているからといって、再就職が簡単にいかないのではと心配してしまう。
技術者であれ、技能者であれ、あるいはサービス産業であれ、ある一つのことだけに秀でればいいのではなく、仕事全体を視野に入れつつ自らの仕事を幅広く深めていく。
与えられた「この仕事さえできればいい」ということではなく、製造現場で多能工があるように、今の仕事と同時に応用できる能力も必要なのだろう。
それでこそ宇宙に飛び交う日本語を使う日本人らしい誇りある仕事への取組みの姿といえよう。
(2011年12月15日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)



