~わが実践的教育論②~
「子は親の後ろ姿を見て育つ」とは昔から言い伝えられた言葉。
家庭生活や会社の仕事での両親の生き様は、子ども心に敏感に影響する。
会社で嫌なことがあれば、家で当り散らす。妻が夫への不満を表すこともしばしばある。
それが子どもの目にどう映っているのかの配慮も忘れて。子ども眼は純真で美しい。
美しいから大人の世界の出来事が時には醜く見える。
ここに、ある少年鑑別所に収容されている少年少女たちの自作の川柳がある。
「共通の話題、これぽっちもありません。父さんいつも家で寝るだけ」。
子どもが年頃を迎えているのに、父親が子どもの相手さえしなくなったとき、家庭に崩壊の芽がうまれる。
「人並みに叱られてみたい時もある。俺の親父は俺が怖いか」。
自分をしのぐ体格の息子、殴っていうことを聞かせる自信もないし、他の方法も思いつかない。
父親の諦めと臆病は親の威厳を損ない、頼れる父親への憧れだけが欲求として残り、非行への引き金になってしまう。
「好きあって結婚したのにどうしてか、父の悪口、母は得意に」。
「十四年、父の無能を吹き込まれ、ようやく分かった母の愚かさ」。
出世できない父さん、まったくしょうがない父さん、と、毎日のように父への愚痴を母から聞かされる子ども心はどうなっていくのだろうか。
美しい眼の子供たちに親への尊厳を失わせ、どうしようもない失望を与えているに違いない。
非行に走るのは社会が悪いわけではない。
つきつめていけば本人が悪いということになるものの、両親の後ろ姿をみて育った子どもが、屈折した人生観を持ったとき、親の責任まで免じられて良いわけはない。
今から35年前の1977年10月30日、東京で開成高校二年生の息子が、深夜眠っているところを、父親に絞殺された。
世にいう「開成高校生殺人事件」である。
【被害者の息子は高校一年生の十一月頃から、両親に暴力をふるいだす。
襖、障子を壊し、ガラス窓をたたき割り、家の中を水道の水で水浸しにし、布団を庭の池の中に投げ、仏壇をバットでたたき壊し、あげくに包丁を振り回し、両親に暴力の限りを尽くした。
(中略)最後には大皿で父の後頭部を一撃し、パトカーが出動、少年は精神病院に収容されたが、母は少年がかわいそうだと、二日後には退院させた。
少年はその母を、事件前日と当日、殴りつづけた。
「開成学園父母と先生の会」の名簿の職業欄には、会社重役、大学教授、商店主と並び、
少年の父の欄には「レストラン経営」と記されていた。担任が「お父さんのレストランは…」といいかけたとき、
少年は「レストランなんかじゃない」と激昂したという】(犯罪の同時代史)。
父親は、モウモウたる煙の中で、一本五十円の焼き鳥を焼いている姿を、少年に見せることが父権の失墜につながると考えたらしい。
自分の仕事を子どもには見せられない。
焼き鳥屋に実生活の誇りをもてなかった父親に、言いようのない哀しみがつきまとう。
事件の翌年2月、父親に執行猶予3年の温情判決。7月には母親は息子が死んだ部屋で自殺、7月末、父親は四国巡礼行脚の旅に出たという。
(2012年4月20日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)
「子は親の後ろ姿を見て育つ」とは昔から言い伝えられた言葉。
家庭生活や会社の仕事での両親の生き様は、子ども心に敏感に影響する。
会社で嫌なことがあれば、家で当り散らす。妻が夫への不満を表すこともしばしばある。
それが子どもの目にどう映っているのかの配慮も忘れて。子ども眼は純真で美しい。
美しいから大人の世界の出来事が時には醜く見える。
ここに、ある少年鑑別所に収容されている少年少女たちの自作の川柳がある。
「共通の話題、これぽっちもありません。父さんいつも家で寝るだけ」。
子どもが年頃を迎えているのに、父親が子どもの相手さえしなくなったとき、家庭に崩壊の芽がうまれる。
「人並みに叱られてみたい時もある。俺の親父は俺が怖いか」。
自分をしのぐ体格の息子、殴っていうことを聞かせる自信もないし、他の方法も思いつかない。
父親の諦めと臆病は親の威厳を損ない、頼れる父親への憧れだけが欲求として残り、非行への引き金になってしまう。
「好きあって結婚したのにどうしてか、父の悪口、母は得意に」。
「十四年、父の無能を吹き込まれ、ようやく分かった母の愚かさ」。
出世できない父さん、まったくしょうがない父さん、と、毎日のように父への愚痴を母から聞かされる子ども心はどうなっていくのだろうか。
美しい眼の子供たちに親への尊厳を失わせ、どうしようもない失望を与えているに違いない。
非行に走るのは社会が悪いわけではない。
つきつめていけば本人が悪いということになるものの、両親の後ろ姿をみて育った子どもが、屈折した人生観を持ったとき、親の責任まで免じられて良いわけはない。
今から35年前の1977年10月30日、東京で開成高校二年生の息子が、深夜眠っているところを、父親に絞殺された。
世にいう「開成高校生殺人事件」である。
【被害者の息子は高校一年生の十一月頃から、両親に暴力をふるいだす。
襖、障子を壊し、ガラス窓をたたき割り、家の中を水道の水で水浸しにし、布団を庭の池の中に投げ、仏壇をバットでたたき壊し、あげくに包丁を振り回し、両親に暴力の限りを尽くした。
(中略)最後には大皿で父の後頭部を一撃し、パトカーが出動、少年は精神病院に収容されたが、母は少年がかわいそうだと、二日後には退院させた。
少年はその母を、事件前日と当日、殴りつづけた。
「開成学園父母と先生の会」の名簿の職業欄には、会社重役、大学教授、商店主と並び、
少年の父の欄には「レストラン経営」と記されていた。担任が「お父さんのレストランは…」といいかけたとき、
少年は「レストランなんかじゃない」と激昂したという】(犯罪の同時代史)。
父親は、モウモウたる煙の中で、一本五十円の焼き鳥を焼いている姿を、少年に見せることが父権の失墜につながると考えたらしい。
自分の仕事を子どもには見せられない。
焼き鳥屋に実生活の誇りをもてなかった父親に、言いようのない哀しみがつきまとう。
事件の翌年2月、父親に執行猶予3年の温情判決。7月には母親は息子が死んだ部屋で自殺、7月末、父親は四国巡礼行脚の旅に出たという。
(2012年4月20日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)



