かつてナチス・ドイツはユダヤ民族数百万人(600万人)を虐殺した。
人間が民族の相違のみで命を奪うのは、本能や野蛮という範疇に収まるもので
はない。その証拠には、本能のおもむくままに生き、凶暴といわれるオオカミ
でさえ、同じオオカミなら相手が恭順の意思表示である急所の喉を眼前にさら
したときは、殺すことはしないという。人間が無抵抗な人間をも殺せるのは、
なまじ知能があるゆえで、だまし討ちされるかもしれないという猜疑心、他人
を支配したい野心、そうしたものが理性をこえて走ってしまうのだろうか。
人類の歴史で虐殺は繰り返されてきたが、これだけの虐殺は例を見ない。
しかも、ドイツは歴史的にも、勤勉と合理性を重んじる大国である。ナチス政
権が誕生する前にあったワイマール憲法は、世界でもっとも民主的な憲法と賞
賛されていたのである。そのドイツでのユダヤ人への迫害ゆえに、正気な人間
が簡単に狂気に走ってしまう恐ろしさを痛感させられる。
ユダヤ人迫害は、ドイツに限らず地球規模に及んでいる。そもそもユダヤ人
とは、「ユダヤ人ないしユダヤ教への改宗者を母として生まれた者」(イスラ
エルの国会で定義され立法化)とされ、有名な予言者モーセによる「出エジプ
ト記」は、エジプト国内の迫害から逃れるために「エジプトから逃れる行程」
を記したものである。この脱出行の途中、モーセはシナイ山の山頂で神ヤハウェ
との契約を授けられ、これが後のユダヤ教へとつながっていく。
建国を許されたユダヤ人だったが、ダビデ王、ソロモン王が死ぬと、北イス
ラエル王国と南方のユダ王国に分裂、新バビロニア王国に征服されたユダ王国
の人々は、バビロンに強制移住させられる。これが教科書にも出てくる「バビ
ロンの捕囚」であり、このとき、多数のユダヤ人が虐殺されている。「出エジ
プト」につづく2番目の迫害である。このように3千年も前から差別と迫害を
受けていたのだが、その千年後にはキリスト教による迫害を受ける。
ご存知のようにイエス・キリストはゴルゴダの丘で十字架の磔になるのだが、
イエスをローマ帝国に訴えたのはユダヤ教徒、銀貨30枚でイエスを売ったユダ
もユダヤ人というように、イエスを迫害し、抹殺したのはローマ帝国ではなく、
ユダヤ人であると考えるキリスト教徒は多く、イスラム教の信者たちにも、
ユダヤ教への不信感と憎悪を植えつけてしまった。
中世に入ると、有名な宗教戦争、十字軍の遠征がある。一般的にキリスト教
とイスラム教の対立とされているが、聖地エレサレムを奪還した十字軍は、イ
スラム教徒だけではなく、ユダヤ人も虐殺している。
こうした迫害や虐殺は、当初は宗教を理由に始まったが、1881年には東ヨー
ロッパで「ポグロム」と呼ばれる大規模なユダヤ人迫害が起こっている。
「ポグロム」とはロシア語で、ユダヤ人に対する略奪、虐殺を意味する。1850
年代には、フランスの外交官ゴビノーが、人種的な優劣を論じた「人種不平等
論」を発表していることなどから、ユダヤ人への迫害、虐殺は人種差別意識と
結合し地球規模に及んでいるといわれているのである。
ドイツの強制収容所で起こった迫害や人体実験は、人間の心の中に悪魔が棲ん
でいると思うしかつじつまが合わない。
ナチスの虐殺の陰で目立たなかった虐殺に「カチンの森の大虐殺」がある。
この虐殺は、1943年4月にロシアのスモレンスク郊外のカチンの森で、ドイツ
軍が4000名を超えるポーランド軍将校の遺体を発見した。ソ連はドイツ軍の犯
行と反論したが、早くからソ連側の犯行とわかっていたものの、ドイツを悪者
にしたいという連合国側の思惑から長い間タブーにされてきたもので、1990年
に入って、やっとソ連は自国の虐殺であることを認めたのである。
長々と記してきたが、虫一匹殺せない善意の人間が、戦争によって狂気を駆
り立て、残虐な行為もいとわないようになる現実が存在することを肝に銘じて
おきたいからである。
人類の歴史で虐殺は繰り返されてきたが、皆殺しに近い例はあまりない。代
表的なのは前述した宗教戦争であるが、これも宗教の教義によって一様ではな
い。日本に普通に存在する仏教は、一部を除いて他の宗教も許容する特徴を持
つが、キリスト教にしてもイスラム教にしても、一神教の宗教は他宗教を排斥
する。自らの宗教を絶対の正義と信じ、他の宗教を邪教と定義してしまえば、
邪教を滅ぼすことが正義になる。相手の信仰、思想を変えること(改宗)が不
可能ならば、思想が宿る肉体を滅ぼすしか正義は達成できない。こうして宗教
戦争は皆殺し、虐待を非としなかったのだが、現在の過激派の内ゲバも同じ論
理で殺人を正当化する。このように宗教や思想が排他的になると殺戮が始まる。
宗教戦争、旧ソ連共産党による血の粛清、そしてナチスのアウシュヴィッツへ
とつらなる。しかも、ソ連に限らず、ベトナムの難民、中国の文化大革命にし
ても、共産党の圧制虐殺は同じ民族間でも起こることを証明しており、人間社
会ではもっとも恐るべき出来事のひとつにあげられる。
ある学習塾では、生徒を叱責するのに、「東北の百姓!」などと怒鳴り、点数
表に「○○点以上合格……、△△点以下は日本人やめろ」と印刷されている。
「ある少年はそれにつづけて『××点以下はインド人やめろ!それ以下だったら
人間やめろ!』と書き加えた」(犯罪の同時代史)。「東北の百姓」とは、裏日
本、表日本という差別意識から生み出される地方への蔑視であり、合格点以下
を日本人、それ以下をインド人、そして人間やめろということも、アジア人は
日本人に劣るという発想から生まれる。こうした無意識に使っている人種差別
の感覚は、権力者のチョッとした作為で虐殺にさえ手を染めることになる。
ユダヤ人虐殺は、遠くユダヤ教とキリスト教の宗教戦争に端を発し、その流
れに沿って、フランス革命を前後して「ユダヤ人は世界制服の陰謀を図ってい
る」として、今もって「シオン賢者の議定書(プロトコル)」なる書物が流布
される。だからこそ、邪悪なユダヤ人は殲滅しなければならないというヒトラー
に利用されたのである。そのとき、賢明であるはずのドイツ国民がそれを許容
したということと、日本の「インド人やめろ」は同じレベルの差別意識なので
ある。
そんな時、人々の良心はどこへ行ってしまうのだろうか。アウシュヴィッツ
での虐殺の中、他人の身代わりで死を選んだのは、たった一人しかいなかった
そうである。(身代わりになった)「コペル神父は、14日間、水も食糧も与
えられない餓死刑を受けて死んだ。神父の遺骸は焼却炉で処理され、どこへと
もなくばら撒かれてしまった」(曽野綾子「絶望からの出発」)。
(2012年4月20日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したもので
ある)



