今、私は、成田でわずかな時間だったけれども、君の目に見た涙を思い出している。一年もの間、アメリカで過ごすというのにもかかわらず、私たちとの別れを悲しむでもなく、むしろ毎日を喜々として出発を迎える君に、気丈な娘という安心感と、両親や姉との別れにいささかの惜別の情を見せないことへの、なんともいえぬ寂しさが入り混じる複雑な気持ちでいたが、その涙を見て、君の心の奥深いところにある心情に接したようで、奇妙な安堵感を抱いたものである。しかも、君の涙が、私たち親に対するものよりも、口げんかの絶えなかった姉との別れの一言で見せたことに、ほのぼのとした嬉しさがあるのである。
まったく異質な土地と文化と習慣の中で暮らす以上、わずか一年間といえども親との別離は覚悟しているはずだから、むしろ、日常生活で繰り返してきた姉妹ケンカを通じて培ってきた姉妹の愛情が表れているようで、私の安堵感もごく普通の娘であったことへの嬉しさによるものかもしれない。
さてこれから一年、ホームスティ宅での礼儀や、学校での勉強については、君自身が問われることであり、私はあまり心配していない。今、父親としてもっとも気になるのは、年頃の娘をもった父親が皆そうであるように、やはり異性問題といってよいと思う。もともと親から見た子どもは、実際の歳よりも三歳は子どもにみるといわれる。反対に子ども方は、実際の年齢よりも三歳は上だと思うらしい。親と子には、こうしてお互いが思っている年齢に六歳ものハンディが生まれ、それだけに子どもにとっては、口うるさい、もっと自分を大人扱いして欲しいという不満が生まれ、親のほうは親のほうで、子どもは何もできないくせに大人ぶり、危なっかしくて見ていられないと、ついガミガミと口を出すことになる。この例に漏れないとすれば、私のこれからの話も不必要なお説教かもしれないが、ただ世の中の大人たちはそう見ているということだけを分かってくれればいい。
君から留学したいといわれたときは、正直言っていよいよきたかと思った。それは幼い頃からの君が、他人とは少し違う、奇抜とまではいわないまでも変わった娘だと思っていたからで、あまり違和感を抱くこともなかった。父親として一年間が心配でないのかと問われれば、ないといえば嘘になる。しかし、一方では、何とか希望をかなえてやりたいという、肯定と否定が錯綜する複雑な気持ちというところだろうか。それが骨肉の情なのだと思うが、不十分な語学力で、それでなくてもお世辞にも優秀とはいえない力で、本当に留学の目的を達せるかは疑問だが、私はむしろ、そうしたことよりも、君自身が、控えめで男のみにすがって生きる女性像に訣別して、自立しつつ男性への思いやりを兼ね備える女性に成長するために、素晴らしい決断だったと賞賛したいと思う。
まったく異質な、それこそ人間としての精神構造も違うと思われる民族の真っ只中で生活し、予想だにしなかった現実の中で、君が自分自身をどう磨き上げていくのか、親としてそれが見たいとも思う。
子どもが自立するとき、親は一抹の不安と寂しさを味わう。家族の歴史とはそのくり返しでもあるのだ。子どもが親離れをして自立する様は人それぞれであるが、子を思う親の心情は皆同じなのである。
(2012年4月20日・本稿は1982年~1988年執筆の原稿を加筆・修正したものである)



