鈴木勝利の「つれづれ日記」

コラム

vol.89 送別は伝承の場
2015/06/15
 世界中どこへ行っても、その国なりの地方特有の民話が存在する。それらは印刷物に残るよりは、代々の年寄りを通じて語り継がれる。もともと日本では、神代(かみよ)の時代に朝廷に仕え、古い言い伝えや伝説を語ることを職業にしていた語り部(かたりべ)と称される人々がいたせいか、別に職業にしていなくても、村の長老格の人が語り部として、代々語り継いで来たことが多い。

 ところが近年になって、この語り部の役を担っていた人が世を去ると、過疎化した村に語り継ぐべき若者がいなくなったことも重なり、民話や伝説の継承が止まってしまうようになった。民俗学者や郷土史家などが辛うじてその隙間を埋めようとしているが、いかんせん、補いきれるものではない。そうした傾向に警鐘が鳴らされているのだが、日常生活には何の支障もないことから、大きな声にはならない。ようやく、2011年の東日本大震災の津波が大きな災厄をもたらしたこともあり、「過去の津波被害の伝承がうまく機能していたら被害はもっと少なくて済んだのに」という反省が生まれ、今回の被害者が語り部となってがんばっている光景が報道されている。しかしこれも一部地域の範囲に限定された動きのようである。

 よく考えてみると、語られる伝説や民話には、当時の時代の生活や風習、そして当時の人々の信仰や考え方が反映されているから、それを土台にして今日があるという意味で、伝承が途絶えてしまうことは不幸だと言わねばならない。最近の生命遺伝学では、五千年前の人の遺伝は、五千年後に明確に現れると言う説もあり、伝説や民話が伝承されていないと、よけいに不幸のように思えてならない。さらに日本では、「親の因果が子に報い」とか、「輪廻」という仏教の考え方が生活の中に溶け込んでいるから、よけいに寂しい時代になってしまったとの感を強くさせる。

 もちろん、長老たちによって語り継がれる話は、若者たちにとっては必ずしも興味や関心を惹き起こすほど面白いものばかりではないが、世代ごとに継承されるべきものでも受け止め方によって大いに違ってくるようだ。

 たとえば、戦争を知る世代と知らない世代の場合、昔の軍隊の思い出を話されても、受け手側の姿勢によって、同じ話が教訓になったり、自慢話になったりする。自慢話だと思って閉口して聞いているうちに、そうした話をする人さえいなくなり、過去の貴重な教訓を知る機会を失する不幸な人生を送ることになる。

 昔の職場で上長であった人の定年送別会が開かれた。すでに退職したOB二十数名も駆けつけ、現役と合わせて二百名になんなんとする盛大な送別会であった。送別と言う言葉は、ものさびしい響きを持つが、その会場で私が見たものは、送り別れる儀式ではなく、当事者が長年にわたって育みあげた彼自身のもつ仕事や人生観の継承の場であったようである。

 自分の娘のような職場の若い女性から花束を受け取る彼の姿は、若い人々に継承し終えた安堵に満足しているようだった。そして、花束を渡しながら彼女が見せた涙は、送別の悲しみではなく、これから受け継いでいく責任と感動によってあふれたように思えてならなかった。

(本稿は2012年12月にj.union社の社員向け「温故知新」で執筆した原稿を加筆・修正したものである)