鈴木勝利の「つれづれ日記」

コラム

vol.10 ジョニーは戦場へ行った
鈴木勝利 顧問
2008/10/21

 しばし感動について考えてみたいと思う。

 「ジョニーは戦場へ行った」は、第一次世界大戦で実際に起こったことを映画化したものだ。


 第一次世界大戦のとき、ジョニーという青年が兵隊に徴用される。戦場へ出向いたところ砲弾を受けて目・鼻・口・耳をもぎ取られ野戦病院に収容される。その上壊疽(えそ)になって両腕両足を切断されてしまう。姓名も記憶から消え、まさしく「生きる屍」のようになってしまう。
 野戦病院の軍医は「彼を生かしておくのは、彼からわれわれが学ぶためだ。この男は死ぬまで死者と同じようにもう何も感じないだろう。彼は意識がないから人間と思ってはならない」と指示を出す。
 普通の病室に入れると、他の患者や見舞い客の物議をかもすからと、人目につかないよう暗い倉庫の中のベッドに閉じ込めてしまう。気管には管を入れて酸素が送られ、食道から管によって栄養が与えられ、人から見られぬように顔には大きなマスクがかけられ物体と変わらない扱いを受ける。そのためジョニーは、時に半狂乱になりながら意識は過去から現在へ、現在から過去へととめどなく流れていく。
映画はこの間のジョニーの意識の変化と看護婦など周囲の人々の行動を記していく。

 受け持ちの看護婦が代わったある日、新しい看護婦は今まで閉ざされていた倉庫の窓を開ける。日の光が寝ているジョニーの顔に差し込むと、小説はここからジョニーの意識の変化にふれていく。
 ジョニーは日が当たって受ける暖かさはなんだろうと考えるうちに、太陽の暖かさであることに気づき、子どものころ、裸で野原を駆け回った日のことを思い出す。そして、その看護婦さんは帰るときに、彼の枕もとのコップにバラを一輪さしていく。もちろんジョニーはそのことを知る由もない。ただ、帰り際に看護婦さんが軽やかに幸せそうな足取りで近づいて、ジョニーの額にそっと手を置くので、額に置かれた手のぬくもりだけを感じて心が慰められていた。
 そしてクリスマスの日、看護婦はジョニーには見えないことを承知で外出用に服装を整え、ベッドに近づくとジョニーの胸を開いて指文字を書き始める。まずMの字を何回も書いては消し書いては消すことを繰り返し、ジョニーがMとわかって頭を動かしてうなずくと次の文字を書く。それを繰り返し、とうとう「MERRY」と書いたことが分かる。ジョニーは意識の中で「ああ、看護婦さんの名前はメリーさんですか。メリーさんありがとう!」と叫ぶ。でも看護婦さんはまた指文字を書き続ける。完成した指文字は「MERRY X'MAS」となった。
 ジョニーはそれが分かると、「看護婦さんありがとう、クリスマスを教えてくれてありがとう」とうなずき返しながら、「彼はヒステリー症状を起こしたかのように、おれは幸福だ、幸福だと思った。四年、五年、さもなければ六年、何年経ったかも分からないけれども、その間おれは毎日毎日、孤独の世界に閉じ込められていた。その長い間彼は全く孤独であった。しかしいま初めて、誰かがその孤独感をぶちこわし、誰かが言ってくれたのだ、メリー・クリスマスという言葉を。それは真っ暗闇の中に自然の光が差し込んできたようなものであった。それは沈黙の世界に、大きな、音色の美しい音が訪れてきたようなものであった。そして死の世界に大きな笑い声をもたらしてくれたようなものであった」
 その日からジョニーは「日を数えよう、今日から先のことを考えよう」と決心し、ついには、「戦争は嫌だ、反対だ」と大声で叫ぶよりも、自らの体を持って戦争の悲惨さを訴えることができることを発見する。


 およそこうしたスジなのだが、この話が人々の感動を呼ぶのはなぜなのだろうかと考えてみた。

 ジョニーの心を動かした看護婦さんの行為は特別な行為というわけではない。病室の窓を開けることも、枕もとの花瓶に花を挿すことも、胸に指文字を書くことも、ことさらに想像を超えることをしたわけではない。にもかかわらず、私たちの胸に何かが響くのだ。
 でもただ一つ、彼女がジョニーに何気なく行った行為こそが、人間に対する温かさにあふれた行為であったことが感動を与えるのである。

 感動は日常生活の中、そこかしこに見ることができる。だからこそ、人によっては見過ごして気がつかないことになってしまうのだろう。

 人間の尊厳を求める労働組合活動にも、感動の芽はいくつもあるに違いない。
リーダーがそれに気がつく感性を持っているのかどうかが、組合運動を無味乾燥なものにしているのかもしれない。