ゆにおん・ネタ帳

全国3700ほどの労働組合とのお付き合いの中で、記憶に残るエピソードや、これは使えるといったネタをご紹介していくコーナーです。
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2019年

企業の壁を越えた「仲間」づくり
島田
2019/04/23 New

今回は私が担当させていただいた、とある活動の話を書きたいと思います。
とある県を代表するリーディングカンパニーである労働組合様をきっかけにご紹介いただいた方のお話しです。

その方は、一企業だけの存続発展だけを考えるのではなく、同じ産業として日本のものづくりを後世に残すべく
奮闘されている方でした。

その方が在籍する企業がある地域では、ものづくりの卓越した技術を持った企業が多く点在する地域ではあるのですが、
一つひとつの企業は大きな企業ではなく、技術を伝承していくにも後継者がおらず、
このままでは近い将来に無くなってしまう可能性がある企業が多くありました。

その方が在籍されている企業は地域のリーディングカンパニーですので、それほど切迫した状況にあった
わけではないのですが、日本が世界に誇れる技術が失われれずに残す手段は無いかと、
頭を抱えられていました。

そんな中、一つの方法として、同じ県にあるものづくりの企業に声をかけ、一企業だけでこのグローバルな時代に
生き残るのではなく、何かお互いに協力できることは無いのだろうかと呼びかけられたのです。

その呼びかけに、その企業を合わせて4つの会社が手を挙げました。

そうして始まったのが各企業の技術者である人間を集め、他企業の技術者との広い人脈を通じた
変化への適量力、世の中を変革していく確固たる強い意志をもった技術者の育成でした。

同じ企業の中に居る人間で話をすると「過去に前例がない」「そんなことが出来るはずがない」と、
経験から固執した考え方のもとブレーキを掛けてしまいます。

だからこそ、他の企業と一緒になって情報を交換し、世の中にないものづくりの工場を生み出そうと
という発想から、技術者の育成を目的とした『技術者ネットワーク』という活動がスタートしました。

その為にまず重要なのは自己を知り、他者(社)を知ることです。

また単発の情報交換の場を設けるのではなく、最低でも1年間を通じて毎月集まり、
今、私たちが抱える問題を自発的に提起し、その解決策を同じものづくりの仲間と共に考えることでした。

そうした取り組みをスタートするにあたり、私に相談があったのはキックオフとなる1回目の場づくりです。
同じ技術者ではありながら、他企業の人間と腹を割って話をしなくてはなりません。

まずは技術者という同じ仲間であるという企業の壁を越えた一体感を生まなくては、ただの表面的な情報交換
の場になってしまいます。。

そこで1回目のキックオフでは、私が提供しているチームビルディング研修を実施することになりました。

チーム(組織)とは何か?成果をあげるためにに必要な要素とは何か?を、頭だけで学ぶのではなく、
アクティビティ(体を使った体験)を通じて、本人たちに気づきを持ってもらうカリキュラムです。

こうした場の運営には労力もお金もかかります。
そうなると運営側から見れば、どうしても「成果」を重視してしまいまがちです。

その経験を通じてどんな気付きがあったのか?どんな技術を身につけたのか?成果(アウトプット)は何なのか?
運営側は「成果」を求めるでしょう。

しかし、アメリカの心理学者であるダニエル・キムは成果をあげるためにはまず関係性の質を高めることが必要と説きます。

【関係性の質を高める】→【志向の質が高まる】→【行動の質が高まる】→【成果の質が高まる】そして『関係性の質がより高まる』

これをグットサイクルと呼び、成果をあげるためには関係性構築の必要性を伝えています。

この重要な場を任され、私も大きなプレッシャーではあったのですが、さすが各企業から選抜された優秀な方の集まりであったこともあり、
その研修の場は参加者一人ひとりに大きな気づきを持てる学びの場になりました。

私が関与できたのはそのキックオフの場だけだったのですが、一年後に技術者ネットワークの発起人の方から連絡がありました。
「今年も技術者ネットワークを継続していくから、キックオフの研修をお願いしたい」という連絡でした。

改めてこの1年間の成果として、優秀なリーダーの育成に繋がったことや、各企業の担当者から「今年も継続して続けましょう!」と
満場一致で継続になった旨をお聞きました。
その方が言うには、各企業の担当者から「最初にあの研修があって本当に良かった」という何とも嬉しい声でした。

参加者からも1年を振返って、あの研修があったから1年間継続することが出来たという感想もお聞きしました。
(担当者の方からは「1年間で一番印象に残ったのが最初の研修かい!」というちょっとしたやきもち的な感情はあったようですが。。)

最初のキックオフを担当させていただいた側としては、何よりも今年も継続して続ける活動のきっかけをつくれたこと、
また日本が世界に誇れる優秀な技術者のリーダーを育成することに関与できたことは、講師冥利に尽きる限りです。

微力ながら、今年も継続される技術者ネットワークのスタートを担当できることに心より喜びと誇りを感じています。


今回は書かせていただいた内容は、労働組合が取組む事例ではありません。
しかし、労働組合も役員が入替り、新たなスタートを切るタイミングには知識やスキルを学ぶことももちろん大切ですが、
並行して関係性(チームワーク)を高めることも大切ではないでしょうか?

労働組合がこの変革の時代にどこを目指すのかが問われる今だからこそ、その中心メンバーが本音で議論できる関係性が重要なのでは
ないかと私は考えています。
もし、共感してくれる方がいたら、是非とも一度チームビルディングのカリキュラムを体験してみて下さい。

時の呼び名
渡辺 秀一
2019/03/14
今週はちょっとラフな話といたしましょう。

最近は陽の出ている時間が長くなり、少しずつ暖かくなっていくのがわかります。
桜の季節ももうすぐですね。
(花粉症の方にはつらい季節です。)


いまこれを読んでいる時間は何時ですか?
と、唐突な質問です。
今回の話題はこの「時間」の「呼び方」にしてみました。

「時間」ですから「10時25分」とか「22:18」とか数字で表すのが普通です。

皆さんがよく目にする天気予報の中で出てくる、

「雨は明け方にはやんで、昼前には晴れる所もあるでしょう」
「昼過ぎから天気がくずれはじめ、夜遅くには所によってにわか雨になるでしょう」

といった気象用語では時間の呼び方には決まりがあります。

【気象用語での時の呼び名】

1:00~ 3:00:未明
4:00~ 6:00:明け方
7:00~ 9:00:朝
10:00~12:00:昼前
13:00~15:00:昼過ぎ
16:00~18:00:夕方
19:00~21:00:夜のはじめ頃
22:00~24:00:夜遅く

よく聞くフレーズですが、3時間ごとに呼び方が決まっていたってご存知でしたか?


しかし、日本語にはもっと美しい「時の呼び名」があります。
いくつかご紹介しましょう。


【文学的な時の呼び名】

深夜零時から午前二時くらいまでの夜が半分過ぎた頃:夜半(やはん)
今夜、今晩の呼び方。明朝からの昨夜のことも指す:今宵(こよい)
東の空が白み始め、星が一つ二つ消えゆく頃:暁(あかつき)
闇から光へと移行する夜明け前に茜色に染まる空:東雲(しののめ)、曙(あけぼの)
夜明け頃、明け方:黎明(れいめい)
正午から午後二時くらいまでを指す、一日で最も明るい頃:白昼(はくちゅう)
落ちてきた陽が空や街を照り輝かせる頃:夕映え(ゆうばえ)
薄暗くなった夕方、夕日の残照が消える頃:黄昏(たそがれ)
日が暮れようとする頃:薄暮(はくぼ)、夕暮れ(ゆうぐれ)

今でもよく使う言葉からほとんど使わなくなった言葉までいろいろあるものです。
なかには「美しい」とは言えないようなおどろおどろしい言葉もあります。

日が暮れて闇夜が訪れる時間帯。魑魅魍魎に出会う禍々(まがまが)しい頃:逢魔時(おうがまとき)
※禍々しいとは「縁起が悪い」「不吉である」の意味です。


「今宵はノー残業デーだから逢魔時をむかえる前に帰ろう」なんて言ってみるのもいいかもしれません。



企業が存続するということ
佐々木 務
2019/03/10
平成の30年を振り返る特集が様々なメディアで取り上げられています。
平成という元号の区切り、何十年という数字的な区切りそのものに意味があるわけではないのですが、人はそんな機会に過去を振り返ってみたくなるものです。
 
当社も平成元年3月6日に設立して以来、平成という時代を駆け抜け、先日30周年を迎えることができました。
30年もの間存続できたことは、偏にこれまで支えてくださったお客様、協力会社、そして社員のおかげだと思います。
 
30年存続できている企業は帝国データバンクの統計では5割以下とも言われる一方、1割未満、いや0.1%未満と言う数字もあるようです。
統計の根拠は確認できませんでしたが、どうやら対象企業の母数の違いがあるようです。
 
帝国データバンクが「会社」と認識して掲載する企業と、ペーパーカンパニーや個人事業主など登記上「会社」と認識されているもの全ての企業との違いはあるかも知れません。
帝国データバンクの統計を見ると、20年で52%、29年で47%と20年くらいからは緩やかな減少となっており、ある程度存続している企業はその後も存続している傾向があります。
 
ある程度存続できる会社、起業後まもなく廃業となってしまった会社にはどんな違いがあるのでしょうか?
 
形式的に会社を立ち上げることは登記さえできればいいので、そんなに難しいことではありません。
会社法が改正され、今や1円の資本金があれば株式会社を登記することができます。
しかし、長く会社として存続し続ける事は簡単なことではありません。
 
やりたいことがあるから自分で会社を立ち上げたい、既存の組織に縛られず自由にやりたい。自由に金儲けをして自分で稼いだ分は自分が得たい。
起業家の中にはこんなことを考えて起業する人も多いでしょう。
 
しかし、経営者が目の前のやりたいことや利益を追っているだけでは、結局企業は長くは続きません。
ある程度会社という体をなし、ビジネスをし続けるとなれば、常に社会に対して必要とされる会社であり続けなければならないのです。
 
社会貢献をする企業が生き残る企業といった綺麗事をいうつもりもありませんが、社会に対して必要なサービス、魅力的な商品を提供し続けられる企業、社員に対しても安心できる経営、やりがいのある仕事が提供し続けられる企業、内外にそんな魅力を発信し続けられる企業でなければ長く存続することはできないでしょう。
 
 
10年くらい前のことでしょうか。創業者であり現会長の西尾が採用サイトの会社に経営トップとしてのインタビューを受けた時のこと。
「御社が安定的に成長できている要因は何だと思いますか?」と聞かれた西尾はこう答えました。
「安定的に成長しようと思ってやってきたわけじゃない。社会に求められていると思う事業をやってきただけ。業績が伸びない、利益が出なくなるということは社会に必要とされていないということ。そんな会社だったら潰れたっていいと思ってるんだよね。」
人事として同席していた私はさすがに「いやいやちょっと待って下さい・・・。」とは言ったものの、内心とても誇らしく嬉しい気持ちになったのを覚えています。
 
西尾のこの姿勢こそ企業が存続する意義であり、そのために企業は常に社会に必要とされることを提供し続けなければいけない。
社会が変化すれば必要に応じて企業も変化し続けなければならないということです。
企業はただ組織として存続するためにあるのではなく、社会にとって必要とされ続けた結果として存続するものであるのだと思うのです。
 
これからの10年、20年、社会は大きく変わっていくでしょうが、私たちも「そんな会社なら潰れてもいい」と言われないよう、社会に必要とされ続ける会社であるために、変化と成長を続けなければならない。
新しい元号をまもなく迎える30周年の年を機会に、あらためてそう思っています。
日本のダイバーシティ・マネジメントは、どう変わったか
中岡 祐子
2019/03/03
弊社も創立30周年ということで、30年前の女性の活躍について、振り返りたいと思います。

30年前というと1989年であり、男女雇用機会均等法(86年施行)の直後です。私が社会人に
なったのは92年であり、多少誤差はあるものの、組織における女性に対する考え方はそんな
に大きく違わないと思います。労働省(当時)の調査によれば、男女雇用機会均等法以降、
一部上場1054社の大卒採用では「男女不問」が7割を超えたそうです。
ここだけ見れば門戸は広く感じますし、就活全体の雰囲気も女性に対して積極的でした。
「どこかの企業には受かるだろう」当時、まだ女性差別などを知らなかった九州在住の私は、
楽観的に構えていました。まずは、地元の一部上場企業に採用に関する電話をかけました。
すると採用担当の方から「弊社では、総合職の女性採用は行っておりません」と言われたの
です。強烈なカウンターパンチを食らいました。

気を取り直して就職雑誌をひも解き、女性総合職の採用数字を見ていきます。男女不問が7割
とはいえ、一社当たりの女性総合職の数は極めて少なく、勤務地も本社に限るところがほとん
どです。また女子寮等がないところが多かったので、九州にいる私が現実的に狙える企業は、
両手で数えたら指が余るくらいでした。ちなみに今なら中小企業の情報もネットでとれます
が、当時は紙が主体なので難しかったのです。運よく縁があった会社は事業部全体で総合職の
新入社員117人、うち女性総合職は7人という少なさでした。

それでも入社時研修を終え、私は働くことに期待をしていました。しかし、配属後すぐに、
違和感を感じます。営業として採用されましたが、同職種の先輩たち(男性のみ)は、誰も
私をOJTに連れて行ってくれません。その代わり、郵便当番やお茶当番はしっかり回って
きました(男性の同期には回ってきません)。そして現場に行けば、先方に「女とは名刺交
換しない」と言われ、さんざんな目に遭いました。会議や研修など、男性なら参加が当たり
前のものにも、女性である自分は呼ばれるのだろうかと、いつもビクビクしていました。
「女性総合職というのは表面上の話。実際の現場は差別だらけだ」と思っていました。
それが「アンコンシャス・バイアス」と呼ばれるものだと気が付いたのは、つい最近のことです。

それでも持ち前の負けず嫌いで食いついていったところ、徐々に仕事は増えていきました。深
夜残業は当たり前。昼食も10分で済ませ仕事。当時、男性社員と変わらない早さで食事をする
私は、社食でも有名だったそうです。サービスマンが間に合わない現場では、自分で電気ドリ
ルなどを持ち込み、作業をしていました。休日は上司と一緒にハンダコテで部品の製作(営業で
そこまでする人はいません)。私は「女性だから」と言われないように必死でした。

「ダイバーシティのマネジメントパラダイム」(『ダイバーシティ・マネジメント』谷口真美、
2005)の抵抗→同化→尊重→分離→統合の段階の中で、当時の私の状況は第2段階の「同化」に
当たります。仕組み(男性の働き方)を変えずに違い(女性)を受け入れるという段階です。
つまり、女性が認められるためには、男性並み、またはそれ以上にやって、やっと同じスター
トラインに立てるのです。お子さんがいらっしゃる方には難しいでしょう。現に、当時の女性
は結婚や出産で退職するのが当り前でした。

それから30年近く経ち、年号も昭和から平成になり、また変わろうとしているのに、まだ日本は
「女性活躍」が課題です。表立った差別はないにしろ、アンコンシャス・バイアスはしっかり健
在で、育児は女性の担当、営業や管理職は男性の役回りで、女性はサポート的立場に余儀なくさ
れている組織も散見します。
とはいえ、牛の歩みながら確実に前進はしています。当社の営業の6割は女性です。彼女たちは男
性と変わらずに教育や機会が与えられているため、女性差別が実感としてないようです。ありが
たいことに出先で差別的な扱いをされることもありません。子供がいても営業を続けますし、営
業の合間のランチも息抜きできているでしょう。昔の話をすると「へえ」という顔をされます。
ダイバーシティの実現に関しては、まだ道半ばですが、ふりかえるとしっかりとした道筋はでき
ています。
時代は確実に進んでいます。進みが遅いことにネガティブになりすぎず、未来志向でやっていき
たいと思います。

読書会に想う
綱島
2019/02/24
最近、身の回りで読書会が企画されることが増えてきた。
 
つい先日も社内で組織開発に関する著作について有志の読書会企画があり、私も参加してみたばかりだ。読書会の最中、こんなふうに読書会で発言したり、要約をまとめたり、そして時には企画したりするようになったのは、一体いつ頃からだったろうかと記憶を辿っていた。
 
それは学生時代に遡る。当時は人文書や社会科学の専門書を扱って、毎週のように友人たちと読書会を重ねていた(みんな元気だろうか?)。読書会当日には、それぞれがまとめた「レジュメ」と呼ばれる要約を持参して集まった(なぜレジュメは「切る」と言っていたのだろう?)。大抵遅刻して登場するメンバーは決まっていて、時間通りに始まることは少なかった。しかし一度始まってしまえば、疑問に思った点や新しい発見を論点として、時を忘れていつまでも議論を続けたものだった。気が付けば半日以上が過ぎていて、明るかった空もすっかり暮れてしまっていることもしばしばだった。
 
学生時代のことである。ファッションを楽しんだり、テーマパークでデートをしたり、お酒を浴びるように飲んだり、もっと華やかで若者らしい時間の使い道もあったのではないだろうか。今となれば疑問も多いのだが、当時の私にとってあんなに楽しかった時間は他になかった(もしかしたらとても暗い学生生活だったのかもしれない)。
 
その後、労働組合の活動支援を専門にするという変わった会社で働くようになって、もう約10年が過ぎる。この間、さすがに半日近くかかる読書会に顔を出す機会は限られるようになった。全く無くなったと言ってもいい。しかし、それでも詩や小説など文学作品を題材にした比較的短い時間の読書会には、今でも継続的に参加している。多い時では毎月、少ない時でも2、3ヶ月に一度くらいの頻度で参加していると思う。ここに最近では社内有志による読書会も加わった。

もちろん本など一人で読めばいいのだ。実際、ほとんどの本は一人で読んでいる。読書会ともなれば、分かっていないことでも分かったような顔をするために見栄も張らなければならない。やってみればわかるのだが、実は知ったかぶりというものは手間暇がかかる。上手に知ったかぶりをするためにも準備は必要で、読んだことのない本を読んだふりをするために別の本を読むという本末転倒なことをする。そんな馬鹿馬鹿しいことに時間を使ってまで、なぜ読書会などというものに参加をするのだろうか。それは読書会という時間と場所でしか得られないものがあるからだ。
 
単純にいえば、それは「あ、それわかる!」という共感と「え、そんな読み方もあるの?」という発見の2点に集約できるだろう。たった一人で著作と向かい合う孤独な時間の内面世界で感じ取られた感動を見ず知らずの他者と共感できることに尊さがある。内面に秘められた感情を共有することで、家族よりも近しい親近感を抱くことさえある。また、一人で著作を読んでいる時には思いもよらなかった読み方に出会って、著作のみならず世界の見え方そのものが変わってしまいそうになることもある。こうした共感と発見の繰り返しが人生を豊かなものにする。もしかしたら、似たような経験は他の場所でもできるのかもしれない。私の場合はたまたまそれが読書会だったということなのだろう。
 
例えば、労働組合の活動も共感と発見の連続なのかもしれない。同じ会社に勤めながら自分と同じように感じている人がいると知るだけで、人は励まされることがある。また、同じ会社に勤めながら自分とは全く異なる景色を見ている人がいると知るだけで、人は自らを反省することがある。こうした共感と発見が健全に機能しているだけで、人は組織に対して絶望までしなくとも済むことは多いはずだ。こうした発見と共感の場所を労働組合は「職場会」「研修会」「委員会」と名付けているのかもしれない。しかし、実体はどうだろうか。読書会は他人の朗読を聞き、朗読が終わったら帰るような場所ではない。読書会はそれぞれの読みを共有し、共感と発見を交錯させる対話の場である。決定事項や伝達事項を読み上げて、読み上げが終わったら解散する。そして、誰も発言しない。そんな労働組合の会議も多いと聞く。会社も労働組合もそして職場も、分厚い書物のようなものだ。そして、それは時に難解でさえある。たった一人で向かいあって頭を悩ませて見ても、歯が立つ相手ではない場合もある。ありがちな言葉でいえば、「もっと対話を」ということになる。

そんなことをざっくばらんに語り合ってみたくて、労働組合の役員の方々と小さな読書会でも開いて見ようかと最近は妄想している(名古屋近郊の方でご興味のある方はご連絡下さい)。
しかし、今はそれどころではない。次の読書会に向けて準備をしなければならない。
明日に控えているというのに、課題図書をまだ一頁も開いていないのだ。
上部団体の教育担当者会議でのおはなし
伊東
2019/02/17
1月末に、上部団体の教育担当者の皆さんにお話させていただく機会を頂戴した。
一部だがその内容を紹介したい。

入社以来、組合役員の皆さんとさまざまなお話している。

テーマもさまざまで、労使関係の話、広報活動、働き方改革、人材育成など。ありとあらゆる業種、地域で、延べ人数で2,000人以上と会ってきた。

最近は、地方連合や地域協議会にも伺うことがある。47あるうち半分以上は回り、会長、事務局長、副事務局長とお話ししている。
産別では、中央の本部もそうだが、県支部や県本部、県地協、地方連絡会、県協議会など数多く訪問している。

どういうお話を聞けるのか、いつも楽しみにしているが、そこで感じたこと、発見したことが一つある。
それは意外と皆さん同じお悩みなんだな、ということである。場所も、業界も違うのに…ということがある。

それは「労働組合が関わる3つの階層における課題」というかたちで集約される、と私は感じた。

まず「内」、身内とした組合役員は専従役員が減少しているところもあれば、そのうえ成り手がなかなか見つからず困っている。
そして組織の「中」にいる組合員はひと言でいうと組合から離れている。
さらに「外」にいる未組織の方々に対しては組織化アプローチを続けているが、なかなか難しく、2018年の組織率は17%と低い。
日本全体で見るとこのような状況だが、ではどこが最も問題なのか、というと「中」にあると捉えている。


それは労働組合と組合員の考え方にギャップがある、ということである。
ご存知の通り、労働組合の存在目的は「労働条件の維持改善、その他経済的地位の向上を図る」ことである。

しかし労働組合法が制定された1945年と比べて私たちの生活は経済的に豊かになり、圧倒的に整備された労働環境に居る。

もちろんまだまだ問題はあるが、70年前と比べてしまうと前述の存在目的に結集しにくい時代がやってきている。

組合員も多様化し、さまざまな趣味やライフスタイルを持つようになった現代において、
労働組合の「賃金労働条件その他経済的地位の向上を図る」という目的を、組合員が身近に感じにくくなってきた。
つまり環境が変化した。これはすべての構成組織、地方に共通する状況といえる。

そして「環境変化」という課題が共通しているということは、それに対する解決策も似てくる。教育でいうと「研修テーマ」である。

j.unionは年間で1,200回もの研修を実施しているが、産業や場所が全く異なるのに同じテーマで研修を実施することが非常に多い。
講師によっては、2日連続で同じ研修を全く違う場所で、全く違う業種で実施することも珍しくない。

では私たちはどうすれば良いのかというと、ひと言で表現すると情報を共有をし合うことだと思う。
隣の事業所で、どういう研修をしているか知っているだろうか?
上のフロアにある別の業種の会社で、いつ、どこで、どんな講師を呼んで、どういうテーマで研修をしているか、知っているだろうか?

もし似たような内容、時期、場所であれば乗り合い研修が実施でき、効率化も図れるかもしれない。
たとえば電機連合傘下の組織の研修に、情報労連傘下の役員が参加しても良い。大いに刺激があることだろう。

特に異業種交流は今のトレンドでもあり、昨今頻繁に企画されており、
地方にある大手組織が主導する場合においては、人材育成の機会を提供するという意味で地域への貢献にもなる。

工夫次第で、私たちが既に実施している、いまある研修の価値をより高めることができるのではないか。
繰り返しになってしまうが、わたしたちはもっと分かりあう必要があるのでは、ということである。

自分と向き合う時間が、仕事も人生も楽しく豊かなものにしてくれる
加藤瞳
2019/02/10

去年からヨガを始め、もう半年くらいになります。
ヨガというと柔軟性を高めるものというイメージが強いですよね。たしかに私も体が柔らかくなり、前屈では床に指先が届かず空中で手がぶらぶらしている状態だったのが今では手のひらの全面がつくまでになりました。柔軟性だけではなくヨガは瞑想によって今の自分と向き合う、心が穏やかになる、思考が整理される時間でもあります。
私たちは日々情報過多の中で思考を巡らせ選択に迫られているので、ぼーっとしているようでも目を開けているだけで携帯やテレビ、街中に出ている広告、周囲の会話など入ってくる情報は多く、私たちの頭は常にフル稼働な状態です。んな毎日なので、仕事、家事、中には休日の遊びにまで追い立てられて心に余裕のない日常を送っている人もいるのではないでしょうか。

最近よく言われている「働き方改革」でも自分と向き合う時間がカギになってくるのではないかと私は考えています。「働き方改革」の中でも個人がタイムマネジメント能力を高め、仕事を上手にさばいていくうえでカギになるということです。具体的に言うと、今日の仕事、今週の仕事(欲を言えば翌週以降の仕事)を棚卸しして、自分の作業の全体を把握してから作業に着手するということです。
タイムマネジメント研修でよく直面するのが、「忙しいから残業しないで帰れるわけがない」」「日々、突発業務に追われて1日が予定通りに進まない」と言っている人ほど、今日1日の作業内容を把握しないまま、とりあえず目についた仕事から始めてしまっています。そういう方に、5分間で今日以降の作業を書き出してもらうと23つしか書けず、でもいろいろとやることはあって書ききれないとおっしゃいます。自分の仕事の全体がわかっていないと、今日どれくらいの時間がかかるのか、間に合わないなら誰に頼めば良いのか、誰にいつ頼んだら効率的か、今日以降の先々の作業にどんなことがあるか、どれを優先的に対応したら良いか…といったことが判断できないのです。

業務が多くなるほど頭がパンクして目の前のものから処理してしまうのもよくわかります。
忙しくて余裕のない時ほど、仕事を始める前に510分自分自身と向き合い、仕事を整理したり考えたりする「仕事の棚卸し」時間を設けてほしいのです。

多くの方は、自分と向き合う時間は意識をしないと作れない状況にあるのではないかと思います。
日々の忙しさに忙殺されず、仕事も含めた日常を楽しく豊かに生きていくために、少しそのような時間を設けてみませんか。

Win-Winの戦略的交渉術
大川 守
2019/02/03
バブル崩壊以降、空前の人材不足が叫ばれる昨今、プロフェッショナルな人材を確保・獲得したいという
企業ニーズは高まっている。転職市場の求人情報では「人材のインフレ」を感じさせるものが溢れている。
ここ20年来の春闘の潮目は確実に変化しつつあると筆者は考えている。


今、改めてWin-Winの重要性を考える

ビジネスにおける交渉では、自分と相手の双方の利益を考えて折衝することが基本中の基本である。例えば
あなたが営業(販売)担当者であれば、顧客(お客様)に対して、できるだけ有利な条件で売りたいと考え
るのは当然のことだ。値段なら高額で、無理のない納期・納品形態で、通常の品質で取り引きが成立すれば
自社の利益が増えるからだ。反対に、あなたが購買(仕入れ)担当者であればどうだろうか。サプライヤー
(供給会社)に対して少しでも安く、迅速かつ安定的に、高品質な商品の供給を期待することだろう。その
ほうが自社の粗利益が上がり、生産・販売でも有利になるから当然のことだ。
このように違う立場の利害関係者が、交渉の場でそれぞれ自分の主張だけをぶつけ合い相手の利益を考えな
ければ、交渉は成立せず、そればかりか信頼関係が築けずに関係自体終わってしまうことだろう。


利益と譲歩の交換

前述の利害関係において、例えば納入価格だけが争点になっているとしよう。購買担当者が「毎月10点注文す
るから見積り単価10万円、月額100万円のところ90万円に値引きしてほしい」と要望したとする。営業担当者は
「単価9万円では当社の利益は残らないので、せめて9万5千円、毎月10点で95万円ではいかがでしょうか?」。
このように10万円と9万円で主張が分かれた場合、間を取って9万5千円にするという交渉は確かに存在する。仕
入れる側は原価を落とすと利益が生まれるし、供給する側は安定受注により営業の手間が省力化でき、工場の
稼働や仕入れ発注量が安定すると利益が生まれる。つまり利益の交換が成立するのだ。それと同時に双方とも
に当初の希望から見たら「譲歩」の交換にも成功しているといえる。しかし世の中の交渉は、こんなに単純な
ものばかりではない。例えば資金に余裕のない会社が売り手なら、支払い条件を見直し手形から現金払いにす
ることで「9万円」でも交渉が成立するかもしれない。逆に売り手が供給する商品の品質に優位性があり販売先
も複数ある場合、発注金額で納品先の優先順位を決めることで「10万円」の販売希望単価が維持されるかもし
れない。この場合も短期資金調達という利益と高品質商品の安定調達という利益およびそれぞれの譲歩を交換
できている訳である。つまり当初と違う「交渉のカード」を持ち出すことで着地点も変化する場合があるのだ。


労使交渉における戦略的交渉術とは

Give & Takeの交渉をWinーWinに進めるためには、自分たちが相手から得たいもの(Take)に優先して相手が自
分たちから得たいもの(自分たちが提供するもの=Give)を研究し「交渉のカード」として準備する必要がある。
労使交渉でいえば要求案をまとめ上げることばかりに時間とエネルギーを割いて、経営側が従業員、労働組合に
期待していることを理解できていないと労使対等の立場で交渉は進められない。したがって経営側の「労働組合
に対するニーズやウォンツ」をつかみ、「交渉カード」として提供できるか否かが重要なのだ。


経営側の顕在ニーズと潜在ニーズ

常に意識され、言葉に出されるものは「顕在ニーズ」であり、本人たちも明確に意識していないか、あるいは意
図的に言葉にしていないものが「潜在ニーズ」だと定義しよう。戦略的に労使交渉に臨むのであれば、経営側の
「潜在ニーズ」を探りだし、できるだけ経営側に語らせ意識させることが最も重要だ。その意味では春闘・秋闘
時期だけでなく、通年の労使協議会や労使懇談会などが情報収集の絶好の「場」となるであろう。
「潜在化されたニーズ・ウォンツ」を引き出す一番のコツは相手の立場で考えること。つまりあなた自身が経営
者の立場で従業員に何を期待するか想像してみていただきたい。
はたして経営者として従業員は期待通りの働き方をしているか? 成果をあげているか? さらにいえば表情や
態度はどうか?
もし、経営者の立場で考えて「改善要求」が思い当たれば、それこそが潜在ニーズであり有力な「交渉カード」
ではなかろうか。
例えば、「働き方改革」の推進を労使で合意しているのであれば、部門ごと、職種ごと、職場ごとに「どのよう
な働き方を目指したいのか」を明らかにし、それに向けた具体的な取り組みを全組合員が主体的に進めていくこ
とが求められるであろう。
■お互いを知り、違いを認める
細越 徹夫
2019/01/27
 j.unionが毎月発行しているメールマガジンの中に『ゴボウ男子の育児日記
』という連載コーナーがある。ご愛読の方もいらっしゃるだろう。
弊社の育休中の男性社員がその日常を育児を通じて新たな発見や感じたことを
レポートするユニークなエッセイである。
自社の社員の記事を褒めるようで恐縮だが、私はこの連載記事の大ファンであ
る。本人を知っているだけに、今回はどんな発見があったのだろう、今回は
彼のどういう「当たり前」が覆されたのだろうと、ワクワクしながら読んでいる。

今年最初に届いた2019年1月11日号の記事は、いつもにも増して、楽しく考え
させられる内容だった。今回の話題の中心は、「優しさとは」というもの。
彼自身が考えていた優しさと、奥さんの考える優しさの違いを、短い夫婦間の
描写の中で綴っている。~うわべだけの『優しさ風味』~というフレーズの件
は、昔、自分にも似たような場面に出くわしたことがあったなぁ、などと思い
起こしつつ読んだ。相手への好意の行動も、心がこもっていなければ、人は
すぐ見透かして敏感に事の真意を感じ取るものなのだと改めて自戒念を抱いた。
人間ってなんて奥深い動物なんだろう。
ご興味のある方は▼下記ブログでも読めます♪
 https://j-union.com/-/9up/nlog/viewer/view.php?ID=1640

先日、趣味で行っている野菜づくりに実家の畑に出かけた。家内が言うには我
が家のレジャーは、畑仕事なのだそうだ。お金もかからないし、運動にもなる。
しかも、おいしい野菜が食べれる。というのが口癖である。
今の時期は収穫も種蒔もできないので、収穫し忘れた菜花の芽を摘んだり、雑
草取りを行っていた。
すると、30分も経たぬ間に近所のおばさま方に声をかけられお茶に招かれた。
庭に積んであるビールケースを並べ、その上に板を乗せ簡易テーブルをつくる。
その周りにビールケースを並べ椅子代わりに腰かけ、漬物やお菓子をつつきな
がら青空の下でお茶会の始まりである。
古くからの農家が多い実家の周りでさえ、最近は何かきっかけがないと一堂に
会して話すこともなくなった。週末に現れる我々二人の来訪が良いきっかけな
のかもしれない。はじめてお目にかかる方も一緒になって、他愛もない会話が
延々と続く。
「昔わねぇーこういうの、どこでもあったんだがねぇ」
「この辺りも新しい人や外国の人も増えて、だれが何やっとるかもさっぱりわ
からんし・・・」

家内はこういう関係が煩わしく実家を出たという。初めのうちはいいけれど、
だんだんお互いのことや隣近所の関係などが分かってくると、それはそれで大
変なのだと...
とは言え、私にとってはとても新鮮。相手のことが分からなくては何も始まら
ない。相手と話をすることで、お互いの警戒心も和らぎ打ち解けていく。不思
議なものである。昔からこうして地域や社会といった様々なコミュニティでは、
お互いのことを知る場やつながりのできる工夫を続けてきたのだろう。

いま日本社会はひとり一人の個性を尊重する土台の上に成り立っている。
その個性とは「変化と多様性」の象徴ともいえる。当然、個性が集まれば違いも
激しくなる。男女間での意識ギャップもあれば、外国人との文化ギャップもある。
そもそも、個人レベルで考えれば価値観の違いもあれば、考え方の違いもある。
まともに、これが常識と自分の常識を一方的に相手にぶつけてしまえば喧嘩に
もなる。だからといって、相手の価値観や考え方を全面的に受け入れるという
のも釈然としないことがある。どちらか一方が正しいというのも違っている。
それぞれに「正」があるからだ。

大切なことは、自分と違う価値観や考え方をどう持っているのか、違った考え
方がある一方で、それに対して自分はどういう立ち位置であればいいのかそれ
を考えることである。
だからこそ、「お互いを知る」ということが、人と人との関わりの中で真っ先
に大切なことなのだと思う。
そして、忘れてはいけないのは、敬意をもって接する「心の姿勢」である。


組合活動の原点は職場にあり
渡邉祐
2019/01/20
「ウチの組合員はいつも他責で他人事。どうしたら自分事として考え、主体的に行動してくれるのだろうか?」

日々、様々な組合様へお伺いさせていただいておりますが、このようなお悩みをよく聞きます。

組合活動に限らず、日常業務においても同様かと思いますが、主体性が生まれない要因として以下のようなことが考えられないでしょうか。

 □あらゆる取り組みの実施背景(なぜ)が正しく理解されていない
 □物事の決定プロセスに自分自身が関与していない
 □取り組みを牽引する職場のリーダーが不在である

例えば、労使で取り組んでいる働き方改革の取り組みにおいても、取り組みの必要性は理解しているものの、いざ取り組みを推進しようとすると自分事として行動するのは、一部の人間のみというのが現状です。
長時間労働の是正や有給休暇の取得促進など、多くの取り組みにおいて「なぜこれらの取り組みが行われているのか」「取り組みの先に何を見据えているのか」が理解されていないことや、自分自身が取り組むことなのに、その「決定プロセスに自らが関与していない」ことなどが原因となり、結果、トップダウンで降りてくる「業務」として認識されています。当然、現場の組合員には「やらされ感」が生まれ、うまくいかないとその原因を他人に求めるようになります。

これでは、どんなに良い取り組みであっても目指す理想の姿を実現することはできません。

まず認識すべきことは、自身が描く理想の状態は誰かが実現してくれるものではなく、働きやすい職場をつくるのも、働きがいを高めるのも、その起点はすべて自分自身にあるいうことです。
昨今、労働組合は自分たちのために活動している組織であり、声を挙げる=要求(不平不満)を伝える相手と認識している組合員が増えてきたように感じます。本来、労働組合とは組合員一人ひとりのものであり、組合活動とは組合員全員で行うもののはずですが、どうしても他責の感情から脱却できないのです。
そのような意識が定着してしまっている組合員をすぐに変えることは難しいかもしれません。だからこそ、労働組合は日々現場に足を運び、組合員とコミュニケーションをとることで相互理解を深め、信頼関係を構築しているのだと思います。

組合員の不平不満の根源は、賃金・一時金の高低などではなく、自分の意見が職場運営に反映されていると感じられるかどうかだと思います。建設的な意見を述べてもそれが聞き入れられていないと感じた瞬間に、自分は必要とされていないと感じ主体性は一気に低下します。この自己重要感を高めるための取り組みこそが労働組合が行う対話活動(世話役活動)ではないでしょうか。

日々の対話にて経営の考えを組合員感情にあわせてわかりやすく変換し伝えていくこと、そして、何をどのように行うかを自分たちで考える場を提供することで、その取り組み自体を支援することが労働組合の役割であり、取り組みによって得られる小さな成果・変化を見える化させることで、承認・称賛の機会を与えていくことが、活動の継続性と組合員の主体性向上につながると考えます。

労働組合だからこそできること。それは、業務改善ではなく、風土づくり。
労働組合の強みを活かし、現場を牽引する強いリーダーを育成していくことの必要性を改めて感じるとともに、人の成長は活動を通じてしか得られないのではないかと思います。

私たちはこれからも職場を起点とした組合活動をご支援していきたいと思います。