鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

儲けはポケットに損失は社会に[2]~税金の投入と国民感情~-vol.23-
鈴木 勝利 顧問
2009/10/10
 「経済」の語源をインターネットで調べてみたら、中国の古典で隋代の王通による「文中子」の「経世済民(けいせいさいみん)」の言葉が出処であると出た。「経世」とは世を治める意味なので、現代風にいえば「国を治める」のだから「経国(けいこく)」といえる。「済民」は「民を救う」という意で、「国を治め、民を救う」ということになる。すでに江戸時代の学者間で「経済」という用語が使われていたというから、やはり政治政策の意味に用いられていたようだ。やがて経済運営の意味で使われるようになり、明治時代に「economy(エコノミー)」という外来語の訳語として「経済」が選ばれたとある。こうしてみると「経済」という言葉は経済運営という意味を持ちつつも、本来は「国民のための経済運営」を指す言葉であり、意味深い熟語といえよう。

 社会を構成する中心にいる人間の業の深さなのだろうか、「国民を救う」べき経済が、人間の欲望の手段と化すのには多くの時間を必要としなかった。もちろん人間に本能ともいうべき欲望があったればこそ、経済社会の発展や文明の進歩がはかられたのだから、欲望そのものは否定できないが、しかし自ずから限度があると考えるのが常識であろう。

 今回の世界大不況を招いたカジノ経済に対して放たれた、アメリカ人経済学者の「儲けはポケットに、損失は社会に」の言は、まさに的を得た表現と同感する人は多い。

 今回の大不況に直面して世界各国は、G7やG20などの会議を頻繁に開催し、国際間の協調を図りつつ景気回復に躍起なのは当然としても、「もう底を打った」とか「回復への兆しが見えた」とか言うに至っては、いささか緊張感のない軽佻浮薄の感は免れない。根拠のない楽観論によって誤った政策をとれば、日本経済は取り返しのつかない泥沼に陥りかねないのだから。泥沼化した経済のもとで呻吟するのはやはり働く人々なのだから。

 カジノ経済に限らず、お金という代物は巷間いわれるように「持っている人」に「吸い寄せられる」。お金とはささやかな生活をしている庶民には寄ってこない。将来の生活に不安を抱える庶民にとって、多少の蓄えと思って投資に走っても、数倍、数百倍に及ぶ投資を繰り返す投資家に比して、リターンはわずかなものでしかない。1929年の世界恐慌においても、自らの投機によって株式市場をバブルにまみれさせた大口投資の専門家は、逸早く撤退して被害を最小限に抑えた。株券が単なる紙切れになり、大損して自殺者まで出したのは何も分からずに踊らされた大衆であったことを忘れてはならない。それにしてもその時に危機を察知して他人より早く撤退したケネディ家の子どもが、のちのアメリカ大統領になるのもいかにもアメリカらしい。日本古来の諺「身の程を知る」は、私たちサラリーマンにとっていつも言い聞かせておく言葉のようだ。

 景気楽観論の中で目につくのは特別な業種の特別な業態で業績を伸ばしている企業の紹介である。とくに不景気ゆえに価格競争の面から取り上げるニュースが多い。

 インフレが現金生活者に不利に働くのはわかりやすい。前々々号でふれた宮田春闘の誕生も、インフレ対策が目的であった。物価が10%上がった時、いま100円で買える品物が明日は110円になってしまう。給与(現金)生活者である私たちは、今持っている1000円が以前の90%の価値しかもっていないことになる。1100円なければ同じものが買えないのだ。

 インフレは現金生活者に不利を与えても、有利になる人もいる。借金を抱えている人だ。インフレは物価が上がるのだから、企業にとっては売り上げが増加、また余程のことがない限り労働組合によって賃上げ、すなわち個人の収入も増える。一方、物価が上がっても借金の額はそのままである。1000円の借金は1000円のままで返済金額も変わらない。ところがインフレによって企業収益は増額になるし私たちの給与も増える。収入が増え、借金の返済金額が変わらなければ、収入に対する借金の比率が下がるから有利だ。生活は相対的に楽になる。つまり、インフレで得をするのは借金をしている人となる。借金をしているサラリーマン個人でもそうだが多寡が知れている。もっと借金をしているのは企業だ、いや、もっと借金をしている人がいる。膨大な借金をしているのが国だ。ここでハッキリする。インフレは借金をしている企業や国を有利にし、現金だけで生活している者に不利益をもたらす。労働者にとってインフレ防止は至上命題でもあるのだ。だから宮田春闘が意味を持っていたのである。ついでにいえば、資産を持っている人は、資産も値上がりするから損はしない。結局は現金で生活している労働者が一番被害を受けるのである。

 ではデフレはどうか。物価が下がるのだから現金生活者には一見有利になりそうである。支出を抑えるために安売り大歓迎である。でもチョット考えてみよう。経営者にとって売値が下がったら収入が減るから対策を立てなければならない。コスト削減である。効率化を図ったり生産性を上げるなどの対策で済むうちはいいのだが、昨今の経営手法から推測すれば、従業員の処遇の切り下げや人員削減に安易に手をつけかねない。なんのことはない、私たちは従業員へのしわ寄せによって安い商品を手にしているのだ。そして行き着くところは一つ、最後には企業の存続さえおぼつかなくなり、倒産イコール従業員の解雇という悲劇を招く。デフレは消費者にやさしく、一時的には歓迎されるものの、まわりまわってやはり雇用労働者が最大の被害者になってしまう。

 デフレは企業競争における消耗戦といえる。生活給付金などのバラまきによって未曾有の借金(08年度末で846兆円、国民一人当り663万円になる。2009年3月末には924兆円、実に一人当たり724万円に達する。政府は消費税の値上げを明言しているから、生活給付金を貰って喜んでもすぐに税金で払うことになる)を抱えた日本で、間違いのない景気対策を立てられる政党はどこなのか。民主党への期待はいやが上にも大きくなる。戦後60年におよぶ経済成長頼みの税収増を、政・官・業癒着構造の中でハコ物建設に費やし、国民生活を二の次にした経済政策によって溜まったウミはあまりにも多い。ウミを出し切り、新たな経済政策を打ち立てるのには想像を超える努力が要るだろうし、私たちも時には耐えなければならないこともあるに違いない。

 政権与党を支持する立場になった労働組合は、今まで以上にその一挙一動が社会の厳しい目にさらされるのだから、メンバーズクラブに堕することなく、今こそ国民全体の利益を考え、社会的責任を果たす運動を作り上げていかなければならない。



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