鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

天動説と地動説~迷いなき組合リーダーの信念を~-vol.24-
鈴木 勝利 顧問
2009/11/10
 2010年の春闘に向けて連合の基本方針が明らかにされた。環境変化に対応して、ベース・アップを見送り格差問題(正規・非正規、男女)や最低賃金をめぐる社会的セーフティネットの確立に力を注ぐという。古賀新会長のスタートにふさわしい、まさに時宜を得、正鵠を射た方針といえる。

 春闘要求を話し合う時期を迎えて、組合のリーダーとして持つべき不変の信念について思いをはせる。組合リーダーの不変の信念とは、組合員の「雇用と生活」を第一義に考えると同時に、会社生活や家庭生活における「生き甲斐」「働き甲斐」を見出すことにある。

 激変する経済環境、産業環境、そして企業経営の環境。必ずしも適切な例示ではないが、かつて太陽が地球を回ると信じられていた天動説が、人々の英知によって解き明かされ、地動説が確立されたのと同じように、組合運動も時代の変化や組合員の意識の変化に応じて新しい理念が確立されなければならない。敗戦直後の日本は荒廃した経済社会から、やがて世界から驚異の目で賞賛され「奇跡の復興」とまで称された。そして次には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と絶賛される時期さえあった。

 団塊の世代が会社に入社するときには、右肩上がりの経済成長、その牽引役としての製造業は、目を見張る成長を遂げてきた。そして明日の糧さえおぼつかなかった生活から格段の生活水準の向上を成し遂げた時、経済環境は激変を迎え、潜在成長率をもってしても2~3%の予測にしか達せず、成長を支えた大量生産の製造能力は発展途上国にとって代わられつつある。
 
 いまや時代は過去の成功に縛られることなく、新たな時代に対応したシステムや考え方が必要になっているのである。ちょうど天動説が否定され、地動説に立たなければならない時代に入ったのと同じよう。

 天動説の時代には有効であった理論・思考方法・価値観・システムは、ことごとくといってよいほど有効性を失いつつある。いまや地動説の時代が迎えているにも関わらず、あいも変わらず天動説を前提にしたシステムを信じてやまない、あるいは天動説が居心地がよいと拘りつづけるならば、経済のグローバル化や発展途上国との熾烈な競争に対応できないのは無論のこと、その結果は、組合員の「雇用と生活」を悲惨な状況に陥れることになるに違いない。

 一度会社に入社さえすれば、年功序列型の処遇制度のもとで、毎年一年に一歳加齢するに従い賃金ベースの引上げが図られ、賃金は上がりつづける。よほど大きな過ちがなければ50歳、55歳、60歳と、定年までは無事に努められる。経済が右肩上がりで伸びていく。会社も毎年売上を伸ばし利益をあげ、賃金の引き上げに伴う費用も吸収し続けることができた。

 春闘と呼ばれる労働組合の努力は、賃金の引き上げを可能にしてきた条件によって報われてきた。賃金の引き上げを可能にしてきた条件とは?いったいどういうものだったのか、そして現在はどうなのか、これからどうなっていくのか、冷静に分析しなければならない。

 第一に挙げなければならないのは、国の経済成長率の高さであった。成長が自己目的化してしまったために今の環境破壊につながったという指摘はあったにしても、戦後の日本の経済成長率は驚異的であった。1950年代半ばからの高度成長期、15年間にわたって年率10%の成長を記録した。国の経済が成長すれば国民生活の向上をはかるのはいずこの国でも同様だ。だから各国とも経済成長を上げるのに躍起になるのである。日本は高度成長によって貧しさからの脱出をはかってきた。経済成長を支えているのは産業・企業の成長である。毎年10%も成長を続けてこられたのである。売り上げや利益が伸びていけば、春の労使交渉によって賃金が引き上げられ、企業にとってコストが増加しても翌年の業績の向上によって吸収できる。賃金を上げてコスト
が増えても企業経営は揺るがないのだ。

 今後の成長率は、よくて2~3%程度の低成長率時代ということになれば、賃上げを可能にしてきた第一の条件が成り立たないのである。

 二つ目に物価の動向がある。経済の成長期の多くはインフレの傾向を持つ。企業の売り上げが伸びるのは消費が盛んであることによる。作れば売れるという買い手が多ければ物価は当然上昇をつづける。インフレは組合員の生活を実質的には引き下げるから、賃上げ要求の有力な論拠になる。

 マイナス成長、あるいは低成長時代の物価はインフレにはなりにくい。現在のようにデフレになれば、賃上げ要求の根拠の一つを失ってしまう。

 三つ目は雇用動向だ。高度成長期には企業は働き手を採用しなければならない。人手が足りなければ労働者にとって有利になる。俗にいう売り手市場だ。処遇条件をあげて一人でも多くの人を採用しなければ企業の発展は図れないということだ。

 今の日本の雇用の状況は、就業者で増えているのはパートや派遣労働者の非正規社員が中心で、それにもかかわらず5%台の高失業率を記録している。

 四つ目は先にふれた業績(産業)動向だが、今までは、ほとんどの企業が賃金上昇に伴うコスト増の吸収が可能であったという一面と、多少競争力が低くても、パイが増えていくので多くの企業が生き残れた経済社会ということができる。これが逆になれば、低成長時代には力の弱い企業が市場から自然淘汰(倒産)されることを意味する。

 また、国際競争は昔からあったが、当時は欧米先進国との競争のみを考えていれば良かった。アジアは未台頭で、人件費の安い韓国や中国との競争は意識さえしないでよかったのである。

 五つ目は、積極的な公共投資である。国や地方が税金をふんだんに使ってハコモノといわれる土木工事をつづけた。利用者の少ない高速道路の建設もその一つだ。ハコモノ行政によって土木建築業界は潤い、一時は500万人を超える日本で最大の雇用者を抱えた産業であった。土木建築業界は自民党の強力な支持母体となり、政治献金と抱き合わせで日本の国家財政を牛耳ってきた。膨れ上がるに任せたままの国家財政が膨大な赤字を垂れ流し、財政赤字の金額が天文学的な数字になったことにより、公共投資の抑制が不可欠となり公共事業は縮小へと向かう。経済の指数だけの面からいえば、公共投資の削減は景気を押し下げる条件となっているのである。

 最後は、日本的労使関係である。日本では配当が無配でも、わずかの利益を企業内だけで成果配分(企業は設備投資、従業員には賃上げの原資)することが許されてきた。資本を出してくれる株主に、利息(株の配当)をつけなくても許されていたのである。ところが、アメリカ型市場主義の導入によって、反対に株主偏重とも言うべき時代になった。いわば日本の不幸とも言うべき両極端の議論になっているのである。いままでのような株主軽視も問題だが、ハゲタカに代表される、あるいは短期的利益しか重視しない株主偏重(アメリカ型)もあってはならない。左右に偏らないあり方が模索されなければならないということは、過去のように株主の存在を無視して企業内だけで利益を配分することも許されないということだ。

 こうして過去の春闘の成功条件を分析してみると、日本の経済成長に果たした春闘の効能もはっきりしてくる。組合員(消費者・国民)は賃上げによって消費を増大させ、消費の増大が企業の売り上げ増に結びつく。企業の成長は賃上げを可能にし、さらに消費拡大をはかるという好循環を作り出してきた。春闘が経済成長を支えた重要な要因の一つだったのである。

 経済成長→業績向上→賃上げに配分→可処分所得増→消費拡大→売り上げ増→経済成長と業績向上という図式が成り立ってきた。

 加えて生活レベルの向上は人々の意識を確実に変化させてきた。あくなき生活レベルの向上への欲求は失われないものの、仕事の中に働き甲斐を見出したいし、家庭を含めて人生全般に生き甲斐を求めるようになった。

 そうした賃上げを可能にしてきた前提条件が失われ、環境や意識が激変しつつある今、新たな環境条件のもとでの組合運動が確立されなければならない。

 来年春の春闘の議論を通じて、リーダーには的を得た新たな判断が求められているのである。

 新しい環境のもとでの運動。そのための組合自身の改革とは。この社会において自己改革ほど難しいことはない。今までの方が住み心地がよい。今まで通り毎年賃金は上がることにこしたことはない。人は誰しもがそう思うに違いない。欲求のおもむくままに一時的な心情を優先する運動を続ける方が楽であるけれども、その前提が雲散霧消した以上、自己改革を避けることは出来ないはずである。

 ただ一つ、賃上げをめぐる環境変化の中でもやらなければならない春闘とは、大手と中小間、正規と非正規間、男女間の格差の改善のみである。比較論で恵まれた正規社員の労働組合が、三つの格差にどのように取り組むのか、そこにのみ春闘の意義があるのが2010年春闘なのだ。

 労働組合は、今までのすべてといってよい運動のシステム・考え方を一から見直さなければならない。なぜならば、もしこの自己改革を怠れば組合員の「雇用と生活」を守ることは出来ないからである。組合が新たな道を歩みだせるかどうかは、2010年の連合方針を生かせるか否かにかかっているのである。



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