鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

経済的隷属から男女平等は生まれない~2010年春闘と均衡処遇~-vol.27-
鈴木 勝利 顧問
2010/02/15
  2010年春闘は、正規社員と非正規社員間、男性と女性間、大手と中小間のそれぞれの格差解消を図らなければならない使命をもつ。日本の歴史を彩る60年余の春闘の中で画期的な性格を持たされているといえるだろう。

 しかも、交渉をすすめる経済環境は近年では最悪といってよい。労働組合は、自らの企業業績の動向や先行きに対する危機感の中で、一方では、組合員だけではなく全労働者のために何をなすべきかに悩み、あるいは自分たちを含む家族のあり方や人生観が問われている。さらには、日本の経済や産業が、圧倒的に多数を占める中小・零細企業によって構築されている中で、その構造によって生じてきた企業規模間の格差にどう取り組むのか、右を見ても左を見ても難題だらけである。

 かつて日本でも、「同一労働・同一賃金」が叫ばれた時代がある。同じ仕事なら同じ賃金をもらえるという考えだが、なにごとにもいろいろの意見がある。長く勤めた会社への貢献があるではないか。賃金の有力な根拠が生計費なら、地域によって物価が違うことをどう考慮するのか。仕事を細かく分析すれば、どれ一つとっても同じ仕事はない、・・・etc。

 表面的な仕事の比較から同一処遇にすることへのこうした意見に対して、近年は「同一『価値』労働・同一賃金」の論理が常識化してきた。仕事や立場が持っている「価値」を基準に考えようとするものだ。たとえば、同じような仕事をしていても、役職や就労形態によって「価値」に違いがあるというものである。たとえば、正規社員とパートを比較した場合、仕事が忙しければ正規社員は時間外労働をするのが当たり前だが、パートは時間で契約しているから残業はしなくても良い。転勤のあるなしも同様だ。こうした違いは「働くことによって生じるリスク」であり、正規社員と非正規社員という雇用形態・就労形態の相違から生まれている。一見した仕事は同一でも、仕事を取り巻く環境や義務を価値として、価値の比較による処遇の差は容認するというものである。

 しかし、労働を一見した限りでの同一性としてみるのか、内容を含めた「価値」である同質性としてみるのかの違いはあっても、現状の格差は正しいという根拠にはなり得ない。

2010年交渉の最大のテーマである「雇用確保」と、この「格差改善」を目的とするには、「均衡処遇」を前提にしたオランダの「ワークシェアリング」が参考になる。

 かなり前になる1980年代初頭、オランダは、高まる失業率への対策として、経済成長率、国家財政の健全化、失業率の抑制などの構造改革を目指し、1982年オランダハーグの郊外にある静かな住宅地ワッセナーで経営者連盟会長、首相、労働組合連合委員長が一堂に会し、歴史的な合意を結ぶ(余談だが、この静かな住宅地の地名をワッセナーと呼んでいたことからこの合意をワッセナー合意と呼ぶ。このときの労働組合連合(FNV)委員長は後の労働党政権の首相となる)。

 根本孝氏の「ワークシェアリング」(ビジネス社刊)によれば、三者合意の基本は、労働組合は賃金の著しい要求をしないこと、経営者は労働時間短縮に同意し、週40時間未満のパートタイム労働(正規社員)を受け入れ、雇用確保に努めること、政府は減税につとめ財政赤字の削減を実現し、また賃金交渉には介入しないという三者の譲歩、経済社会への責任ある行動を合意したものであった。このパートタイム労働は日本のような「非正規社員」とは全く異なり、「短時間正社員」のことであることに注意して欲しい。以上の基本合意をもとに78項目にも及ぶガイドラインが合意された。雇用に関係する項目だけを挙げてみても次のように要約できるという。

 [1]職務期間や契約のフレックス化や短時間労働の促進と条件緩和。
 [2]一時的レイオフの公認。
 [3]労働組合による賃上げ要求の抑制。
 [4]企業間、職種間での賃金格差の受け入れ。
 [5]教育訓練や家族としての責任遂行のための職場を離れる機会の拡大とベネフィット提供。
 [6]転職に伴う年金権利のポータビリティーの制度化。
 [7]転職に伴う住宅売却税の償還。
 [8]リカレント教育への使用者、労働者へのインセンティブの拡充。
 [9]長期失業者への教育訓練と包括的雇用体制の構築。などとなっている。

 この合意による「短時間正社員」制度にはワークシェアのもう一つの目的があった。いわゆる多様な働き方を実現することであり、男女の均等処遇の実現である。オランダは北欧の中でも日本と同じように「女性は家庭に」という精神風土が一番強い国といわれる。そうした社会風土の中で女性の社会的進出を促し、均等処遇による共働き社会を構築することには多くの抵抗があったに違いない(一人の収入で家族全体を支える世帯主義賃金を切り下げ、均衡処遇によって共働きの収入で家計を支える)。だからこそ労使だけの合意では実現は難しく、政治による社会的制度の確立(託児所、保育所の完備、税制、年金、医療等の改革)が必要であったのだろう。その結果、20%台の失業率を一桁台前半にまで低下させ、経済も一定の成長率を確保してきた。

 ただ気をつけなければならないことは、オランダにはこうした合意を図れる社会的対話の素地があったことである。筆者が日本において政・労・使の三者による信頼関係の重要性を訴えるのもこの点にある。人によって評価まちまちだが、もともとオランダは海面より陸地が低く、周囲に堤防をめぐらせて国土を保全している。国内で国民の意見が割れるようでは国土の保全はおぼつかない。できるだけ全体の意見をまとめるよう訓練がなされてきたといえるのだろう。さらに、ドイツに占領されていた第二次世界大戦中、レジスタンス組織に労働組合も、経営者も参加しており、その間にも労使の対話が行われていたのである。したがって終戦後の1945年には直ちに労使の協議機関として「労働協議会」とも呼ぶべき機関が設立されている。現在も存続しており、労使八名づつの代表で構成され、下部には賃金、労働時間、パートタイム労働、年金、社会保障、職業訓練などの作業部会が設けられているという。

 日本では現在の雇用情勢からはどうしても当面の失業対策としてのワークシェアが論議の中心にならざるを得ないが、ワークシェアのもう一つの側面、就業形態の多様化、しかも日本のように非正規社員ではなく短時間正規社員による多様化を目指す目的もある。加えて、共働き社会の構築と述べたように、均衡処遇を通じて男女格差、正規・非正規格差の解消を図る遠大な目的を持つ。オランダにおいては、ワッセナー合意から成果を挙げるまでに長い年月を要している。日本では賃金も世帯主義(一人の賃金収入で家族世帯が生計を立てる)であるし、時間給にもなっていない。年金も税制も社会のあらゆる法律は「女性は家に」という前提で決められている。当然「男女共働き」を前提にした法律改正が必要になる。ひとり一人の意識も変えなければならないからもっと時間を必要とする。成果を挙げるためには長い時間を必要とするのだから、来年合意するよりも今年から、明日よりも今日から一歩を踏み出すことが必要なのである。加えて、賃金が世帯主義になっていると、専業主婦(主夫)は経済的に隷属関係になる。経済的に依存していれば個人の意思は自制(我慢)するしかない。真の意味での男女の対等性は確保できない道理だ。

 労使とも真の男女平等を実現するために、そして「均衡処遇」を実現するために、既得権擁護一辺倒から踏み出す英知を示せるのか、今、それが問われているのである。2010年の春闘がその第一歩を踏み出す労使交渉であって欲しいと願わずにはいられない。



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