鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

派遣労働の規制は経営者が自ら招いたもの~歴史が証明する原理~-vol.28-
鈴木 勝利 顧問
2010/03/15
  リーマンショック以降、雇用悪化の象徴として派遣切りが世間を騒がせ、二年続いて年末の派遣村が話題を集めた。それを機会に派遣労働を規制する世論が盛り上がり、国会でも議論になっている。この種の問題ではお決まりといってよいと思うが、経営者団体から強い反対の声が上がる。いわく、「雇用調整が出来なければ企業を海外に出さなければならなくなる」「中小企業の経営は立ち行かなくなる」…etc。

 中央労働委員会の労働側参与委員の職に就任したことにより、多くのことを学ぶ機会を与えられてきた。とくに現在の中労委の会長である労働法学者の菅野和夫氏には、何かにつけて気づかされることが多い。氏の有名な著書「労働法」をこの仕事に携っていないときには読みもしなかったのは、労使紛争の話を聞いても安定した労使関係でありさえすれば関係ないものと思っていたせいでもあるが、いま話題になっている「派遣労働の規制」をめぐるさまざまな意見を聞いていると、「労働法」の歴史と密接にかかわっていることに気づくことが出来る。

 今日の近代的な市民社会といわれる社会は、学校の社会科で習ったようにイギリスの「名誉革命」によって生まれる(出典・フリー百科事典「ウィキベディア」)。1688年~1689年、イングランド王位をめぐってクーデターが起こり、時の王・ジェームス2世は1688年12月11日、亡命に走ったものの捕えられた。しかし、処刑して同情が集まるのを恐れた新権力者により、フランスへの亡命が認められた。このようにイングランドでの革命は無血で成し遂げられたために、無血革命、あるいは名誉革命といわれている。しかし、スコットランドやアイルランドでは無血ではなかったために、歴史学者の間では「無血革命」の呼称に反対の意見が多いともいわれる。

 この名誉革命は市民革命ともいわれるが、市民革命とは、封建的・絶対主義的国家体制を解体して、近代的市民社会を目指す革命を指す歴史用語である。一般的に、啓蒙思想(合理主義に基づいて伝統と偏見を打破しようとする思想)に基づく、人権、政治参加権、あるいは経済的自由を主張した「市民」が主体となって推し進めた革命と定義されている。代表的なものには、イギリス革命(清教徒革命・名誉革命)、アメリカ独立革命、フランス革命などがあげられている。

 したがって、「市民」には、封建・絶対主義から解放され、自立した自我をもつ個人という意味と、あわせて商人・資本家という二つの側面をもっているため、市民革命の定義も表裏一体をなすこの二つの側面を両立させなければならない。だから、革命をなすための市民社会の形成には、資本主義の発達が不可欠であり、私的所有の絶対を原則とする資本主義社会の成立が必要だったといわれている。

 余談になるがロシア革命もこれに分類されることがあるが、プロレタリア革命とは、資本主義社会から社会主義、共産主義社会の実現を目指すものなので、市民革命とは性格を異にしている。王政から共和制に移行する1848年革命(フランスの2月革命、ドイツ・オーストリア・イタリア・イギリスの3月革命などの総称)、1871年のパリ・コミューンなどは一般的にプロレタリア革命に分類される。こうした革命の定義は、西ヨーロッパ世界の様式を前提としており、中国の「辛亥革命」や日本の「明治維新」など、世界各地で起こった政治的変化・革命・独立戦争はこれらに分類しきれず、現在も議論の余地が残っているとされる。

 また、ベルリンの壁に代表される共産党支配から脱した東欧革命は、市民革命と同等であると考えられている面もあるが、いまだ評価は定まっていないという。

 さて話しを本題に戻そう。

 封建制度から革命(イギリスの無血革命・名誉革命)によって近代市民社会が生まれるが、資本主義制度からなる市民社会は、三つの原則から成り立っている。一つは、「契約自由の原則」、二つは、「財産権の尊重」、三つに、「過失責任の原則(自己責任の原則)」である。

 一つ目の「契約の自由」とは、契約関係は契約する双方が独立して自由な合意に基づいて成り立つと考えるから、労働者が働いて賃金を得る使用者との契約も、双方が自由な意思で合意した契約として扱われてしまう。

 二つ目の「財産権の尊重」というのは「私的所有権の保障」と同義語で、資本や設備などの生産手段の私有で成り立つのが資本主義経済であるから、まさに資本主義経済の根幹になる考え方なのである。

 三つ目の「過失責任の原則」は、人は故意、または過失がなければ、その損害に対して一切責任を負う必要がないというというものである。

 しかし、労働関係にもこの市民法の基本原理が適用されるのだが、労働者個人と使用者が対等で自由な意志に基づく契約はまずあり得ないし、過失責任も同様である。それは歴史が証明しているのである。過去の歴史は次のような問題を生じさせてきた。

 [1]「契約の自由」のもとでは労働者と使用者が契約さえしてしまえば、双方が自由な意思のもとで約束したものと扱われるから、双方が対等であったか否かは問題にならない。さらに契約内容は問われないので、低賃金・長時間労働などの劣悪な労働条件であっても「自由な意思で結ばれた契約」ということにされてしまう。中でも女性・年少者の酷使は人間の尊厳を無視し、かつ健康を悪化させることになり社会問題として放置できないまでになっていくのである。

 [2]また「過失責任の法理」も問題になっていく。労働者が劣悪な作業環境や長時間労働による疲労で労働災害にあっても、使用者の故意や過失が明らかでないと補償を受けることが難しくなってしまうのである。

 こうした「契約の自由」という原則は、やがて使用者のための採用の自由、解雇の自由と化し、使用者の好き勝手の意思や経済情勢に直結する失業が蔓延するようになる。さらにもともと弱い立場の労働者の求職や就職に対して、営利の職業紹介業が生まれ中間搾取(多額の手数料を取る)や強制労働(拘束労働)が行われるようになっていく。

 そこで労働者がまとまって労働条件の基準を申し合わせ、使用者に遵守を要求する行為は、使用者および個々の労働者の労働力に関する取引の自由を制限する違法な行為とされてしまう。加えて、労働者の団結の武器としてのストライキ(労働力の集団的な提供拒否)は、雇用契約上の労働義務違反や集団的な業務妨害行為として違法とされてしまうのである。

 そこで放置できなくなった各国は、それらの問題に対応するために労働法を作り、発展させていく。日本でいえば、第一に劣悪な労働条件に対応するために、工場労働に関する労働条件の最低基準を定めて、それを遵守するよう罰則を定めたり、行政監督によって強制する法律(工場法)を作ることになった。当初は工場における女性・年少者の労働時間の制限が中心であったが、次第に適用事業、適用対象労働者、加えて保護の内容を拡充し、一般的な労働基準法になっていくのである。

 第二に労働者の業務上の災害については、使用者の過失を立証しなくても、使用者から一定の補償を受けることができるようになる(労災保険制度)。

 第三に失業と就職の問題について、使用者の採用の自由は認めるが、国が職業紹介や職業訓練のサービスを提供して就職活動を援助する制度、失業者に保険を給付したり(失業保険)、暫定的な労働の場を与えたりして、生活を援助する制度が発達していく。さらに営利職業紹介業の弊害をなくすために、労働者の求職・就職に関する事業を厳しく規制する法律も作る。同時に使用者の解雇権を制限する法律も成立させる。

 第四に労働者の団結について、労働者の団結活動の禁止を撤廃し、その活動に対して市民法上違法とする項目を取り除く法律を成立させる。具体的には、[1]団結(労働組合の結成)を認める法律、[2]労働者のストライキ、ピケッティングなどの争議行為によって生じる市民法上の責任(使用者からの損害賠償要求)の免責などである。やがて、国によって違うが、労働協約に特別な効力(規範的効力・一般的拘束力)を与えたり、使用者の反組合的活動を不公正な労働行為(日本では不当労働行為)として禁止し、被害を受ける労働組合に特別な救済手続きを設けるなどして、団結活動を積極的に助成する法も整備されていくのである。

 このように、労働法の歴史を見ればわかるように、企業社会において企業が利益至上主義に走り、企業運営が反人間的、反倫理的、反道徳的行為に陥ると、社会から指弾され、行き着くのは法律による規制になる。派遣切りも、自分の会社は「しない」からいいのではなく、ある企業の反社会的行為を企業同士で自浄できなければ、やがて法律で規制されることになる。それが近代市民社会における労働法をめぐる歴史なのである。今回の派遣労働の規制に関しても、経団連や各企業がいかに反対しようが、グッドウイルやフルキャストを筆頭にした非人道的な派遣労働者問題に手をこまねいていたことによって、あるいは、別の会社も同様のことをしたことによって、製造業への派遣禁止が社会の総意になっていくのである。より厳しくいえば、自ら招い
た「自業自得」ともいうべき結果なのかもしれないのである。



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