現在の日本経済は、三つの調整圧力を受けている。1つは、製造業の設備過剰感は過去最高水準である。とりわけ、輸送機械や一般機械ではピーク時比で半分の稼動水準になっている。2つは、労働分配率の急上昇(業績が悪化すると労働分配率は上昇する)を背景に、雇用過剰感が急上昇している。このことから人件費の削減圧力が強まると見られる。3つに、大幅な需要不足(デフレ)から、需給ギャップ(需要<供給)が大幅に拡大しつつある。
組合にとって最も重要な雇用というものは、国の経済発展と密接に結びついて推移していくものである。日本の江戸時代と明治維新後(富国強兵時代)とでは大きな変化を見せたし、現在はさらに顕著な変化を遂げている。
国の産業ごとの雇用労働者の推移は、国の経済発展の象徴でもある。産業の区分はいろいろあるが最も代表的な区分は大分類といわれるもので、第一次産業~第三次産業に分けられる。第一次産業とは、加工しないで生産したままで取引きする農林・漁業産業などをいい、第二次産業は、鉱・工業を中心とした原材料を加工する産業、第三次産業は、販売・物流などのサービス産業(電機のソフト開発も含まれる)である。
そこで大分類の産業ごとに従事する労働者数の推移を見てみよう。(2004年のOECD統計資料)
第一次産業の労働者は、1955年に1900万人であったものが、2000年には850万人に半減している(よく話題になる農業・水産業従事者の減少)。大分類による従事している労働者のそれぞれの比率は、第一次産業は6.0%(1990年9%)で、米・独・英は1~2%台、仏・伊は4%前後であり、6カ国では日本は高い方に属する。
第二次産業は27.2%(1990年33%)で、米・英・仏は20%前後、独・伊は20%台後半で、これもドイツ・イタリアに並んで高い方に属する。
第三次産業は66.8%(1990年58%)で、米・英・仏は70%台後半、独・伊は70%前後なので、今後も増加すると見られている。
この数字が何を意味しているかといえば、国の経済はまず工業化によって第一次産業の農・水産業から第二次産業の工業へシフトする。このとき、農村地帯から大量の人々が労働者として都市へ流入し、労働力の面からも工業の発展を支える。したがって初期の工業は労働集約型が中心で、国の経済的インフラ整備(交通・物流・通信情報など経済活動に必要な基盤)や国民生活の基盤整備が図られる。経済構造においても労働力においても第一次産業から第二次産業へのシフトが進む。この時期がしばらく続くとしても経済発展の次なる道は成長率の過半を占める個人消費、すなわち国民生活をより豊かにするサービス・流通を中心にした経済構造への転換が推し進められる。第二次産業から第三次産業へシフトしていくのである。
これを少し視点を変えて世界的レベルで見た場合、後進国から発展途上国に変化する過程が一次産業から二次産業へのシフトが進む段階で、国の基本的な経済構造が確立される重要な時期にあたる。世界の国々はいずれも自国のみでは存在でき得ないし、同時に等しく豊かになる権利を有しているのである。グローバル経済下においては自分の国のみ豊かであればよいというのは許されない。
日本の過去を振り返ってみても、国土も経済も国民生活も荒廃した状態からスタートした。日本はアメリカの支援や朝鮮特需といういくつかの条件にも恵まれ今日の経済大国を作り上げたのだが、その過程は明らかに一般的な経済発展と同じ道を歩んでいる。欧米を中心にした先進国に対し、日本は果敢にその市場に立ち向かった。製品に対しては「安かろう・悪かろう」、労働条件に対しては「低賃金・長時間労働」との国際的な非難を浴びながら、勤勉性を存分に発揮し、かつ組合運動を通じて時代に沿った労働条件を確立しつつ、いつしかその技術力と勤勉さで世界市場から欧米製品を駆逐し今日の経済大国の礎を築いた。
そして今、かつての日本が歩んだ道を、韓国、台湾、シンガポールなどの国々が歩み、その後ろを中国やASEAN諸国が続いている。それらの国は製品コストが安いだけではなく、力をつけてきた技術力も日本に迫り、中には日本を上回る技術力を有する製品が出てきている。
技術成熟度が高く労働コストのみが競争力の源泉である製品の場合、日本の高コスト体質で太刀打ちできるはずはない。かつて日本が欧米を駆逐したように、いまや日本がそれらの国に駆逐されようとしているのである。日本が欧米を駆逐することが許されて、今度は日本が追い抜かれることは許せないという理屈で、貿易制限などをすることはグローバル経済のもとでは許されないのだ。
中国、ASEANの次には南米やアフリカ諸国も同様に自国経済の発展を期して第二次産業の発展を期待しているのである。この図式は世界経済における分業体制の変遷ともいえる避けがたい変化なのである。
こうして日本経済の基幹である製造業は発展途上国にとって代わられるなかで、生き残る道として、[1]コストで太刀打ちできる海外現地での生産か、
[2]新技術による新製品の開発(この場合も国内生産は長くは続かないが)か、[3]国内でも対抗できる低コストの実現し雇用増を図るか、の選択を迫られている。
問題ははっきりしている。[1]の選択は国内雇用を減少させ失業率の悪化を招く。
[2]の選択は、現在も自動車のエコカー、電機の一部家電製品がそれに該当するが、物によっては韓国が肉薄、あるいは追い越し始めていることからも、永遠に日本の優位が保障されているわけではないので、低コストの他国では開発・製造できない高度な技術開発力を持つ製品を絶え間なく出し続けなければならない。しかも、途上国に製造能力がある場合には、やはり製造コストの問題が出てしまうので技術開発は国内で、生産は海外でということが頻繁に起こりうる。日本には本社機能と技術部門だけを残し、雇用を多く必要とする製造は海外という形になるのだ。身近な例をあげれば、製造業に限らずユニクロなどの「メイドイン・チャイナ」などがそれである。こうした事例の問題は国内の雇用には結びつかず失業率は改善しないことにある。
[3]の国内コストの低減には、材料をはじめとした生産に係わるあらゆる要素が対象になる。当然のように賃金コストもその対象から免れることは出来ない。経済は輸出という外需も大事だが、国内で消費する内需の影響も大きい。内需は国の公共投資、企業の設備投資、住宅の建設、それに国民の個人消費によって支えられる。個人消費は国民の財布次第になるから、賃金の抑制や切り下げは内需にはマイナスに働く。ここでも国際競争力を高めるために賃金コストを引き下げればいいように思えるが、賃金が下がれば家計の支出は抑えられ内需が下がって経済の発展を阻害する矛盾を持ってしまう。
そのことからも、経済を支えてきた従来型の大量生産・大量消費・大量廃棄は見直され、各産業も構造改革を余儀なくされる。
ここで、本シリーズ[5]-[1]の第一の命題、国内で六千万人を超える労働者の雇用問題が立ちはだかる。競争力を維持するための賃金引下げを認め、労働者の雇用を促進させ、失業率の改善と内需へ結びつけるか。それが昨今問題になっている日本の貧困対策に有効なのか。賃下げを認めずにある程度の失業者率の上昇は止むを得ないとする道がいいのか、と、いずれも認め難い道の選択が迫られるのである。
(「八方ふさがりの出口5-[2]」了。続編は次号5-[3]につづく)
組合にとって最も重要な雇用というものは、国の経済発展と密接に結びついて推移していくものである。日本の江戸時代と明治維新後(富国強兵時代)とでは大きな変化を見せたし、現在はさらに顕著な変化を遂げている。
国の産業ごとの雇用労働者の推移は、国の経済発展の象徴でもある。産業の区分はいろいろあるが最も代表的な区分は大分類といわれるもので、第一次産業~第三次産業に分けられる。第一次産業とは、加工しないで生産したままで取引きする農林・漁業産業などをいい、第二次産業は、鉱・工業を中心とした原材料を加工する産業、第三次産業は、販売・物流などのサービス産業(電機のソフト開発も含まれる)である。
そこで大分類の産業ごとに従事する労働者数の推移を見てみよう。(2004年のOECD統計資料)
第一次産業の労働者は、1955年に1900万人であったものが、2000年には850万人に半減している(よく話題になる農業・水産業従事者の減少)。大分類による従事している労働者のそれぞれの比率は、第一次産業は6.0%(1990年9%)で、米・独・英は1~2%台、仏・伊は4%前後であり、6カ国では日本は高い方に属する。
第二次産業は27.2%(1990年33%)で、米・英・仏は20%前後、独・伊は20%台後半で、これもドイツ・イタリアに並んで高い方に属する。
第三次産業は66.8%(1990年58%)で、米・英・仏は70%台後半、独・伊は70%前後なので、今後も増加すると見られている。
この数字が何を意味しているかといえば、国の経済はまず工業化によって第一次産業の農・水産業から第二次産業の工業へシフトする。このとき、農村地帯から大量の人々が労働者として都市へ流入し、労働力の面からも工業の発展を支える。したがって初期の工業は労働集約型が中心で、国の経済的インフラ整備(交通・物流・通信情報など経済活動に必要な基盤)や国民生活の基盤整備が図られる。経済構造においても労働力においても第一次産業から第二次産業へのシフトが進む。この時期がしばらく続くとしても経済発展の次なる道は成長率の過半を占める個人消費、すなわち国民生活をより豊かにするサービス・流通を中心にした経済構造への転換が推し進められる。第二次産業から第三次産業へシフトしていくのである。
これを少し視点を変えて世界的レベルで見た場合、後進国から発展途上国に変化する過程が一次産業から二次産業へのシフトが進む段階で、国の基本的な経済構造が確立される重要な時期にあたる。世界の国々はいずれも自国のみでは存在でき得ないし、同時に等しく豊かになる権利を有しているのである。グローバル経済下においては自分の国のみ豊かであればよいというのは許されない。
日本の過去を振り返ってみても、国土も経済も国民生活も荒廃した状態からスタートした。日本はアメリカの支援や朝鮮特需といういくつかの条件にも恵まれ今日の経済大国を作り上げたのだが、その過程は明らかに一般的な経済発展と同じ道を歩んでいる。欧米を中心にした先進国に対し、日本は果敢にその市場に立ち向かった。製品に対しては「安かろう・悪かろう」、労働条件に対しては「低賃金・長時間労働」との国際的な非難を浴びながら、勤勉性を存分に発揮し、かつ組合運動を通じて時代に沿った労働条件を確立しつつ、いつしかその技術力と勤勉さで世界市場から欧米製品を駆逐し今日の経済大国の礎を築いた。
そして今、かつての日本が歩んだ道を、韓国、台湾、シンガポールなどの国々が歩み、その後ろを中国やASEAN諸国が続いている。それらの国は製品コストが安いだけではなく、力をつけてきた技術力も日本に迫り、中には日本を上回る技術力を有する製品が出てきている。
技術成熟度が高く労働コストのみが競争力の源泉である製品の場合、日本の高コスト体質で太刀打ちできるはずはない。かつて日本が欧米を駆逐したように、いまや日本がそれらの国に駆逐されようとしているのである。日本が欧米を駆逐することが許されて、今度は日本が追い抜かれることは許せないという理屈で、貿易制限などをすることはグローバル経済のもとでは許されないのだ。
中国、ASEANの次には南米やアフリカ諸国も同様に自国経済の発展を期して第二次産業の発展を期待しているのである。この図式は世界経済における分業体制の変遷ともいえる避けがたい変化なのである。
こうして日本経済の基幹である製造業は発展途上国にとって代わられるなかで、生き残る道として、[1]コストで太刀打ちできる海外現地での生産か、
[2]新技術による新製品の開発(この場合も国内生産は長くは続かないが)か、[3]国内でも対抗できる低コストの実現し雇用増を図るか、の選択を迫られている。
問題ははっきりしている。[1]の選択は国内雇用を減少させ失業率の悪化を招く。
[2]の選択は、現在も自動車のエコカー、電機の一部家電製品がそれに該当するが、物によっては韓国が肉薄、あるいは追い越し始めていることからも、永遠に日本の優位が保障されているわけではないので、低コストの他国では開発・製造できない高度な技術開発力を持つ製品を絶え間なく出し続けなければならない。しかも、途上国に製造能力がある場合には、やはり製造コストの問題が出てしまうので技術開発は国内で、生産は海外でということが頻繁に起こりうる。日本には本社機能と技術部門だけを残し、雇用を多く必要とする製造は海外という形になるのだ。身近な例をあげれば、製造業に限らずユニクロなどの「メイドイン・チャイナ」などがそれである。こうした事例の問題は国内の雇用には結びつかず失業率は改善しないことにある。
[3]の国内コストの低減には、材料をはじめとした生産に係わるあらゆる要素が対象になる。当然のように賃金コストもその対象から免れることは出来ない。経済は輸出という外需も大事だが、国内で消費する内需の影響も大きい。内需は国の公共投資、企業の設備投資、住宅の建設、それに国民の個人消費によって支えられる。個人消費は国民の財布次第になるから、賃金の抑制や切り下げは内需にはマイナスに働く。ここでも国際競争力を高めるために賃金コストを引き下げればいいように思えるが、賃金が下がれば家計の支出は抑えられ内需が下がって経済の発展を阻害する矛盾を持ってしまう。
そのことからも、経済を支えてきた従来型の大量生産・大量消費・大量廃棄は見直され、各産業も構造改革を余儀なくされる。
ここで、本シリーズ[5]-[1]の第一の命題、国内で六千万人を超える労働者の雇用問題が立ちはだかる。競争力を維持するための賃金引下げを認め、労働者の雇用を促進させ、失業率の改善と内需へ結びつけるか。それが昨今問題になっている日本の貧困対策に有効なのか。賃下げを認めずにある程度の失業者率の上昇は止むを得ないとする道がいいのか、と、いずれも認め難い道の選択が迫られるのである。
(「八方ふさがりの出口5-[2]」了。続編は次号5-[3]につづく)



