鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

八方ふさがりの出口5-[3]~内憂外患からの脱却~-vol.33-
鈴木 勝利 顧問
2010/08/15
  前号では資源のない日本経済が国際競争と切っても切れない関係にあり、とくに今までドルを稼いできた製造業の深刻な環境変化への対応について述べた。

 そこで問題となった国際競争力との関係で言えば、日本経済は果たして内需と外需の組み合わせで成り立っていけるのか、外需の中心であった製造業の危機に対して、製造業に代わるべきドルを稼ぐ産業は存在するのか、あるいは外需の力で時間とドルを稼ぎ、その間に内需を立て直すことは可能なのか、などについて解決の道を模索していかなければならない。

 物の値段が安くなるデフレ経済は、一時的には国民に優しい現象に見えるが、デフレが企業の利益を圧迫し行き着く先は雇用不安を呼び起こすことはすでに「語り継ぐもの」NO.23号(2009年10月号「儲けはポケットに 損実は社会に[2]」)で詳述した。

 デフレ経済とはもともと需要(買手)が不足し、供給(生産)が過剰になることで生まれる。今までの日本は、大量生産・大量消費・大量廃棄というモノを消費することで経済を発展させてきた。
 しかし、地球環境問題を抱えたことで大量生産・大量消費・大量廃棄が否定され、また多くの国民が「モノさえあれば幸せ」という意識に疑問を持ち始めたことなどが加わり、従来パターンが機能しなくなってきた。つまり大量生産・大量消費・大量廃棄方式による経済成長は期待できなくなったのである。新しい経済成長を図る方法は何なのか、それを確立しなければ経済は縮小し、雇用は減少、惨憺たる日本経済になるのは避けられない。

 そこで、国内の需要拡大が無理だとすれば、今後発展する東アジアの市場拡大を重視しなければならない。グローバル時代であれば、日本の近隣である東アジアを含めて内需という範疇に括るくらいの大胆さが必要なのかもしれない。問題は東アジアでの需給関係で、日本を含めた東アジア全体の供給力が過剰か否かの判断が重要になってくる。日本の人口が1億3千万人、中国は13億人、インドが10億人、そしてASEAN諸国、想像を超える需要人口が存在する。そうした需要に対し、発展途上国の韓国、台湾、シンガポールに止まらず、中国、インドなども自国の産業・企業の発展を図り、供給能力も確実に向上していることを忘れてならない。

 東アジア全体で適正な供給能力を維持していけるのか(供給過剰にならないか)とあわせて、日本企業が技術でも製造でも高い競争力を保持し続けることが出来るのかがカギとなる。それが狭義(日本国内を内需、海外を外需)でいう外需、広義(東アジア圏を内需、その以外を外需)でいう内需の行方を決することになるであろう。

 狭義と広義で内需、外需を区分するのは少々紛らわしいので、ここでは従来と同じように国内消費を内需、輸出を外需としてさらに掘り下げてみたい。
 「本シリーズ[5]-[1]」でふれたように、外需といっても今までその中心であった製造業が一定の限界を持ち始めてきたことから、それに代わるべき新たな輸出産業の出現が待たれる。幸いにも日本の強みは、上下水道事業、原子力・水力・地熱・風力発電等の事業、交通・通信など社会インフラ事業にある。
 こうしたエネルギー、環境関連産業の国際競争力はかなり高いといわれる。だとすれば、こうした国際競争力のある産業が中心となってドルを稼ぎ、日本の基幹産業の役割を担っていければ将来の光明は見出せるに違いない。またよく言われるように、漫画など、芸術・文化の分野で世界に進出する可能性もある。

 ただしこうした分野の成長があったにしても、外需だけで国内の雇用を吸収することは出来ない。たとえば、隣国韓国では国内競争で無駄な競争をして企業体力を消耗しないように、電機メーカーは二社(サムスン、LG)に絞られているから国際競争力強化に特化できる。現に原子力発電設備の受注合戦では、国を挙げての取り組みに日本は苦渋を舐めさせられた。ようやく民主党政権が政・官・業一体で外国事業の受注に乗り出したのが救いでもある。一部産業や事業の外需受注に成功しても、雇用への効果は限定的だ。

 一方、国内の既存の分野では成長率が減少(パイが減少)することで、すべての企業の存立が保証されることはない。当然のように、企業の合併、自然淘汰が起こり、それにより雇用は減少せざるを得ない。失業者の増大を招くことになる。

 国内でも新しい産業が発展し、雇用を吸収していってもらわなければならない。内需を支える新しい産業として、各方面で期待されているのは、[1]地場産業の育成を図るためには、企業誘致やハコモノへの公共投資で地域経済の発展を図るという従来の発想を転換し、農業・観光などを核とした地域で特色のある産業を育成する。[2]医療、介護・健康関連などが伸びると予想されている。しかしこの分野は生産性が低いなどの問題を抱えているので、サービスの充実と効率化を課題として認識した上で政策的に育成を図る。[3]日本のように「資源を持たざる国」は人材がすべてであるので、保育・教育・人材育成の分野の育成を図る。[4]環境技術を駆使し、世界的に誇れる環境立国を目指すための環境ビジネスの確立と育成。[5]国民は将来不安から家計支出を抑制している。そこから脱却するには社会保障制度の対する信頼性向上と拡充が必要であり、そのために消費税の社会保障目的税の拡充など、抜本的な政策を確立する。などがあげられている。

 世界経済の中の日本、内憂外患とも言うべき内外とも困難な課題、[1]地域経済の活性化は実現できるのか。地方自治体自身が危機感をもっているのか、地域住民も危機感を共有しているのか、時代の変化に対応した新しい発想など、克服すべき課題は山積している。[2]膨大な借金財政の中で、医療、介護、健康関連産業の育成を図れるのか。[3]幼児期から一貫した人材育成をなすためのシステムを確立できるか、そのための予算措置は可能か。[4]環境ビジネスの更なる創設は可能か。[5]国民の嫌がる税制改革が可能か。など、いずれも簡単なことではなく、しかしこれが上手くいかなければ国内経済は沈滞し、失業者が溢れる日本になってしまう可能性が大きいのである。

 しかし悲観論だけではない。今までにない創造が求められる以上、その創造を成し遂げた企業の発展は約束されるということである。かつて、敗戦後の日本経済がそうであったように、焦土の中から立ち上がるエネルギーと知恵と人材はあるはずなのである。
 過去の栄光にしがみついて改革・進歩を拒否するのではなく、労働・産業・官僚・学校・政府が危機感を共有することで創造は成し遂げられる。


 (「八方ふさがりの出口5-[3]」了。続編は5-[4]へつづく)



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