鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

八方ふさがりの出口5-[5]~真の男女平等・共働き社会へ社会的合意を~-vol.35-
鈴木 勝利 顧問
2010/10/15
  共働き社会は、同時に男女間の差別意識と処遇差別の解消に役立つ。夫に対して経済的に隷属している専業主婦中心社会から、社会進出に伴い男女それぞれが経済的に自立した真の男女平等社会が実現する。共働き社会の構築である。

 しかし、この共働き社会を実現するためには克服すべき課題が多い。前述したように社会のさまざまな制度が「女性は家庭に」という前提で成り立っているからである。税制、年金制度、健康保険制度にとどまらず、託児所、育児所、保育所などの社会的施設の不備などもそれである。

 さらにもっと困難だと思われることは、日本社会の、国民一人ひとりの民族としての精神文化である。日本は遥か昔から「女性は結婚して家庭に入る」という精神文化を持ってきた。日常使っている漢字一つとってもはっきり分かる。女は家庭にいるから「家冠」(いえかんむり)に「女」で、「安」んずる。家庭にいる女性は箒を持って掃除をするから主「婦」という。「好」きなのは、男から見た女の子だからだ。こうした蔑視語とまではいわないまでも、感情移入が出来る漢字の世界では、「女」という字は概して好ましくない表現に使われている。加えて、子どものためにも夫婦どちらかが家庭に居るべきだとの意見も多い。そして当の女性自身の中にも、男女平等などに関心もなく、結婚したら「働きたくない」「家庭に入る」ことを望む人も多いらしい。

 それにもう一つ、相手の経営側がきちんと対応できるかどうかである。経営上利点がある一人当たり賃金を引き下げることだけを受け入れ、年金や健康保険、雇用保険、労災保険などの企業負担分には応じなかったり、あるいは、短時間正社員制度の導入を拒否したり、「いいとこ取り」に固執する可能性は少なくない。今までの制度改革でよく見られたし、また、残念ながら今の労使関係に「真の信頼関係」があるとはいえないからである。だからといって、「今までいい加減にしていたのだから自業自得」と非難していれば済むことではない。先に挙げた「障害」の一つだから何とか克服する道を模索しなければならない。

 たとえば、一時、大はやりした成果主義とか評価主義といった賃金制度でも、アメリカ市場主義の象徴として導入するのも、日本の土壌に馴染むのか否かの検証もせずに、賃金原資の総額を減らす目的だけを優先させて導入したために、結局は失敗して修正を余儀なくされた企業も多い。前述したように、「結果平等」から「相応」の査定分はあってもよいのだが、この「相応」の持つ意味がほとんど理解されていない中で導入されたケースも多い。アメリカで実施されているというだけの理由のようであったが、周知のようにアメリカの個人主義社会では、自分が納得できなければ納得できるまで自分の意思を主張する。査定を低くされた理由を自分が納得できるまで上長に説明を求める。しかし、日本の精神風土では上長への異議申し立てはタブーに近く、勇気をもって主張したとしても納得できるまで拘る人は稀だ。日本人は、意見の相違があった時に得てして感情の対立に変わってしまうことが多いからだ。「意見の違いは違いとして」と、客観的に事を収めることはしないのだ。ましてや職場の上下関係の中での主張は難しい。アメリカの制度がそのまま日本には通用しない理由の一つである。こうした日本の精神風土に合った制度に修正するのが常識で、それを理解しないまま流行(はやり)のように成果主義制度を導入すれば従業員の労働意欲が減退し、結局失敗するのは当然だったのである。こうした経営者の姿勢が徐々に労使の信頼関係を損なっていくのである。

 会社にはさらに法人税の引き下げをめぐる不信感も存在する。諸外国に比して日本の法人税が高いのは事実だが、それを理由に日本企業が海外に利益を留保する現状は改革しなければならない。感情論ではいろいろあっても、国際経済の下では法人税の引き下げは避けて通れない課題だ。しかし、海外との法人税比較で気をつけなければならないことは、法人税は低いものの、一方で、連合資料によると企業の社会保険料の負担分は、対GDP比で日本が4.7%に対して、低いのはアメリカ(3.3%)、イギリス(3.7%)、韓国(2.4%)だが、ドイツ(6.3%)、スウェーデン(9.7%)、フランスに至っては11.0%と2倍以上の負担である。国内で企業を営む以上、社会的負担は当然の義務として課しているのだ。ところが日本では、今迄でさえ義務である年金などの企業負担を誤魔化す企業が後を絶たない現実がある。

 対経営者側との関係に不信感があればこの案は実現しない。そのためにも政府・労働者側・経営者側の三者による社会的契約が欠かせないのだ。政府は「このような約束(社会保障関連制度や設備の整備など)をし」、経営者団体は「こうする義務(ワークシェアを通じ雇用の増大、それに伴う社会保険料などの人件費増を負担するなど)を負う」、そして労働組合も、労働条件を中心に「このような方針(賃下げなど)を約束する」という三者合意だ。三者が自分たちの都合ばかりを優先していては実現できない。国民全体が今日の「八方ふさがり」から抜け出すために、関係者・団体すべてが「自らが血を流す」ことをしなければ「出口」はないのだ。そして、三者の合意ができても実現までには時間が必要になる。共働き社会の構築を合意しても、「女性は家庭に」の精神文化も変えていかなければならない。一朝一夕に出来る話ではないように、目指す目標を合意したにしても実施までには時間をかけた条件整備が必要なのだ。

 このほかにも困難な課題はいくつもあると思われるが、日本社会の将来像をどのように描き、それを実現するために法律や社会システムを、そして国民の意識をどのように改革していくのかに取り組んでいかなければ、閉塞した社会に風穴を開けることは出来ないであろう。女性が専業主婦に甘んじることで、男性に経済的に隷属していたら自立することは出来ないし、男女平等も絵空事だ。将来の日本を背負う子どもたちは社会の宝であり、共働き夫婦でも育児が出来る託児所・保育所の整備を社会全体で支えるのも当然であり、そうなって初めて真の男女平等が実現するのだ。だから労働組合自らが社会の規範を成し、加えて働く者として「職業を選り好みしない勤労観を確立」しなければならない。学生時代に抱いていた「やりたい仕事」に就職できる人は少数なのである。好むと好まざるとに係わらず、就社した後に指示される仕事を通じて「やり甲斐」や「生き甲斐」を見つけ出すのが本来の就職なのである。当然のように教育のあり方も大きな課題として浮上してくるし、労働組合がこうした難題にも立ち向かってこそ労働組合の価値があり、全労働者の雇用安定に寄与できるのである。処遇の切り下げとワークシェアで雇用増を図り、均衡処遇で「男女平等」と「正規・非正規の格差解消」を実現し、加えて「短時間正規社員」の導入を通じて多様な働き方を実現する。そうなれば労働組合はメンバーズクラブの既得権擁護団体の悪評を脱し、社会改革の先頭を走ることで日本は再生し、国民社会の圧倒的評価を得ることが出来るはずである。

 オランダを見るまでもなく、こうした社会的合意による改革には、たとえ合意が出来ても実現までには長い準備・整備期間を必要とする。だから一年後に合意を図るのなら今年にも、明日合意を図るのなら今日にも合意を図らなければ解決が遠のくのだけだ。その改革への道のりの第一歩が2011年春闘であると同時に、民主党政権下における政・労・使三者による社会的合意を出発点とする改革の試金石になるに違いない。

 組合が、「処遇の切り下げは認められない」とする限り、企業が「雇用増・負担増は認められない」とする限り、政府が「均衡処遇・社会保障施設の整備はできない」とする限り、日本経済の回復は望むべくもないし、企業の海外進出は加速し失業者は増加、正規社員であっても絶えず失業の危機にさらされ、今よりさらに劣悪な生活環境に放り出される。労使とも「不都合な真実」に眼を背けてはならない。「すべてがバラ色」はないのである。自ら血を流すことを厭うてはならない。現状を維持していく限り改革は先延ばしになり、出口のない八方ふさがりの中、ますます泥沼に落ちていくしかないのである。そうなった時には、今ならある、かすかな出口さえなくなってしまうことを憂えるのである。

 (「八方ふさがりの出口」シリーズは本号をもってひとまず完結します)



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