鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

企業の枠を超えて産業全体で雇用を守る時代~曲がり角を迎えた日本の雇用確保の道~-vol.41-
鈴木 勝利 顧問
2011/04/15
 組合運動にとって一番力を注ぐのはいうまでもなく組合員の雇用を守ることである。どんなに高い賃金を得ていても、もととなる雇用が保障されていなければ意味をなさない。賃金を得て生活をする労働者=従業員は、今のように賃金が世帯賃金(一人の賃金収入で家族四人の世帯が生計を営む)であれば、転職もためらうし、ましてや解雇されたら即日家族全員が生活に困窮する。その労働者一人と、一方の会社は、従業員がいなければ事業活動ができなくなるにしても、従業員を固定していなければならないわけではない。極端にいえば、従業員はAさんでなくても、BさんでもCさんでもいいのである。数で労働力さえ確保できればいい会社と、生活のすべてを会社に依存している従業員とでは、その力関係には圧倒的に差がある。そこで一人ひとりの従業員がばらばらに対応するのではなく、全従業員が一つにまとまることによって会社と対等の関係を作る必要があると考え、先進諸国は法律によって労働組合の結成を奨励し、その活動を保護するようになった。「一人は万人のために、万人は一人のために」という労働組合の理念はこうした理由による。だから労働組合にとっては、組合をより強固にすると同時に、組合員一人ひとりが、会社から見ても必要不可欠な存在であること、つまり、会社から「あなたがいなければ困る」存在になるために支援することも重要な活動になるのである。組合が組合員の職業訓練に力を割く必要性の理由でもある。

 こうして結成された労働組合が、構成員である組合員の雇用を守るためにどのように活動してきたのか、まずはその歴史を振り返ってみよう。

 日本の高度成長は、1950年の朝鮮戦争時に在韓国連軍の物資調達による膨大な需要によって礎が築かれた。朝鮮戦争に使われる多くの物資が日本で調達される。日本は空前の需要によって経済は飛躍的に整備され発展する。「朝鮮特需」である。これ以降、欧米から「日本の奇跡」と呼ばれる高度成長の道を歩んでいくのだが、労働組合運動もまた、経済の成長に合わせて組合員の生活向上への道を歩む。業績が右肩上がりで伸びる時期だから、労働力の需給関係は売り手市場、失業率は低位で推移し、有効求人倍率は絶えず1以上を記録、中学卒業者は「金の卵」として就職先には事欠かなかった。現在とは違った時代環境のもとでは雇用問題は深刻ではなかったものの、個々の会社にとっては業務の繁閑、事業の衰退、余剰人員問題など、雇用問題はいつもついて回っていた。

 業務の繁閑や盛衰に対する雇用調整は、まず、従業員の職種転換によって補うことができた。しかし従業員にとっては簡単に職種転換といっても、長い間経験してきた職種が変わることには大いなる抵抗がある。今考えれば職種転換によって雇用が守れるなら「御(オン)の字」ということになるのだろうが、当時は職種転換をめぐる案件が労使紛争の火種になりやすかった。やがて職種転換では雇用吸収ができない状況になると、課組織や部組織を超えた配置転換によって雇用調整を図ることになる。その次は工場を超えた転勤、つぎは会社を超えた転籍、グループ企業内での会社間移動も限界になると、希望退職・整理解雇という段階を踏む。この間にも、正規社員の雇用確保を大義にして下請けからの業務の引上げ(下請けを犠牲)、パートなどの非正規社員の解雇、あるいは出向・帰休などの手立てがなされた。これで分かるように、職種転換や転勤、転籍、出向、帰休などにも組合員の苦労はついて回るが、下請け業務の引上げやパート労働者の解雇が先という方法は、非正規社員の犠牲の上に正規社員の雇用を守ってきたともいえるのである。しかし当時は、労働市場は売り手市場であり再就職の可能性は高かったから大きな社会問題にはならなかった。

 労使関係の上からは、時代が進歩・変化して行く過程といっても、絶えず労使が最も頭を悩ませ、組合員の理解を得るのに苦労した方法なのである。それが今日のように失業率が高まり「有効求人倍率も1をきる」状況になると、職種転換や配置転換、あるいは転勤・転籍で雇用が守られれば苦労はないという意識になる。この点でも時代環境と共に労働者の意識が変わっていくのが分かる。

 非正規社員の犠牲の上に立った雇用調整は、今も昔も変わらないが、決定的に違うのは労働市場の状況である。再就職が可能な時代と再就職がおぼつかない時代とでは、おのずから違った対応がなされなければならないのは自明である。非正規社員の犠牲の上に雇用が守られる正規社員、犠牲になる非正規社員は「もともと入社試験も違う」、「会社を選り好みした結果としての非正規社員」、「組合費を払っていない」などの理由を挙げ、組合のリーダーが声高に「全労働者のために」と叫んでも、職場の組合員はなかなか積極的にはならない。「組合は、組合費を払っている正規社員のことだけを取り組めばいい」と考えている人も多い。そこに「万民は一人のために」という組合の本質的な理念は消えうせている。「自分だけよければいい」という発想は、回りまわって組合員個人に行き着く。法律で保障されている労働組合の必要性までもが否定され、やがて労働者は一人ひとりが孤立し圧倒的な力関係の中に埋没してしまうのである。

 「自分さえよければいい」という意識を克服し、労働者全体の雇用を如何に確保していくのか、労働組合の責任は重い。

 雇用問題を複雑にしているのは会社の事業活動に雇用調整を必要とする理由が生まれることもあるからである。前述したように、事業活動が永遠に続けられる保障があるわけではない。事業経営にミスがなくても、業務には期間の長い繁閑も生まれるし、事業からの撤退も起こりうる。こうした際に、従業員を可能な限り雇用確保していく努力はなされなければならないとしても、如何ともしがたい事態も起こりうる。そのような時に従業員の何人かの解雇で、他の多数の従業員の雇用を守れることもあるし、事業の撤退(従業員の解雇)によって倒産を免れることもある。解雇せざるを得ない理由、そこに至るまでの経営者としての責任などを総合的に分析することによって、労働組合としても「解雇は止むを得ない」と結論することも起きるのである。

 こうした環境条件の中で、労働組合の最も重要な目的、雇用確保を図る手立てに努力しなければならないのである。その努力にも従来以上の工夫が必要になっている。

 第一段階は企業レベルでの努力だ。過去の例をあげれば職種転換、配置転換、転勤、出向、帰休などだが、それでも無理になれば、つぎは企業グループのレベルでの雇用確保に努力する。今までは、労使がどんなに努力しても企業グループ内での調整が限界にくると雇用に手をつけざるを得ないというのが一般的であった。

 少し整理すると正規社員・非正規社員を問わず、第一段階は職種転換、第二段階は配置転換、第三段階は住居移転を伴わない転勤、第四段階は住居移転を伴う転勤(この段階で単身赴任問題が発生するが)、第五段階は企業グループ内での転籍、第六段階で資本系列間の転籍などがあり、これが企業規模によって違うが今までの雇用確保の道であった。今までは、これでも雇用調整が上手くいかなくなって初めて希望退職などの解雇問題が俎上に上がってくるのである。今後の工夫とは、この第六段階の後ろにもう一つ、産業内で雇用調整ができないかということである。つまり同一産業内のいわばライバル会社を含めて、産業全体の会社で雇用を守れないかということである。この考えは会社によって必要とする職業能力が違うことによって成り立つ。A社が雇用調整せざるを得ない従業員がいた場合、その職業能力を必要としているB社が採用できないかということである。それを何百社ある産業内で調整できるとしたら、今までの雇用調整をしのぐ柔軟な対策が可能となる。もちろん絵に描いた餅ではないが、職業訓練や処遇条件など、難しい条件整備は多くある。しかし困難な課題があったにしても、組合員の雇用確保を第一義にすえる労働組合にとって、あらゆる可能性を求めてその道筋を作り上げることが必要なのではないか。すでに産業内において移動による雇用確保を実施している産業もあるやに聞くし、またこの構想について自社の従業員を正規社員化して業を行う請負企業からも参加してもよいという意見も聞く。雇用のセーフティーネットは、企業内の努力、それでだめなら企業グループ内で、それでだめなら産業全体で確保の道を探る。それらをもってしても雇用確保できなかったときに、はじめて社会的なセーフティーネット(失業保険・職業訓練)で救う。幾重にも張り巡らされたセーフティーネットを通じて、労働者が安心して働ける雇用環境を作る時代を迎えているのである。
(2011年1月15日)



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