鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

想定内と想定外論争の陥穽~非難するのは簡単だが~-vol.45-
鈴木 勝利 顧問
2011/08/15
 東日本大震災の津波をめぐって「想定外」「想定内」の論争が繰り返されている。震災後の報道によれば、平安時代前期の西暦869年(貞観11年)7月13日に起こった貞観地震(じょうがんじしん)が最大級であり、東北地方・三陸沖を震源とする推定M8.3以上の地震が発生、津波の被害も甚大であったとされる。この地震についてはいくつかの調査と研究がなされ、産業技術総合研究所が研究に着手したのは2004年(平成16年)で、宮城、福島県の沿岸の地層のボーリング調査で、巨大海溝型地震が多くの津波を起こしたことを突き止めた。「それを考慮すると、貞観地震の規模はM8.3より大きい」と推定。東北地方は500年~千年の間隔で、繰り返し巨大津波に襲われていることも判明した。政府の地震調査研究推進本部に報告した内容は「海溝型地震の長期評価」に盛り込まれ、4月にも公表されるはずだった。推進本部は2011年に入ってから大きな被害が予想される自治体に赴き、貞観地震再来の危険性を説明したが、しかし、自治体の防災担当者は「そんな長い間隔の地震は、対策を練っても仕方がない」と、鈍い反応だったという。「研究者自身が説明しなくてはだめだ」。研究所の宍倉氏は3月23日に、福島県の防災担当者に直接説明する予定だった。「絶対に対策の必要性を理解してもらわなければ」と意気込んでいた矢先に3月11日を迎えてしまったという。

 こうした状況からいえば、今回の大震災は「想定内」ということになり、岩手・宮城・福島の各自治体と東電による人災ということになる。現に読売新聞の「検証3ヶ月―原発危機」の記事(2011年6月11日付朝刊)でも、「1150年前の津波考慮されず」として、東電の危機管理に警鐘を鳴らしている。この警鐘自体には異論はないが、自然災害に対して事前に対策を論議する際に、たとえば、貞観時代といえば西暦859年~877年である。確かに前述の宍倉氏の研究があったにしても、これだけの規模の災害が「いつ来てもおかしくない」といわれても、社会全体の中では少数の意見であったことや莫大な費用がかかる現実を想定すれば、「対策を立てなかったのは人災」として単純に非難すればいいというのには少しばかり抵抗を感じる。もちろん最大級の危機感を共有して手を打つのが為政者という見方もあるので、自治体や東電を無原則に擁護するつもりはないが、それを自分に置き換えてみた場合、簡単に非難できるほど割り切れないのである。

 今も大震災に誘発されて今度は関東・東海沖地震の可能性が指摘されているのだから、千葉県沖から東京湾沿岸・神奈川県・静岡県の沿岸に高い防波堤を作らなければ人災といわれてしまうのか疑問は尽きない。

 加えて、これは予知が可能なので地震とは同列に論じられないが、富士山の大噴火を予想する人も多い。諸説あるが、古い記録によれば新富士火山の噴火は781年以後16回記録されている。噴火は平安時代に多く、800年から1083年までの間に10回程度、1511年等に噴火や火映(火口のマグマや火山ガスの火炎などが、噴煙等に反射して火口の上が赤く照らし出される現象)の活動があったことが複数の古文書の分析や地質調査から明かとなっている。また噴火の合間には平穏な期間が数百年続くこともあり、例えば1083年から1511年まで400年以上噴火の記録がないが、記録文書が散逸し残されていないだけで、噴火活動自体が無かったとは断言出来ないという。実際に、1435年~1436年には火映が記録されている。貞観地震の5年前に起きた貞観大噴火(じょうがんだいふんか)とは、平安時代初期の864年(貞観6年)から866年(同8年)にかけて発生した富士山の大規模な噴火活動である。この噴火は、膨大な量の溶岩を噴出させた。噴出物の総量は約7億立方メートルにも及び、溶岩流は北西山麓を広く覆い尽くした末に、北側の麓にあった広大な湖・「せの海」の大半を埋没させ、残った一部が現在の富士五湖のうちの二つ、西湖と精進湖となった。また、1200年の時を経て溶岩流の上に再生した森林地帯が青木ヶ原樹海となったそうだ。江戸時代中期の1707年(宝永4年)に起きた宝永大噴火とともに、文献記録に残る富士山噴火のうちで最大規模とも言われている。富士山の大噴火への対策は、噴火は予知できるから住民の避難も可能だ。しかし、先の人災論の範疇で言えば、いつ噴火するか分からないのだから、西暦79年のイタリア・ヴェスヴィオ火山の噴火で灰に埋もれたポンペイの二の舞にならぬよう今から避難させなければ人災になってしまうのか。2010年4月に発生したアイスランドの火山噴火で噴出した火山灰が、福島県まで飛来してきた可能性が高いことが研究者の調べでわかったわけだから、富士山の噴火による火山灰によって東京や関東地方の被害も想像を超えるものになるだろう。

 日本の活火山は現在108あり、富士山が1707年12月16日から16日間続いた「宝永の噴火」クラスの活動をした場合、被害総額は最大約2兆5000億円になるとしている(富士山火山防災協議会)。1990年~94年の雲仙普賢岳噴火が約3000億円、2000年の有珠山噴火が約300億円の被害額とされているだけに首都圏近辺における噴火被害はケタ違いだ。この被害額は2002年に中央防災会議の「富士山ハザードマップ検討委員会」で弾き出されたものである。被害は降った灰による作物の枯死、土壌への影響で農林業が最も大きく、道路、鉄道、航空、港湾、電力などインフラ面への被害が想定されるため、多くの産業への流通障害や製造ラインの停止、観光業などへの打撃になるとし、外貨を獲得して日本経済の核を形成している製造業への影響は計り知れない。

 長々と災害の心配事を記したのは、「想定内」や「想定外」とは何なのかが分からないからである。災害とは、単純に予想している人がいたから「想定内」で、一人も予想できなかったから「想定外」というわけにはいかない難しさを持っていないだろうか。もちろん、先にあげた宍倉氏の研究には頭が下がるし、そういう人がいることに誇りも安堵感も覚えているのだが、専門的な知識もなく日常生活を営んでいる平凡な私たちには、「想定内」とか「想定外」の議論には簡単に与し得ない。それは自分の無知によってとんでもない過ちを犯す危険があるからである。

 はっきりしたことは、今回のように津波が6メートル、7メートルを超えたら、普通の防波堤では対応できないことが証明されたし、今後さらに大きな津波が起きる可能性は否定できないことだ。ならば、万全な対策はあるのか。自然災害への対策の基本は「規模を想定」することから始まる。その場合、悲観的に見れば小説や映画になった「日本沈没」(注)の規模を想定したら、私たち自身の全生活どころか存在さえも否定されるから防ぎようがなくなってしまう。だから過去の経験を参考に「想定」するしかないのだから、今後は今回の津波を参考にしなければならない。しかし、もし次回も起きたら今回以上の「想定外」の規模になるかもしれない。津波の高さが50メートル、いや100メートルに達したら。「まさか」といっても、今回はその「まさか」が起きたのである。だからといって日本全体をコンクリートの堤防で囲い込むなど出来ない。はっきりしていることは、果てしない不安の中では「あゝでもない」「こうでもない」と対策不能な議論になってはならないことである。原発でいえば、「想定外の津波」が来ても稼動できる状況を考えるべきなのだろう。何十メートルもの津波を防ぐ防波堤はできないのだから、津波に冠水しても稼動できる状態にしておくことができないのかどうか、叡知が求められているのである。
 (各種資料の出典 ウィキペディア)

 注・「日本沈没」小松左京著(第一部は1973年初版、2006年には第二部の上梓と映画化、小説の下記概要の出典はウィキペディア。著者は本稿執筆中の2011年7月27日に逝去)
 第一部【伊豆諸島・鳥島で小さな島が海中に没した。現場に急行した深海潜水艇の操艇者・小野寺は、地球物理学の権威・田所博士とともに日本海底で起きている異変に気づく。折から日本各地で大地震や火山の噴火が続発。日本列島に驚くべき事態が起こりつつあるという田所博士の警告を受け、政府も極秘プロジェクトをスタートさせ、日本人を全員海外へ移住させるべく、極秘裏に世界各国との交渉に入った。そんな時、関東地方を未曾有の大地震が襲い、東京は壊滅状態になってしまう。そして日本沈没の日は予想外に早くやってきた。日本人は生き残れるか。】
 第二部【日本列島の消失で全地球規模の天候異変が起こり、各国に移住した日本人は非難の声にさらされる。技術を武器に世界の危機に立ち向かう日本人】



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