昭和の政界にもっとも影響を与えた人は、と問われると、安岡正篤(やすおか・まさひろ)氏と挙げる人は多い。俗人の私などが安岡氏の名を知ったのは下世話な話で、かの占い師H氏との婚姻無効事件である。1983年、赤坂のレストランパブの経営者だったH氏との再婚騒動があった。H氏といえば、一時期はテレビの占い番組の花形で、ある意味時代の寵児であった。彼女の占いを真に受けて良き相談相手と誤解した人はかなりの数に及んでいた。もともと彼女が暴力団幹部の夫を持ち、得体の知れない人生を歩んできたのは知ってはいたものの、そのような人をなぜテレビ界が持て囃すのか疑問を抱いていたが、やがて、「事実に気がついた」からなのか、「非難の声が大きくなった」からなのか、いつの間にかその姿はテレビから消え、今は時折新聞の広告で眼にする程度になった。テレビ界も間違いに気がついたのかと安堵したことを思い出す。安岡氏が85歳になった折、家族によれば認知症の症状があった頃、安岡家の家族の猛反対の中、40歳も年下のH氏から両者が交わしたとされる「結婚誓約書」をもとに婚姻届が出され受理されてしまった。早速安岡家から「H氏との婚姻の無効」を求める調停が申し立てられ、翌月安岡氏は他界、調停では「婚姻はなかった」こととなり、初七日で戸籍が抜かれこの騒動は結末を迎える(この事件は、占い師に箔をつけるために安岡氏の陽明学などに関係する資料を自分のものにするためにH氏が仕組んだ騒動というのが真相のようであるが)。
こう書き出したからといって本稿はそのスキャンダルを取り上げることが目的ではない。実は話題にしている安岡正篤氏は、冒頭でもふれたように昭和の自民党リーダーに大きな影響を与えた理論的支柱であると同時に、どのような団体であれ、およそリーダーと名のつく人々に大いに参考になる考え方を示しているからである。
戦後自民党政治家のアドバイザーとして主に東洋宰相学、帝王学を説き、彼らの「精神的指導者」「陰のご意見番」「首相指南役」といわれた。事実、彼を師と仰ぐ政治家には、吉田茂、池田隼人、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳など、歴代首相の錚々(そうそう)たる名前が連なる。
師はもともと子どものころから中国の四書五書を読み解き、やがて陽明学を究め、東洋古典思想に秀で、伝統的日本主義を提唱した。いわば右翼的思想界の代表格で、ゆえに戦中には軍人の心酔者が多く、2・26事件の首謀者の西田悦にも影響を与えたともいわれている。右翼思想の北一輝、東京裁判で有名な大川周明、海軍大臣の山本五十六、蒋介石までもが厚誼を重ねたという。また、昭和20年の終戦の天皇の詔書(玉音放送)の草案に加筆し完成させたことから皇室からの信頼も厚いという。
それだけに安岡氏をめぐる逸話の類は多い。戦後、占領軍のGHQから戦犯容疑がかかったが、蒋介石が「戦犯にするのは間違いだ」とGHQを説得し逮捕されなかった。多くの歴代総理の施政方針演説の推敲を依頼されたり、池田隼人の派閥研究会「宏池会」の命名者であったり、三島由紀夫への思想的影響者、財界では三菱グループ・住友グループ・近鉄グループ・東京電力などの財界人も指南した、などなどである。改めていえば氏は1898年(明治31年)に生まれ、1983年(昭和58年)に逝去している。人物年鑑には陽明学者・思想家となっている。
組合に限らず会社幹部でも同じだが、およそ日本人はある役職につくと「リーダーは如何にあるべきか」を学ぼうとする。その際に書店にいってふさわしい本を選ぼうとするが、リーダー論を探すと「あるはあるは」近くは企業経営者の成功談、戦時中の山本五十六や東郷元帥などの軍人、明治維新の坂本龍馬、江戸時代・戦国時代では徳川家康や豊臣秀吉、織田信長、さらに、鎌倉時代、平安時代と遡っていく。そしてとうとう中国の孔子の「論語」へと行き着く。孔子といえば紀元前500年頃の人だ。人工衛星がこの宇宙を回っている現代、リーダー論として紀元前に生きた人の話を学ばなければならないということは、論語が著されてから二千数百年経ってもなお、人が人をまとめることが至難であることを証明しているようなものである。
その論語の教えに「民は之を由らしむべし 知らしむべからず」という言葉がある。後段の「知らしむべからず」の表現をめぐって、「『民衆には何も知らせなくてよい』という表現は封建時代の権力者が言うべき言葉で、民主主義の現代にはふさわしくない」という解釈が一般的である。安岡氏はこれに異を唱える。氏は言う。「この語は論語から出ているが、孔子は一生を民衆の教化に尽くし、常に民衆を導き、民衆の代わりになって、支配階級を教えてきた人です。そういう人が、民衆には何も知らせるな、などという馬鹿なことを言うはずがない。これは政治家・支配階級に向かって言われた語で、『民は之を由らしむべし』とは、民衆から信頼される指導者になれ、ということであり、『知らしむべからず』とは、民衆に指導者の意図するところを真に理解させることは困難であるという意味なのです。『べからず』は、禁止ではなくて、難しいという意味の言葉にほかならない。民衆というものは、目先の問題や自分にとって切実な利害に関わることには敏感であるが、先々のことや複雑なこと、あるいは教理というようなことは、なかなか理解できない。だから民衆には、理屈を説明するよりも、民衆が信頼し、敬服して、指導者に任すようにしなければならぬというのであります」
(「人物を修める」安岡正篤著)
そういえば、組合の集会でも、賃金や一時金のように組合員の懐に影響する話題の時には集まりがいいのに、運動方針や活動方針の議題には比較して無関心の傾向があることに気がつく。
それがいいのか悪いのかには関係なく、人の心理とはそのようなものと思うのである。だとすればリーダーは前段でいう「組合員から信頼される指導者」になろうとすべきなのだろう。
「組合員から信頼されるリーダー」の姿を描いてみよう。職場でも「あの人の言うことだから信用しよう」「あの人が言うから賛成しよう」という例は多い。だとすれば、職場でも、組合においても、そう評価されるリーダーを目指すのが私たちの努めであろう。そしてもし途中で成し遂げられそうもなかったら、あの多くの人の尊敬を浴びている安岡氏でさえ、老いによる影響があったとはいえ、「H氏に騙された」のだから凡人の自分が挫折しそうなのも止むを得ないのではと自らを慰めつつ、しかし、再び立ち上がって
「信頼されるリーダー」を目指して頑張っていきたいものだと思う。
(2011年8月22日)
こう書き出したからといって本稿はそのスキャンダルを取り上げることが目的ではない。実は話題にしている安岡正篤氏は、冒頭でもふれたように昭和の自民党リーダーに大きな影響を与えた理論的支柱であると同時に、どのような団体であれ、およそリーダーと名のつく人々に大いに参考になる考え方を示しているからである。
戦後自民党政治家のアドバイザーとして主に東洋宰相学、帝王学を説き、彼らの「精神的指導者」「陰のご意見番」「首相指南役」といわれた。事実、彼を師と仰ぐ政治家には、吉田茂、池田隼人、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳など、歴代首相の錚々(そうそう)たる名前が連なる。
師はもともと子どものころから中国の四書五書を読み解き、やがて陽明学を究め、東洋古典思想に秀で、伝統的日本主義を提唱した。いわば右翼的思想界の代表格で、ゆえに戦中には軍人の心酔者が多く、2・26事件の首謀者の西田悦にも影響を与えたともいわれている。右翼思想の北一輝、東京裁判で有名な大川周明、海軍大臣の山本五十六、蒋介石までもが厚誼を重ねたという。また、昭和20年の終戦の天皇の詔書(玉音放送)の草案に加筆し完成させたことから皇室からの信頼も厚いという。
それだけに安岡氏をめぐる逸話の類は多い。戦後、占領軍のGHQから戦犯容疑がかかったが、蒋介石が「戦犯にするのは間違いだ」とGHQを説得し逮捕されなかった。多くの歴代総理の施政方針演説の推敲を依頼されたり、池田隼人の派閥研究会「宏池会」の命名者であったり、三島由紀夫への思想的影響者、財界では三菱グループ・住友グループ・近鉄グループ・東京電力などの財界人も指南した、などなどである。改めていえば氏は1898年(明治31年)に生まれ、1983年(昭和58年)に逝去している。人物年鑑には陽明学者・思想家となっている。
組合に限らず会社幹部でも同じだが、およそ日本人はある役職につくと「リーダーは如何にあるべきか」を学ぼうとする。その際に書店にいってふさわしい本を選ぼうとするが、リーダー論を探すと「あるはあるは」近くは企業経営者の成功談、戦時中の山本五十六や東郷元帥などの軍人、明治維新の坂本龍馬、江戸時代・戦国時代では徳川家康や豊臣秀吉、織田信長、さらに、鎌倉時代、平安時代と遡っていく。そしてとうとう中国の孔子の「論語」へと行き着く。孔子といえば紀元前500年頃の人だ。人工衛星がこの宇宙を回っている現代、リーダー論として紀元前に生きた人の話を学ばなければならないということは、論語が著されてから二千数百年経ってもなお、人が人をまとめることが至難であることを証明しているようなものである。
その論語の教えに「民は之を由らしむべし 知らしむべからず」という言葉がある。後段の「知らしむべからず」の表現をめぐって、「『民衆には何も知らせなくてよい』という表現は封建時代の権力者が言うべき言葉で、民主主義の現代にはふさわしくない」という解釈が一般的である。安岡氏はこれに異を唱える。氏は言う。「この語は論語から出ているが、孔子は一生を民衆の教化に尽くし、常に民衆を導き、民衆の代わりになって、支配階級を教えてきた人です。そういう人が、民衆には何も知らせるな、などという馬鹿なことを言うはずがない。これは政治家・支配階級に向かって言われた語で、『民は之を由らしむべし』とは、民衆から信頼される指導者になれ、ということであり、『知らしむべからず』とは、民衆に指導者の意図するところを真に理解させることは困難であるという意味なのです。『べからず』は、禁止ではなくて、難しいという意味の言葉にほかならない。民衆というものは、目先の問題や自分にとって切実な利害に関わることには敏感であるが、先々のことや複雑なこと、あるいは教理というようなことは、なかなか理解できない。だから民衆には、理屈を説明するよりも、民衆が信頼し、敬服して、指導者に任すようにしなければならぬというのであります」
(「人物を修める」安岡正篤著)
そういえば、組合の集会でも、賃金や一時金のように組合員の懐に影響する話題の時には集まりがいいのに、運動方針や活動方針の議題には比較して無関心の傾向があることに気がつく。
それがいいのか悪いのかには関係なく、人の心理とはそのようなものと思うのである。だとすればリーダーは前段でいう「組合員から信頼される指導者」になろうとすべきなのだろう。
「組合員から信頼されるリーダー」の姿を描いてみよう。職場でも「あの人の言うことだから信用しよう」「あの人が言うから賛成しよう」という例は多い。だとすれば、職場でも、組合においても、そう評価されるリーダーを目指すのが私たちの努めであろう。そしてもし途中で成し遂げられそうもなかったら、あの多くの人の尊敬を浴びている安岡氏でさえ、老いによる影響があったとはいえ、「H氏に騙された」のだから凡人の自分が挫折しそうなのも止むを得ないのではと自らを慰めつつ、しかし、再び立ち上がって
「信頼されるリーダー」を目指して頑張っていきたいものだと思う。
(2011年8月22日)



