鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

日本のコスト高と円高が企業の海外進出を加速させ、職場が失われて失業者の増大を招く-vol.48-
鈴木 勝利 顧問
2011/11/15
 国際競争の激化に伴う企業の海外進出は世界経済の中で避けては通れない道である。雇用労働者が企業の海外進出に神経質になるのは、自分たちの働く場所が失われ生活に直結するからである。企業の海外進出によって雇用が失われる国の労働組合は、概して国際競争を否定しがちになるし、逆に企業を受け入れる国の労働組合は、雇用機会が拡大するので歓迎する。働く場所(企業と職場)が増えるからである。

 かつて敗戦によって荒廃した日本は生き残った企業も少なく、多くの国民は就職先を見つけるのに四苦八苦していた。幸いにも勤めることが出来た労働者も、低賃金の中でなんとか生活を安定させようと、労働組合を通じて賃金の引き上げや一時金の確保に全精力を注いでいた。そんな中、日本は1955年の朝鮮戦争による特別需要(朝鮮特需という)に沸き立ち、経済は活況を呈し、のちの高度成長の礎を築くことになる。このように当時の日本経済は朝鮮特需といわれる外需(輸出)によって経済を支えていた。外需によって経済を支える仕組みは今も同じなのは、輸入に頼らざるを得ない日本のエネルギー不足の影響が大きい。経済の根幹は、[1]エネルギーの確保、[2]通信網の確立、[3]物流網の整備にあるが、エネルギーは自国でまかなえない。石油に代表されるようにエネルギーの90%以上は輸入に依存するしかない。輸入するためには代金の決済に必要なドルが欠かせない。言い換えれば、日本はドルを稼ぐ産業がなければ他の産業も成り立たず、六千万人を超える雇用労働者が働ける職場はないのである。ドルを稼ぐ産業といえば、高い技術力を誇る自動車であり、電機産業であった。そして両産業とも多くの労働者を採用し、失業率の低下に役割を果たしてきた。しかし、世界経済は日本の事情だけで動くものではない。それぞれの国も経済を発展させ、国内の失業者を少なくさせ、国民生活の向上をはかろうとする。かつて日本が欧米の後塵を拝す中で「安かろう・悪かろう」の陰口が聞かれる中で、高い技術力と勤勉な従業員の存在、的確な経営方針などによって、いつしか欧米を超え、世界の市場を席巻するようになった(荒廃した敗戦時の経済から欧米をしのぐ高度成長を実現したことが「日本の奇跡の復興」と呼ばれることになる)。そして、日本経済の優位性に対し、為替レートを円高に誘導することによって世界貿易における日本の一人勝ちへの是正が始まる。たとえば、為替レートに少なからず影響を与えてきた人件費(競争上の日本の優位性の一つであった人件費の比率は、アメリカの100に対して日本は60程度の安さ、日米の製造業コストの差をなくすために円高にしたのが有名なプラザ合意といわれる。プラザ合意以降の人件費は、アメリカを100にして、日本の人件費は約80~120の範囲内に収まっている)。これなどは純粋に経済的要素よりも政治的圧力による為替レートといえる。

 現に、円高によって中国の「元」や韓国の「ウォン」はますます有利になり、同じ製品での国際競争であれば、日本は到底太刀打ちできないから輸出は極めて不利になってしまう。アメリカを中心に、中国の「元」を日本の「円」と同じように、完全な変動相場制に移行させようとする動きは「元」安によって中国が国際競争で有利な立場にいることを是正させようとすることに他ならない。しかし、「元」や「ウォン」のレートが高くなっても、世界にはまだこれから経済の発展を期す国々は多い。タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、インド、などの東南アジア地区の国々、ブラジルなど南米の国々、そしてアフリカ諸国と、かつて日本が欧米を駆逐して経済発展を遂げてきたように、これらの国は、日本をしのぐことで国民生活の向上をはかろうとしている。これを非難することはできない。日本が欧米に追いつき追い越したことは認められて、今度は日本が追いつき追い越されるのは認められないというのではアンフェアである。世界のすべての国が、経済を発展させ国民生活を向上させようとするのは当然のことなのである。

 コスト競争力がなくなった日本が如何に輸出できる競争力を確保してきたのか。それは高い技術力によってであった。エコカーをはじめとする自動車産業の技術力、次々と新技術による新製品を開発する電機産業などが典型である。人手さえかければ生産できる「技術が成熟した労働集約型の製品」は発展途上国に移り、日本は途上国ではできない高技術製品に移行して競争力を維持してきた。しかし、それも長くは持続できなくなった。途上国の技術力も格段に高まってくるからである。電気製品における韓国のサムスンやLGの躍進は見てのとおりである。しかも、技術力が接近している場合の競争力はコストになる。日本のコストは諸外国に対して滅法高い。電力料金をはじめとするエネルギー価格(アメリカの5.5倍、韓国の4.5倍もする電気料金など)、物流コスト(アメリカの2倍、中国の3倍)などによって、日本の製品には諸外国に比してコストが余計にかかってしまう。人件費もその例に漏れない。企業は生き残りを図るためにコストが安い国で生産しようとする。それが企業の海外進出につながる(ユニクロなどが代表例)。海外進出した分、日本国内の雇用は減少せざるを得ない。当然失業者は増大し、失業率も高くなる。今までも企業の海外進出はあったが、「脱原発・太陽光発電の奨励」によって、電気料金はますます高くなるから、企業の海外進出を促す大きな要素になってしまう。それを止むなし(失業者の増大を認める)とするなら、当面どうするのかを考えないで、ひたすら「原発即廃止・再生エネルギー」の幻想を追い続けることも許されるであろう。

 しかし、2011年9月の「反原発集会」で中心的役割を果たしたのは、失業によって生活できなくなる心配がない(他に収入の道がある)知識人や芸能人によって占められていることに言い知れぬ不安を感じるのは私だけではないだろう。冷静な判断が今こそ求められるというのは、将来的な「脱原発」は検討するにしても、現実に存在する多数(六千万人以上)の雇用労働者の雇用も考え、安価で安定した電力の供給が得られるようになるまでは、今ある原子力発電の安全性をいかに高めるかに日本の叡智を集め、電力料金の低廉化と電力の安定供給に全力を挙げるときと思うからである。また、高コストで国際競争力が弱体化し輸出が無理なら、内需で経済の発展を図ればいいという意見もあるが、資源のない日本の生きる道は、原材料の輸入による「加工貿易立国」として存在し、その富を国内で循環させていく道しかないのであるから、内需中心の意見も空論の域を出ない。

 一方で、一口に海外進出といってもさまざまである。ある中小企業では 国内に技術開発部門とキイー部品部隊だけを残し、多数の労働者を必要とする工場は韓国へ進出させる。日本と比べてコスト安い韓国だから組立部門は競争力が高まる。さらに韓国は多くの国とFTAを締結し、日本では未だにもめているTPPにも積極的だから、EU(EUは韓国からの輸入品には関税をかけない)をはじめ全世界の市場への輸出が可能になっている。ここでも日本より有利になる。こうして販路が拡大するから売上が増加し、利益も上がる。その利益を日本に還流させ技術開発に投資、さらに新製品を開発するという好循環を実現する道を選択しているケースもある。しかし、企業そのものの存続はそれで出来るとしても、韓国の雇用が増える代わりに日本国内の生産現場では失業が発生してしまう。冷静に考えると日本にいる六千万人を超える雇用労働者の働き場所があるのかどうか心配になってくる。それとも働く場所がなくなって、六千万人(非雇用労働者を含めた人口でいえば一億三千万人)が多すぎると考えなければいけないのか。江戸時代の中期・後期の人口は三千万人くらいだから、もし自給・自足の日本を前提にすれば、三千万人が生きられるのが限界なのか。そんな議論をしている間にも、今、間違いなく働かなければ今日の生活もできない人々が国内にいる現実がある。

 その困難の中で、労働組合はどうすればいいのか。労働組合だけが心配し努力しても結論は出ない。その解決のためには政・労・使が共に危機感を共有し、それぞれが血を流してでも現状を改革する道が求められているのである。

 【なお、文中でも円高が単なる貿易収支のみによって決まるのではなく、時に政治的な影響もある旨を記したように、為替レートの変動は海外への資本投資やそれぞれの国の財政政策などにも影響される。これについては、金属労協の機関誌「IMF-JC 2011年秋号」の「資料・政策・制度コーナー『超円高と金融政策』」に詳細に掲載されているので一読されたい。また、文中のTPPについては次号で詳しくふれてみたい】
 (2011年10月11日)


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