鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

消費税の英断とTPP交渉への参加が日本再生への道~負担を若い世代に先送りするかの岐路~-vol.56
鈴木 勝利 顧問
2012/07/15
   年金や社会保障の費用がうなぎ登りに増えていく中で、ギリシャやスペインどころではない巨額の借金を抱え、若い世代にだけ負担を押し付ける従来型の「先送り」政策からの脱却を目指して、あえて国民に不人気な増税の必要性を訴えるなかで、ようやく国会で消費税の増税が決まることになった。
 ここへきてようやく政府も国民も、今まで「税金を使い放題使ったツケを少しでも返さなければ」という道を選択し始めたということだろう。
 世界最大の借金大国となった日本は、この巨大になってしまったツケを返さなければ、ギリシャや多くのEU諸国以上の緊縮財政を余儀なくされ、大量の失業者を発生させてしまう。

 働く人々にとって、この日本国内の中で働く仕事があるのかないのかは最大の関心事になる。
 日本には6,300万人を超す人々が働いて賃金を得て生活している。
 世帯主が一人失業してしまうと、家族を含めると失業によって生活が困難になる人の数はもっと多くなる。だから国民に安定した生活を提供する義務を負う政府にとっても働く職場の確保は大きな政策目標になる。
 これはなにも日本だけに限ったことではなく、世界各国とも共通の目標である。
 先進国も、発展途上国も、異口同音に経済成長に関心を払うのも、成長によって国民に働く職場を提供できるからである。
 経済が成長していかなければ国民の働く職場はなく、失業が蔓延し、国としての存在価値が失われる。

 働く職場があるということは、いうまでもなく従業員を採用する会社が存在しなければならない。
 日本は、1950年に勃発した朝鮮戦争によって、連合国側の軍需物資の調達先となり、皮肉にも隣国間の戦争によって後の高度成長の礎を築くことになる(朝鮮戦争は、同年6月25日、北朝鮮が突如、韓国に侵入して戦端が開かれたもので、3年後に今の38度線を境界として休戦となった)。
 その後、昭和30年代から皇太子のご成婚(昭和34年)による白黒テレビブーム、東京オリンピック(昭和39年)を契機に3C時代(カラーテレビ、クーラー、自動車)と呼ばれる耐久消費財の普及によって、まっしぐらに高度成長の道を歩み今日の繁栄を築くことになる。
 経済の成長によって、当然のように企業も発展を続け、多くの労働者を必要とした。
 現在では信じられないが、当時企業は従業員の採用に四苦八苦していた。
 この間の労働市場は働く職場が多くあったので就職に苦労することもなく、失業率も低い水準で推移していた。
 日本はこうして先行する欧米に「追いつけ・追い越せ」を合言葉に、労働者の勤勉性、高い品質の製品、経営者の的確な経営戦略などによって、製品によっては国際市場から欧米を駆逐し、世界中から「奇跡の復興」と賞賛される成長を遂げてきた。

 しかし、かつての経済的成長の栄光はグローバル化の波に翻弄されて、歴史の陰に追いやられてしまった。
 欧米を駆逐した日本は、今度は途上国に駆逐される側に回ることになった。
 世界の国々は、いずれも自国の経済発展を通じて国民生活の向上に邁進しようとするから、日本がいつまでも世界のトップにいられるわけはない。
 同じ性能の製品であれば、コストの安い国の製品が市場で勝つのは道理である。
 いわば、世界の中で分業が行われるのであり、かつての日本の役割を途上国が果たすことになる。分業の担当国が代わっていくのである。
 賃金を含めてコストが高い日本で物をつくっていくには、低コストの国では出来ない技術力を必要とする物で競争していくしかない。各企業がこぞって技術開発に力を注ぐのは当然なのである。

 そして日本は、バブル経済の崩壊、リーマンショックの影響から未だに立ち直れない中で、さらに世界各国はグローバル市場で、少しでも公正なルールの下で競争をはかろうと、貿易にあたってさまざまな約束事をする動きを強めている。
 今までも、WTO(世界貿易機関)やGATT(関税と貿易に関する一般協定)と呼ばれる協定はあったが、それらをさらに効力を持たせ発展させることを目的にFTA(二国間自由貿易協定)やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に進化させようとしている。

 人間社会にはさまざまな秩序がある。その秩序によって利害関係が作られているから、秩序を変えることには抵抗が強い。新しい秩序に適応するため、自らを自己改革し、成長させるには努力が要る。なにも変えようとしなければ、努力しないですむ。何もしないのが一番楽なのだ。

 かつて日本でも、アメリカ産のオレンジやアメリカンチェリーを輸入自由化するとき、農協や農林族といわれる政治家を先頭に大反対運動が起きた。自由化すれば「ミカン農家もサクランボ農家も全滅」する、「日本の農家を守れ」と声高に叫んでいたものである。
 しかし、当該の農家は品質改良に努力し、日本の消費者も少しくらい高くても、やはり日本産の高品質なミカン、サクランボを買うからつぶれることはなかった。
 牛肉も然り。金銭に余裕があるときはやわらかい国産牛を購入し、倹約するときは多少硬くても輸入肉を買う。
 日本の畜産農家が困難に直面したのは、「安かろう、悪かろう」と利益最優先主義の一部食肉業者や、飲食業者の偽装など悪徳商法によって、消費者が買い控えした影響の方が大きい。

 国内に働く職場がなくなれば多くの国民が路頭に迷い、生活すらおぼつかなくなる。
 今、世界では、分業体制が大きく変わり始めている。
 高コスト国日本では、【企業が国内から海外に進出して、生産と消費を分ける分業(日本企業の製品でも「メイドイン・チャイナ」、あるいは「メイドイン・タイランド」として国内で販売されている方式)から、生産の中でも部品ごとに細かく各国で生産する分業に変化しつつある。
 先のタイの洪水によって、現地の日本企業が困ったことはもちろん、日本国内の工場でも部品不足に陥ったことは記憶に新しい。
 こうなると、部品間、部品と製品間での時間が重視されるようになる。
 そうなると物の移動にとどまらず、人の移動、情報の移動にもどのくらいのコストがかかるかが重要になってくる。
 これらのコストを少なくするために各国とも協定を結んで効率化を図ろうとする。
 21世紀はこうした新しい秩序をもとに、経済成長を図らなければならない時代なのである。それがFTAでありTPPである】
(慶應義塾大学 木村福成教授)。

 いまやこうした状況の中で、国内の雇用をどのように作り出していくのか政府の責任は重い。

 いくつかの例を出してみよう。今やライバルになったお隣の韓国は、EUとFTAを結んでいるから、EUには無税で輸出できる。
 ところが日本は、こうした協定がないからEUに輸出するには、薄型テレビで14%、自動車には10%の関税がかけられる。
 ドイツやフランスなど、EU各国内の販売価格は韓国製品に対し、関税分だけ高い価格で売らなければならない。
 当然、売れなくなるし、価格を下げれば利益が減るか赤字になってしまう。
 韓国との競争に負けてしまう。
 企業の利益が減り、赤字になれば人員を削減するか、倒産するしかない。
 国内に働く場所がなくなるのである。
 日本は資源がない国だから、エネルギーは輸入しなければならない。
 エネルギーが輸入できなければどういう社会になってしまうのか。
 「脱原発」と称して、火力発電に使う石油や液化天然ガスを大量に輸入した結果、石油と天然ガスは価格が上昇、日本を貿易赤字国に転落させてしまった上に、地球の温暖化という地球環境保護に逆行する結果を招いている。
 こうした原材料費の値上がりで電気料金を上げようとすれば、「東電憎し」の心情に「生活費への直撃」が加わって反対論が勢いを強め、不毛の論争が続いているうちに、日本の高コスト体質は一向に改善されないままになる。
 そうなれば、円高も重なって日本企業の国際競争力はますます弱まり、企業の低迷が国内の雇用にマイナスの影響を与えていく。

 TPPにもっとも反対の声が強い農業をみてみよう。
 日本の農業(主として農協と農家を票田にしている政治家)はTPP反対の大合唱だが、政府(自民党時代も)は今までも農業にたいして手厚い保護をしてきたにもかかわらず、衰退をつづけてきた。
 どのくらい手厚い保護をしているかといえば、2012年度でさえ農家の個別補償に6,900億円、農村整備に2,130億円など、総額2兆円を超える予算が組まれている。
 毎年といってもいい、これだけの税金を投入しても、農業は衰退の一途をたどっている。 日本の農林業の就業者は、2000年の328万人から、2011年には249万人に減少してしまった上に、農業従事者の平均年齢は66歳と高齢化も進んでいる。

 日本の農産品は、半分近くの品目にはわずかの関税しかかけられていないから、実質的には競争力があるのである。稲作農家では、耕作地が1ヘクタール未満だと赤字で、1ヘクタール以上になると黒字(農水省・農業経営統計調査)だから、農地を集約化して大規模農家にすれば黒字になる。

 農産物の中で高い関税で保護しているのは、コメ、小麦、乳製品などで、これらの品目の関税がなくなると二つの影響が出てくる。
 ひとつは、関税がなくなった分、輸入価格は下がるから、国民消費者は安い品を買うことができメリットを受ける。
 農家は輸入製品に対抗するために製品価格を下げなければならず利益を失ってしまう。失った利益に相当する分は政府が農家に補填をしていくのが世界の大勢である。
 自由化されても農家にとっては、消費者が負担している関税で保護されるのか、政府の補填金で保護されるのかの違いで、単純化して言えば、プラス・マイナスはゼロなるから損害はない。
 消費者はどうか。
 今までは高い関税分が価格に反映されていたから、高い農産物を買わされていたものが、安い輸入品とそれに引きずられて安くなった国産品を購入できるという利益を得る。
 農業の保護を消費者の負担で行うのか、政府の負担で行うのかの違いなのだ。
 ましてや、農業というのは国によって利害が錯綜するから、たとえば、アメリカとオーストラリアのFTAでは、アメリカはオーストラリア産の砂糖を自由化から除外している。なにを例外にするかは交渉によるから、最初から交渉にも参加させないとの主張は、国民に不利益(高い価格の農産物を買わされる)を与えるもの以外なにものでもない。
 現実にコメの内外価格差は縮小しており、日本の高いコメも中国などアジア諸国に輸出され美味しいと評判を得ている。
 もちろん農家が品質改良や生産性の向上に努力した結果であり、そうした努力をしたくない人々が反対しているといっても過言ではない。
 かつてのミカンやサクランボが競争力を高めたことと同じことが起こりつつある。
 そうなれば、農業は国際競争力を維持し、国民は安い農産物を買うことができるのである。

 「反対のための反対」論はまだまだある。
 TPPでは「安全でない食品が入ってくる」というのもそのひとつだ。

 【もともと食品の安全を確保する権利は、WTOの「衛生植物検疫措置(SPS)」とよばれる協定で認められている。国によって違うが、この検疫措置には各国とも厳格に対応している。各国とも、他国から手を突っ込まれたくない世界なのだ。】
 (「日本盛衰の岐路」岡本行夫)。

 とすれば、この反対論も意味を持たない。

 驚くことに日本医師会も【「混合診療」や「営利企業の医療参入」を理由にTPPに反対している。医療についてTPPは、「内外無差別」の原則だけを守ればいいだけだ。
 内外無差別というのは、外国の医療機関や保険会社も、日本の企業と同じように扱えという意味で、すでに日本は内外無差別を実施しているから新たな問題は起きてこない。
 「国民皆保険がなくなる」という反対論についても、各国の公的医療制度はバラバラで、交渉の対象にもなっていないものだから心配はない】
(同書)。

 組合に関係する例でいえば、「単純労働者が大量に入ってきて国内の雇用が悪化する」という主張もされている。
 TPP交渉で対象になっているのは、「商用関係者の移動」で対象者はビジネスマンや技術者、専門家であり、単純労働者の移動は各国の利害が複雑で、まとまることは期待できないから議論すらされていない。
 日本にとっては、むしろ「ビジネスマン」や「技術者」が短期往来する際の、ビザや滞在手続きなどを効率的にしようという交渉だから恩恵を受ける項目なのである。

 このように、TPPは、日本企業の国際競争にとって必要不可欠な協定であるにもかかわらず、一部の「改革を嫌がる」悪意ある声に惑わされて混迷したまま推移している。

 国内雇用の確保を目指している労働組合なら、今、ここで声を上げなければ将来に取り返しのつかない大いなる禍根を残すことになってしまうのである。



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