鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

鈴木勝利 コラム「語りつぐもの」

元始、女性は太陽であった~自ら輝こうと鼓舞した「平塚らいてう」~ -vol.57
2012/08/15
元始、女性は太陽であった──で始まる女性向けの雑誌「青鞜(せいとう)」の巻頭言で、創立者平塚らいてう(「らいてう」はペンネームで現代音「ライチョウ」と発音する。当時二十五歳)は、さらに続けて言う。「今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く……」と、自ら輝くべきだと女性の自立を訴えたのが明治四十四年(1911年)である。
 余談になるが、私の母が九十八歳でこの世を去ったのが一昨々年、青鞜の発刊は母と同時代の話だ。この母の思い出話と男女差別について書いたのが、j.union社のASP管理者向けの随筆「つれづれ日記」第40号である。その中の一説を少しばかり引用してみたい。

 【その母には忘れ得ぬ思い出がある。幼い頃、夜の帳がおり家々からもれる暖かそうな電球の明かりと、夕飯のおかずになるのだろう、香ばしい焼き魚の匂いの中を、ただひたすらに家路を急ぎ、遊び疲れた体と、泥だらけの顔を勝手口にのぞかせると、いつも母の「お風呂が沸いてるよ」という声が迎えてくれた。居間では、父が湯上がりの火照った顔で、美味そうにお酒を口に運んでいる。それを横目に見ながら、ろくに洗いもせず、ザブンと湯につかったときのことを、今も鮮やかに思い出すのだが、よほどのことがない限り、母が私たちよりも先にお風呂に入ったことはない。はじめは、家の片づけを終わらせてから入るのだろうと、何気なく思ってみたりもしたが、兄が受験勉強で遅くなっても、コタツで転寝しながらもじっと待って、湯に入るのはやはり最後のようであった。

 「女は最後に入るものよ」という母の言葉を聞いたのは、かなり物心がついてからだがその母もそうした人生を悔いているようには見えなかったが、時折「女って損ね」と、愚痴とも溜息ともつかぬ言葉を漏らしていたものである。】

 女性の自立、男女平等が叫ばれて久しいが、当時の男女差別が当然の時代に生きていた人で、今もまだ、矍鑠(かくしゃく)としてがんばっている人も多い。
 日本で女性の自立が口に出され始めた時代とヨーロッパとでは時代の差は大きい。
 ヨーロッパではすでに十八世紀の半ば、ロンドンのモンテーギュ夫人のサロンに集まった女性たちが、従来の黒い絹の靴下に挑戦し青い毛糸の靴下をはいたことから、新しい仕事をしたり論じたりする女性のことを、男たちが冷やかしでブルーストッキングと言い出した話から、それらの集まりを「青鞜」と名づけた。この話から「青鞜」と名づけた雑誌は、今日では女性の自立のバイブルとして「平塚らいてう」とともに、忘れられない存在となっている。

 「青鞜」に集う女性たちは、まさに自由奔放。哲学や文学を志す人はもちろん、無政府主義者大杉栄と刃傷沙汰を起こす神近市子との間で、三角関係の一方の当事者になる伊藤野枝に代表される「結婚観」への挑戦など、多様な女性の意見が発表される。

 「らいてう」の本名は明(はる)。二十一歳で神僧にたわむれの口づけをして、その神僧を煩悩の地獄に落としたり、性の交わりもないままに心中行したりする一方で、自分が自分自身であるためにと信州へ漂白の旅に出、そこで雷鳥をみて、日本の古代の時代から棲んでいるというたくましさが好きになり、「らいてう」という名をつける。今風に言えば、翔んでる女性ということか。

 「らいてう」はやがて年下の恋人との間に私生児をもうけるが、妊娠後の彼女の心は揺れ動く。彼女は妊娠した当初、もっとも恐れたのは経済的不安よりも、「親になることによって、自分の個人としての生活と、仕事が妨げられるのではないかという不安」であって、子どもへの愛情よりも、職業人としての自立が優先していた。

 やがて出産、難産にたまりかね、「子どもなんかどうなっても構いませんから早く済ませてください」と叫んだように、この時期でも子どもより自分の存在を優先させている。

 そして、わが子という本能的な愛情がいっこうにわかず、こんなはずではなかったと思いつつ、自分の母もこんな苦痛の中から自分を産んでくれたのかと、涙を流したりする。

 退院して赤ん坊と二人で新年を迎える頃から、「らいてう」の心に変化が生まれる。

 【らいてうは日増しにふっくらとしあどけなく可愛らしい寝顔を見せるこの小さな生き物に対し、こみ上げてくる愛情を不思議な感動で受け止めていた。ほんの一時にせよ、このいとしい生命について生まれないでほしいなどと考えた自分が信じられなかった】
(瀬戸内晴美「青鞜」)。

 聡明な一人の女性が、幼い頃から自我に目覚め、同棲を決行することで社会の結婚観に挑戦、子どもより自己の尊重だと信じつつ、やがて恋人や子どもの人生を優先させても、悔いのない自分を発見して驚く。女性の自立と結婚、そして母親の心。日本において女性の自立をはかる運動の先駆者は、これだけの心の葛藤を経ながら運動を進めたのである。
 今の時代、そしてこれからの時代を通じて、成し遂げなければならない精神的・経済的の両面にわたる「女性の自立」のために、「らいてう」の経験した苦悩を無にしてはならないし、永遠の課題にしてはならないのである。

 本来、太陽のように自らが光り輝いていた女性が、いつごろからなのか、月のごとく他の光によって輝く存在でしかなくなったとしたら、自らが輝くために、女性自身が何を考え、何をなすべきなのか、働き方や社会の制度はどうあるべきなのか、これらは女性だけの問題ではなく、男性を含めた社会全体の、とりわけ公正処遇を求める労働組合に突きつけられた命題なのである。



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