俳句の季語にまでなったといわれる「春闘」は、1955年(昭和35年)に始まり、2013年春闘で58年目を迎える。
発足当初は終戦直後の混乱期で先輩の皆さんは多くの困難の中で取り組んだであろうことは容易に推察できる。
その後、時も春闘の歴史と同じ1955年に始まり、1973年まで続いた高度成長期が終わりを告げる。と、不思議なことに、毎年春闘時期になると必ずといっていいくらい、日本経済や産業・企業の環境が激変する。それはあたかも労働組合の要求に冷や水を浴びせるが如き環境の激変といえた。数えあげればきりはないが、経済に大きな転換をもたらしたものを挙げてみても、1973年の第一次オイルショック、78年の第二次オイルショック、1985年にはドルショックによる円高不況が始まる。景気回復をもくろんで日銀が大幅な公定歩合の引き下げを断行した結果、有名なバブル景気が到来する(当時、日本全土の土地価格の合計でアメリカ全土を四つ買えるとまで言われるくらい土地の高騰はすさまじかった。日本企業もティファニーなどのアメリカ資産を購入するなど浮かれていた)。
土地の高騰をはじめとするバブルを防止するため、日銀は、今度は金融引締めのために公定歩合を引き上げる(1989年の2.5%から90年には6%に引上げ)。その結果、株価は急落、平成不況が始まる。当初は循環する不況と思われていたが、急激な円高(1995年には1ドル80円を記録)で輸入品の価格が低下し、それを引き金に国内物価も下落、今なお続くデフレが始まることになる。
そして、アジアの通貨危機と国内の金融危機が勃発、ゼロ金利政策をとっても1998年の成長率は、ついにマイナス1%となってしまう。2001年には記憶に新しい小泉政権が発足、労働力や資本を生産性の低い部門から高い部門にシフトするという構造改革を断行する。銀行の不良債権問題が解消された2006年には2.2%の成長を回復するが、2007年にアメリカのサブプライムローンの問題が発覚、リーマンショックが起こる。その結果、経済回復を目的に「金融の自由化」、「規制緩和」、「グローバル経済への対応」などの政策や企業行動がとられ、労働市場は大きな影響を受けて非正規社員が増加、処遇では成果主義などが積極的に導入されていった。
ざっと挙げただけでもこのような環境変化が起きてきたが、これで終わったわけではない。春闘の歴史をふりかえって見ると、毎年の賃金の引上げを可能にしてきた環境条件があったことが分かる。それは、「経済成長」はどうであったか、「物価の動向」は、「雇用環(失業率など)」は、「産業や企業の業績動向」は、「世界経済との関係」は、等々であるが、58年目を迎える2013年春闘は、また新たな難題を抱えて進めていかなければならない。これまでの春闘に最も影響を与えてきた経済成長について、一部とはいえ、日本経済の今後、とくに雇用問題を考える上で、無視できない変化が起きはじめていることである。
日本は経済活動の指標として、1990年代半ばまではGNP(国民総生産=Gross National Product)を使っていた。GNPは「国民」総生産というが、この「国民」という意味は、国内に限定せずに日本企業が海外で生産して得た所得を含んだ数字を指す。しかし、海外で得た所得などは考慮してしまうと、必ずしも国内の景気の実態を正確にあらわさないから、純粋に国内だけの景気を正確に示す指標にするべきだということになった。そして、新たに、国内だけに限定したGDP(「国内」総生産=Gross Domestic Product)を採用することになった。これは、国内だけの景気指標だから、当然、日本企業が海外で生産したモノやサービスは含まれていない。現在は経済成長を測る物差しにはこのGDPを使っている。
ところが、日本はご承知のように2005年から総人口が減少し始め、加えて高齢化も加速する。この傾向は今後も続いていくとみられている。そうなると労働人口が減っていくので、「国内」に限定した経済指標では高い成長率にならないことになってしまう。そこで、またまた、海外で稼いだ財(海外資産から得られる利子や配当なども含む)を加えて、「国民」総所得をベースにした成長を指標とすべきだ、という意見が強くなる(「経済構造審議会の新経済成長戦略」2006年)。
そこで、GNI(「国民総所得」=Gross National Income)という指標が 脚光を浴びることになった。GNIという指標は、1993年に国連が各国に対して、国の経済の状況について生産・消費・投資などのフローの面や、資産・負債などのストックの面を体系的に記録する狙いで国民総所得GNIという指標の導入を勧告しているものである。
ちなみに、GNI(国民総所得)による世界各国の順位は次のようになっている。
①アメリカ(14兆6千億ドル)
②中国(5兆7千億ドル)
③日本(5兆3千億ドル)
④ドイツ(3兆5千億ドル)
⑤フランス(2兆7千億ドル)
⑥イギリス(2兆3千億ドル)
⑦イタリア(2兆1千億ドル)
⑧ブラジル(1兆8千億ドル)
⑨インド(1兆5千億ドル)
⑩スペイン(1兆4千億ドル)
大ざっぱに言えば、国内総生産(GDP)に海外で稼いだ所得を加えたものといえるが、労働組合が気をつけなければいけないのは、海外資産が含まれることによって、GNIの数字が高く出ても、それは必ずしも日本国内で生産活動が活発になって雇用が改善されることを意味しないことである。
現に日本の貿易の状況は、モノやサービスを輸出して利益を得る貿易収支は赤字に転落している。一方で、海外投資などの利益による所得収支は黒字で、これをプラス・マイナスしたのが経常収支で、日本の経常収支は、この貿易収支と所得収支をプラス・マイナスすることで辛うじて黒字に踏み止まっているのである。このような状況は、かつてのイギリスが植民地からの利益で国内経済を支えていた際にも見られたし、あるいは、アメリカが国内の製造業を衰退させながら、基軸通貨国としての利点(自国通貨のドルを貿易決済に使える)と、知的所有権、あるいは金融市場を活用するなどして経済を支えている状況と同様に、国内の実態経済を弱体化させる危うさを持っているので、イギリスの没落やアメリカの衰退を教訓にしなければならないといわれている。日本を実態経済のない誤った金融大国として成り立つような国にしてはいけないのである。
「海外投資で稼いだ金で国内経済を支える構造になっても、雇用は増えるから心配はない。だから日本はGNI大国を目指すべきだ」という意見もある。たとえば、リーマンショック後の2009年~2010年の間、雇用者数は回復しているが、非正規社員のみといってもいいど、パート労働者とアルバイトが106万人を占めている。
各国の雇用労働者数の変化は、産業別の大分類で見ると、第三次産業にシフトしていくようになる。今更いうまでもないが、大分類による第一次産業とは、加工しないで生産したままで取引する産業を言い、農業・水産業などである。やがて、経済の発展に伴い第一次産業は減少し始め、第二次産業にシフトしていく。第二次産業とは、鉱工業を中心にした原材料を加工する産業であり、これもまた、次には第三次産業(サービス産業)へシフトしていく。
2008年の大分類による産業別就業者比率の各国比較は次のようになっている。
第一次産業 日本5.0% 米独英 (1~2%程度) 仏・伊(3~4%程度)
第二次産業 日本25.9% 米仏英 (20%程度) 独・伊 (25~30%程度)
第三次産業 日本69.1% 同 上 (80%程度) 同 上 (70%程度)
これを見てもわかるように、世界どこを見ても最初は第一次産業が過半を占め、経済発展に伴って第一次産業が減少、第二次産業が増加していく。そして、ある段階から第三次産業が増え、日本でもすでに全体の69%を占めるまでになっている。とくに顕著なのは、アメリカ、イギリス、フランスで第三次産業は80%を占めるまでになり、国内製造業の危機が叫ばれているのは周知の事実である。この第三次業の構造が問題で、労働条件が優れている第三次産業(ネットビジネスに関連するソフト開発技術者や関連産業など)が過半を占めるのであればいいが、残念ながら日本の経済を支えているのは、非正規社員が多いサービス産業であることも考慮しなければならない。このような産業構造の場合、IT関連産業が少数の雇用労働者を優遇できるだけで、大多数を占める普通の労働者・国民の雇用機会の提供には貢献できない。むしろ優遇される一部と労働条件の低い大多数との格差拡大を推し進める恐れさえあるといわれる。今まで、日本が誇っていた国民の多くが中間層として安定した社会の創出に寄与していくのは絵空言になってしまう。こうした中で、利益第一主義の企業行動は、高い法人税の引き下げ、円高の是正、自由貿易の推進、地球環境コストの削減、「使い勝手のよい労働」などに偏りがちになる。円高の是正や自由貿易の推進のようの、グローバル時代に避けてはならない問題もあるが、やもすると、目先の利益ばかりを重視したり、企業努力もしないで簡便な方法に頼ろうとする風潮を警戒しなければならない。
GNI大国論に一部の政治家も同調しているが、海外からの所得を還流させて日本経済を支えるGNI指標が、そんな風潮を代弁していないことを祈るばかりである。



