日本で憲法改正論議が盛んな2013年5月、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が巨額債務に苦しむギリシャが、ドイツに対して第2次世界大戦の賠償を求めることを検討中と報道した(邦訳は2013年5月1日「読売新聞朝刊」による)。
今さら言うまでもなく第2次世界大戦は1939年から1945年の6年にわたるドイツ、日本、イタリアの三国同盟を中心にした枢軸国と、アメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦、中華民国などの連合国との間で戦われた全世界的規模の人類史上最大の戦争であった。
大戦は1943年にイタリアが降伏、ドイツは1945年4月にヒトラーが自殺、5月に降伏した。日本は1945年8月6日に広島、8月9日に長崎に原爆を投下され、8月14日にポツダム宣言を受諾、翌15日に天皇陛下の玉音放送による終戦の詔勅、そして9月2日に降伏文書に調印して第2次世界大戦は終戦を迎える。
この間完全な総力戦として世界61カ国が参戦、総計で約1億1000万人の軍隊が動員され、主要な参戦国の戦費は、ドイツ2720億ドル、イタリア940億ドル、日本560億ドル、アメリカ3410億ドル、ソ連1920億ドル、イギリス1200億ドルと言われ、総額で1兆ドルを超える途轍もない税金が使われた。
人命の損失も膨大で、命を落とした国民は総数で約5500万人を超え、そのうち3000万人は一般市民であったという。
敗戦国はそれぞれ被害を与えた国々に対し損害賠償の責任を負い、平和条約の締結時に賠償を行ってきた。ドイツ、日本はこの賠償の支払いをもって戦争責任を償ったものと判断しているが、日本では、先の中国の反日デモや韓国の反日感情、慰安婦問題などのように、戦争当事国同士の主張は食い違い私たちはこれに対し違和感を持っている。どうやら私たちは「もう済んだこと」と考えたいという願望を持っている表れと思えるのだが、今回のギリシャの動向を見るにつけ、若い人々の知らない昔の出来事が、今も引きずっていることにその根の深さを思い知らされる。
ギリシャはすでに1945年にドイツから現物補償を受けており、1960年にはナチス犯罪被害者個人への賠償として1億1500万ドイツマルクの支払いで合意している(ドイツはそれ以上の賠償は認めないという条件を付けているが)。
今回のギリシャの要求に対してドイツは、「賠償問題は解決済み」との立場をとっているが、【ギリシャの要求は「ドイツによる占領時の被害に対する賠償で、ギリシャ財務省に委託された専門家による極秘の試算では、損害額は1620億ユーロ(2013年5月現在の為替相場1ユーロ130円として21兆600億円)」に及ぶ。これはギリシャの国内総生産(GDP)の80%、公的債務推定額の半分近くに相当する。ギリシャのアブラモプロス外相は「占領下の困難な時代に、飢えに追いやられ、略奪されたギリシャ国民の苦しみについて、正義と真実の回復」を求めた。】同紙はさらに記す。【ギリシャは3年に及ぶ債務危機で、EUの最貧国として支援を受けている。ギリシャ政府は財政の緊縮政策をとり、債務の減少を目指しているが、失業率は27%に上り、所得は減少を続けている。財政の緊縮政策にうんざりしているギリシャ国民は、記録的な速度で失業率が伸び、倒産が相次ぐ中、対独賠償請求に向けた行動を望んでいる】。こうした背景にあるのは、【ギリシャの不安定な連立政権は、ドイツに対する民衆の怒りを政治利用しようとする左派や世論に、賠償を求めるよう圧力をかけられている】からとも述べている。
賠償と謝罪を求められていることは日本も例外ではない。2013年4月のオランダ国王の就任式への皇太子ご夫妻の訪問の際には、両国の良好な関係を印象づける数々のエピソードが報道され、多くの国民はオランダに好ましい印象を持ったと思われるが、1971年に、昭和天皇がオランダを訪問した時には卵を投げつけられる事件が起きている。そして、1986年にはオランダ女王の訪日計画が、オランダ国内の反日世論の反発から中止されている。その後女王は1991年に来日したが、宮中晩さん会で、「日本のオランダ人捕虜問題は、お国(日本)ではあまり知られていない歴史の一章です」と、異例の挨拶をしている。
そしてオランダの下院は、2007年に日本政府に対し「慰安婦」問題で元慰安婦への謝罪と補償を求めることを決議している。2008年に来日したマキシム外相は「法的には解決済みだが、被害者感情は強く、60年以上たった今も戦争の傷は生々しい。オランダ議会・政府は日本当局に追加的な意思表示を求める」と、日本側の賠償事業の継続を求めた。
この「オランダの慰安婦」問題というのは紙面の都合で詳しくはふれないが、オランダの植民地であった東インド(今日のインドネシア)への日本軍の侵攻作戦の中で起きたもので、現地に住んでいたオランダ人婦女子を強制連行し、慰安婦にした事件である(裁判では慰安婦にされた17歳から28歳までの35人のうち25人が強制だったと認定されている。女性たちは毎日強姦され、給与は支払われず、暴行され、その上性病をうつされたり、妊娠させられたり、週に一度の身体検査では医師による強姦さえもあったとされる。この事件は、当時現地を視察していた日本人大佐にオランダ人リーダーが訴えたことにより公になり、慰安所は1944年に閉鎖された)。
そして敗戦後1948年のバタビア臨時軍法会議で、日本人11人が強制連行、強制売春(婦女子強制売淫)、強姦罪で有罪となっている。BC級戦犯として有罪となったのは、責任者の陸軍将校(死刑)や慰安所を経営していた日本人経営者である。
この原稿の執筆中、維新の会の橋本代表が「戦争中の軍人の性欲を処理するためには慰安婦は必要だった」(石原共同代表も橋本発言を支持)、「沖縄の米軍兵士は沖縄の風俗店をもっと利用してほしい」などと発言、アメリカや中国、韓国のみならず世界各国から「女性の人権蔑視」と批判された。さらに釈明の記者会見では、「アメリカと日本の性意識の違いに気が付かず不適切であり、誤解を与えた」という。明らかに「表現が不適切で誤解を与えた」だけであり、「日本の性意識はアメリカとは違う」と、あたかも日本人なら「女性への人権無視」が許されるがごとく考えているようである。その後の釈明記者会見でも、弁護士稼業の詭弁に類する論理で切り抜けられると思ってか、「真意が伝わっていない」と、とうてい心から悔い改める態度を示していない(2013年5月17日現在)。
日本の政治の第一線に立つ「維新の会」の橋本・石原共同代表は、先の衆院選での勝利に慢心したのか、憲法9条の改正も含めて、ついに「仮面を脱いで」本性を露わにしたようだ。本性を見せた「維新の会」に対し、そんな政党とは露知らず先の衆院選で同党に一票を投じた国民は、それでもまだ自分の選択が正しかったと思い続けられるだろうか。
戦争は人間を狂気に走らせるが、【中学校社会科教科書に記されている第二次世界大戦の戦争犠牲者数】によれば、日本の兵士の死者は230万人、一般市民の死者も80万人に上る犠牲を払ったのである。
戦争とは、戦争を決断したり作戦を立てる立場の人間よりも、実際に命を懸けて戦う兵士の戦死者の方が圧倒的に多くなる。例えば、戦っている最中に偵察に出る人間は、敵方を前に恐怖心があるから相手の戦力状況を過大に見積もりやすいという弱点が出る。報告を聞いた上官は、誤りのない戦術を立てなければならないから、報告の内容を恐怖心なく吟味し、慎重に判断しなければならない。だから、前線の第一線には立たずに、被害にあわないで済む後方にいることで客観的判断をできるように務めるのである。一般の兵士に戦死者が多く、将校レベルに死者が少ない理由のひとつに挙げられている(もちろん絶対数が違うことや、戦時における将校と一般兵士の役割の違いを考慮に入れておかなければならない)が、これも洋の東西を問わない共通の傾向である。
どのような理由からであれ、ひとたび戦争が起こってしまえば一番被害を受けるのは一般市民であり、戦争を決断したり作戦をたてる人々ではない。ましてや戦争によって被害を受けた国々の苦痛は計り知れないから、賠償を求める声は止まることはない。それはギリシャやオランダを例に出すまでもなく、洋の東西を問わないのである。終戦からはや70年近く経ってもなお、被害国における戦争の傷跡は人々の記憶に残り永久に消えることはない。日本がいくら「賠償したのだから法的に解決済み」と主張したところで、オランダ国民の心情に深く刻み込まれた日本人の蛮行は、永遠に忘れ去られることはないだろう。
繰り返すが、戦争に正義はない。戦争は感情的・偏狭的ナショナリズムの高揚によって作り出される国と国の不信の連鎖、不安の連鎖、恐怖の連鎖によって始まり拡大していく性格を持っている。皮肉な言い方をすれば、北朝鮮の核武装、中国の尖閣諸島領海への侵犯、韓国の竹島問題などは日本国民の感情的民族意識を大いに高揚させるから、憲法第9条を改正したい人々にとっては世論を誘導するには好都合な出来事となる(同様に、中国も韓国も日本との紛争を自国民のナショナリズムを高揚させ、かつ反日感情を高める手段に利用する)。お互いに自分の国が正しいと主張している状態の中で戦争を未然に防ぐにはどうすればいいのだろうか。特効薬はないにしても最善の方策は、少なくとも私たちが偏狭的なナショナリズムに陥らないよう自制しつつ、国民の冷静であり沈着な判断力、無限ともいえる時間をかけた外交努力、それに圧倒的な国際世論の醸成しか道はないのかもしれない。



