国内の雇用に貢献しない企業群
~参院選後に破綻が危惧されるアベノミクス~
~不動産バブル、財政危機を招く公共投資、マネーゲームの再来~
私たちは経済という言葉を簡単に使うが、そもそも国の「経済」とは、中国の古典である隋代(581年~619年)の王通「文中子」(儒学者王通とその弟子たちの対話を記録したもので10巻からなる。なお、王通と文中氏は同一人物)にある「経世済民(けいせいさいみん)」の記述が語源といわれる。「経世」は「世を治める」という意で、「済民」は「民を救う」という意である。「世」は「国」と同義語だから、「経世」とは「国を治める」意味であり、「経世」を「経国」と言い換えて「経国済民」ともいう。
江戸時代に学者間で「経済」という用語が使われ始めたという。初めは理念的な政治政策の意味に使われていたが、次第に経済運営の意味でつかわれるようになった。明治時代に「economy(エコノミー)」の訳語として「経済」が選ばれた。
だから「経済」とは、国を豊かにする(国を治める)ために、国民が生活できるよう働く機会が提供できて初めて「経済」といえるのである。国民に働く機会が提供できないで失業者が多ければ「経済」とはいえない。日本は法人税が高いから、人件費が高いから、と、海外のみで生産して、国内では何の生産もせずに労働者を雇用していないのでは、しかもそれがグロ-バル化の先端をいっているような評価がされるようでは、明らかに本末転倒の状況と言わざるを得ない。つまり「済民」にはなっていないのである。国内の雇用に貢献せず、海外での雇用で成り立っている企業を称して「ユニクロ栄えて 国滅ぶ」と言われるが、まさに名言といえるのである。
加えて、若年労働者の高失業率(平均失業率4.1%に対し、若年労働者の失業率は約9%)を背景に、利益追求のみを目的に、新入社員の労働条件や職場の環境衛生を無視して従業員を精神的に追い詰め、大量採用・大量退職を繰り返しているブラック企業と呼ばれる会社が出ているという(文芸春秋社刊「ブラック企業」今野晴貴著)。
【ユニクロの(国内の)新卒社員が入社後3年以内に退社した割合(離職率)は、2006年入社組は22%、2007年入社組は37%、さらに2008年~2010年の入社組は46%~53%と高まっていった。直近の入社組は、同期のおよそ半分が会社を去る計算になる。休職している人のうち42%がうつ病などの精神疾患で、これは店舗勤務の正社員全体の3%にあたる。】(2013年4月23日付「朝日新聞・朝刊」)
同記事中、ユニクロの柳井社長はインタビューにこう答えている。
【我々が安く人をこき使って、サービス残業ばかりやらしているイメージがあるが、それは誤解だ】【作業量は多いが、サービス残業をしないよう、労働時間を短くするように社員には言っている。ただ問題がなかったわけではなかった。グローバル化に急いで対応しようとして、要求水準が高くなったことは確か。店長を育てるにしても急ぎすぎた反省はある。】(注・「従業員への要求水準が高く、育てるのを急ぎすぎた」から作業量が多くサービス残業が起きてしまったという釈明か?)
【日本の電機の一番の失敗は日本に工場を作ったことだ。安くて若い圧倒的な労働力が中国などにある。関税も参入障壁になるほどの高率ではないから、世界中にもっていける。本当は(安い労働力を使って世界中の企業から受託生産する)鴻海(ホンハイ)精密工業のような会社を日本企業が(国内生産をやめて海外に)作らないといけなかった】
ユニクロが自分の企業さえ儲かりさえすれば、日本の国民に働く場所を提供しなくても構わないという思想を持っているのは、上記のインタビュー記事ではっきりしているが、「日本の電機産業は国内で国民を雇用しているから失敗したのだ」、ということまで言われると、冒頭で記した「経済」の言葉とは裏腹の企業経営の姿であり、まさしく日本を滅ぼす企業の代表例といわれても仕方がない。日本はいまや、こうした企業が好業績を記録するという実態経済のないイビツな国になりつつあるが、ブラック企業として従業員を「若者を取り換えのきく部品とみなし、育てようという意識のない企業が増えている。若者の辛抱が足りないと言う話ではない」(『ブラック企業』今野春貴著)として扱うのが正しいという時代が来てしまったのだろうか。
労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は、「従来、日本の企業では若い頃に激務を課せられるのが普通だったが、終身雇用と年功賃金と言う『見返り』とセットだった。ブラック企業は、長く雇用するつもりがなく、『見返りのない滅私奉公』を強いる点で全く違う」と指摘している(同上「朝日新聞」)。
【こうしたブラック企業は主として成長著しい外食企業やIT企業、それに服飾企業に集中している。そのほとんどは、日本の(正規社員の)解雇規制が厳しいので正規社員として契約していれば簡単に解雇できないから、そうしたトラブルを避けるため、労働者が自ら「一身上の都合で辞める」と一筆書かせる方法をとるという。組織的にパワハラを行い、精神的に追い詰めて労働者が自ら辞めるのを待つのである。会社が「辞めてほしい」と一言も言わないで済むし、後に裁判沙汰になっても証拠として有効になる。戦略的パワハラの背後には、「ここまでならギリギリ退職強要にならない」とアドバイスする弁護士も雇っている。】(同書)。
同書にブラック企業として実名で記載されているのは、私たちが知る企業や店舗も多い。すべてを紹介しないが、主なものでも「日本海庄や」、天気予報の「ウェザーニューズ」、居酒屋「和民」などである。また社会的不正義を承知で法の網を潜り抜けようと指導する弁護士も多いと言う。
法律と判例による解雇規制が強いと言っても、それは正規社員に限られたもので、今や就業者の3分の1を超えて35%に達する非正規社員(派遣社員・パート)が、労働力の調整弁に利用されている。極論すれば多くの人は毎日契約を打切られる可能性を持つ不安の中で働いているのである。非正規社員の比率が高くなることで、日本の失業率も一見低く見え(それでも2013年4月は4.1%と高いが)、有効求人倍率も若干改善(同発表0.89倍)されているように見える。しかし、その陰には、雇用調整と人件費の削減のために契約を自由に解約されてしまう派遣労働者とパートタイマーという非正規社員の存在があるのである。それを目(ま)の当たりにしているにも拘らず、正規社員で組織している労働組合も、さらに、当の正規社員自身も手をこまねいている悲しむべき現実がある。
日本の貿易の状況は、モノやサービスを輸出して利益を得る貿易収支は赤字に転落している。一方で、海外投資などの利益による所得収支は黒字で、これをプラス・マイナスしたのが経常収支で、日本の経常収支は、この貿易収支と所得収支をプラス・マイナスすることで辛うじて黒字に踏み止まっているのである。
安倍首相はアベノミクスによって国民の年収を150万円増やすと公言し、マスコミに大々的に取り上げられたあと、いつの間にか「一人あたりの国民総所得」と訂正している。国民総所得(GNI)とは、国内総生産(GDP)に海外からの利子や配当を加えたものであり、国民一人一人の年収が増えるわけではない。明らかに国民を欺く選挙向けの発言であり、その後の訂正もひっそりとなし崩しに行われたため、国民に与えた誤った幻想だけは生き残ったから選挙目当ての目的は達成したようだ(GNI=国民総所得という。詳しくは、「語り継ぐもの」(61)参照)。
国民総所得論は、かつてのイギリスが植民地からの利益で国内経済を支えていた際にも見られたし、あるいは、アメリカが国内の製造業を衰退させながら、基軸通貨国としての利点(自国通貨のドルを貿易決済に使える)と、知的所有権、あるいは金融市場を活用させるなどして経済を支えている状況と同様に、国内の実態経済を弱体化させる危うさを持っている。日本はイギリス製造業の没落やアメリカの衰退を教訓にしなければならないという指摘もある。そうした中で、アメリカはシェールガス、シェールオイルの発掘に成功、近い将来サウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になる。今でも安いエネルギー価格(日本の電力料金はアメリカの4.5倍強、韓国の4倍強に達する)がさらに安くなり、国内の製造業の競争力強化に貢献すると見られ、すでに一部製造業は設備投資に踏み切り、同時に新しい雇用者を増やしている。コスト安を背景としたアメリカの製造業の復権は、日本に対して着実に優位に立ちつつある。
いずれにしても資源がないからといって、日本を実態経済のない、他国から利益を収奪するだけの誤った金融大国のような国にしていいのかが問われている。国内で多くの国民に働く場所がない、あるいはブラック企業のような存在という犠牲を強いて、一部の企業や一部の人々だけが繁栄を謳歌する国に未来がないのは歴史が証明している。
今でも、景気回復の兆候として挙げられているのは、高所得者による高額商品の売れ行きが好調だということであり、一方ではあのバブル崩壊を忘れたかのように、「まじめにコツコツ働くこと」を否定し、株への投機で一攫千金を夢見る風潮が蔓延し始め、かつてのバブル経済崩壊後に経験した国民生活の犠牲を再び招く危険が指摘されている。そして、日本もまた、お金をじゃぶじゃぶ出し続ける金融緩和によって間違いなく財政危機が訪れ、財政破たんで生活が困窮しているギリシャやスペインの後を追い、加えて国内の所得格差がこれ以上拡大していけば、未だかつて経験したことのない国内の騒擾を引き起こしてしまう恐れさえ生まれ始めている。「アベノミクス」ならぬ「アベノリスク」と呼ばれる所以(ゆえん)である。
現に、帝国データが6月13日に発表した資料によれば、アベノミクス効果が自らの企業に「プラス効果をもたらしている」と答えた企業は、全体でわずか21.3%、「変わらない」が51.4%を占めている。しかも「プラス効果がある」と答えた企業は、一位が不動産で32.8%、二位が建設の28.3%、金融が28.0%という数字が示す通り、不動産バブルの前兆、財政危機を招くと言われる公共投資による建設ラッシュ、そしてマネーゲームの恩恵に浴する業種に偏っている。
一部には、「海外投資で稼いだ金で国内経済を支える構造になっても、雇用は増えるから心配はない」という意見もある。たとえば、リーマンショック後の2009年~2010年の間、確かに雇用者数は回復しているが、増えたのは非正規社員のみといってもいいほど、パート労働者とアルバイトが106万人を占めている。
このような問題を抱えている日本の経済ではあるが、批判しているだけでは国民が働ける職場は確保されないし、多くの人の生活は改善されない。自民党政権の誤った経済政策に対しては、今度の参議院選挙で「NO」と意思表示する一方、国際競争力を失ってしまった企業が国内から撤退し、従業員を雇用できない現実に眼を向け、コストが高い日本で生産しても競争力を持つ産業・企業にしていかなければならない。それができて初めて国内の雇用が確保されるのである。そのために、経営者はもちろんのこと、労働組合もまた、自らの企業の国際競争力の強化に向けて、事業構造の改革を推し進める経営対策が急務になっているのである。
その際に、労働者の代表である労働組合が、「自分たち正規社員の雇用さえ守られればそれでよし」と考えたとすれば、労働組合もまた、選挙でいくら自民党政権の経済政策の過ちを主張しても国民の賛同は得られないし、社会から必要とされない組織ということになってしまう。
事業構造の改革を促しつつ、働きたい人々全員が正規・非正規の差別もなく、安心して働ける就労形態、労働環境、労働条件をいかに作り上げていくのか。現に起きつつある「不都合な真実」にも眼を背けず、時には自らの身を削っても、新しい働き方を見出し、全労働者の代表としてふさわしい役割を果たす労働組合運動が期待されているのである。



